(559) 英語にない 介護の表現

   (559) 英語にない 介護の表現 

  医療・看護・介護 で使われる 専門用語 は 各国語に翻訳されており、難しくても いったん覚えれば 一定の言語 であるから意思の疎通には困らない ―― たとえば 「脳梗塞」 … 万国 共通である。

♣ ところが 日常語 となると 意味するところが かなりバラバラであり 混乱する。その理由は 主に 「社会習慣の相違」 による ―― たとえば 「歯痛 (は いた) 」 … 日本では 痛む歯が何本かは問われないが、英語の場合、‘私は 一本 の痛む歯を持つ’ (I have a toothache.) と言い、仮に何本も痛んでいても ‘一本の歯’ ( a tooth )と言う ―― tooth の複数の teethache とは言わない ! だって それが習慣なのだ。そこで、今日は 「介護」 に関連する “おもしろ話” を五つ 提供してみる。 
英語にない 介護の表現
♣ まず 「介護」 。英語で何と言う? ケア (care) が思い出されるが、薮から棒に 「ケア」 と叫んでも 英語の ‘ケア’ を辞書で引けば まず 「 ‘注意 ・ 心配’ から始まって 20 も 30 もの意味があるので、「介護」 と受け止めて貰えない。ところが 日本語で 「かいご」 と言えば 「介護」 しか思い浮かばない … 日本語の方が ‘狭義で確実’ である。 しかし、‘介護’ という言葉の歴史は浅く、昭和 50年 より以前の日本語辞書には掲載されていなかった ―― つまり その時代の官製 「造語」 だったのである。その語感も漢字でイカツイ ! 

♣ ほぼ 同じ歴史の用語が 「看護」 である。 状況を述べれば:―― 明治維新後 日本はたった 一回 だけ 「内戦」 を経験した … それが 1878年 の 「西南戦争」 であり、政府軍 と 薩摩の西郷隆盛軍 が九州 で戦った。相互に 何万人 もの死傷者が出たが、日本は近代国家になったばかりで、医療・看護面 で十分な手当はできない。

♣ そこで西欧に倣って 1886年 に学校をつくって 「看護」 という 新語 を当てた ―― 看 (かん) とは ‘よくみる’ 、護 ( ご) とは ‘まもる’ ; うまい造語であるが、英語の ナース (nurse) の ‘授乳する’ という古い 日常用語 と違って、“いかめしい” 語感である。つまり、「看護」 も ‘介護’ も 語感 そのものは共通な 政府発の新語であったのだ。「介護」は、日本語なら ‘カイゴ’ だけで通じるが、英語にするときは、‘care of the aged’ とか ‘elderly care’ と云わねば 「看護」nursing care と とり間違えられる。

♣ 似た言葉に 「老後」 がある。前にも述べたように 1 ) 、‘老後’ に対応する英語はない ―― せいぜい “歳を取った時期” (one’s old age) としか言えない。ナゼか? 英語は 「 古い男 、 古い女 」 という表現 (old man, old woman) を嫌うのだ。 ‘古い’ と言っても 日本のように ‘65歳 以後’ を ‘歳 老いた’ と呼ぶ ’すなおな習慣’ はない ―― いつまで経っても ‘私は若い’ のだ。 だから 「老後に備える」 を翻訳しようとすると、単に 「蓄財する」 としか言えない。そう言えば、日本にだって ”老後” に対応する 「老前」 (ろうぜん) という言葉は無い ! 昔は ‘人生 50年’ で、「 老前 ・ 老後 」 を使い分ける必要性もなかったからだ 2 )
英語にない 介護の表現

♣ 次に 「食事介助」 に移ろう (以後、 食介 とつづめる) 。これは “大問題” である ! ナゼって、 翻訳語 はあるけれど ―― 「 摂食を助ける (help with eating) 」、「食事援助 (meal assistance) 」 ―― それは ‘意訳’ であって、英語には 「食介」 の実態がないからだ。あなたは ‘ハテナ?’ と思うだろうが、日本式の食介)は 英語で言うと 「餌を与える (feeding) 」 の意味になるのだ。あなたは 赤ちゃんに ‘餌’ をあげるのか? あげないよね . . . あなたの 体の一部 (お乳) をあげるのだよね。

♣ 同じように、老人に ‘餌’ を与えるのか? もし そうするのなら、牛馬に人参を与える かのように、人間の尊厳を著しく侵害する行為だ ととられる。要するに、彼らは 「食介」 をする習慣がない … だから ‘自分で食べられない老人は’ 寝たきりになる前に この世を去る ―― つまり、要介護 4 ・ 5 の老人は原則として居ない 3 ) 。それゆえに 「食介」 に対応する英語は ナイ も同然 なのだ !  

♣ 最期に 「認知症」 を挙げよう。介護保険が始まった 2000年 には、認知症は 「痴呆」 (ちほう) と呼ばれていた。それ以前は 「年寄りボケ」 とか 「キチガイ」 などの 差別用語であった。認知症の存在は 歴史的には古くから知られており 4 ) 、700年前 の 兼好法師 (徒然草) の頃から報告されているが、病名はなかった。

♣ 2004年 になって、「痴呆性老人」 の表現は “ムゴイ ! ” という理由で立派な名前 = 「認知症」 がつけて貰えた。ただし、単純に ‘認知症’. . . では、認知力が ‘ 減ったのか ・ 増えたのか ’ 不明ではないか、との反論もあったが、そこは日本人 … ‘曖昧模糊 (あいまい もこ) の美’ が採用されて 今日に至っている。

♣ ‘認知症’ なる命名は その後 心理的に抵抗もなく 人々に愛されているようだ。近年に至っては 「私、物忘れが増えたから、そろそろ ‘認知’ なのかしら?」 などの表現をする若いご婦人も出てきた… 。 「認知症」 ではなく 「認知」 という語感が良いらしい。英語なら 「 痴呆 = 正気を失っている 」 という意味の ラテン語の 「ディメンシャ」 (dementia) だが、「痴呆」 よりも 「認知」 のほうが 遥かに 微笑ましい名称だ、と私も思うのだが、皆さんがたは どう思われるか? 2200字  

要約:   言語は ‘習慣’ であり、習慣は ‘内容変更’ でもある。毎日 使っている “五つの言葉” ( 介護 ・ 看護 ・ 老後 ・ 食介 ・ 認知症 ) について、対応する英語との相違を考えてみた。 一見 (いっけん) 同じものと思っている社会行動でも、国や時代背景の違いによって、案外に中身が違うものだ、と驚いてしまう。

  参考:  1) 新谷:老後の半世紀; 福祉における安全管理 # 512、2015. 2) 新谷: 老 後 破 産 ; ibido # 515, 2015. 3) 新谷:寝たきり老人をなくす?; ibido、# 554、2015. 4 ) 新谷:痴 呆 以 前 ; ibido、# 2、2010.

職員の声

声 1: 明治維新後、日本は外国語の 翻訳・造語 に熱心で 「新聞・銀行・大統領」 など、多数の言葉を工夫した… しかし英語の カタカナ の方が分かり易いものもある… デイサービス (通所介護) や リハビリ (機能回復訓練) など… 今回の 「介護」 は 堅苦しい造語だと思う(係り: 先輩格の 「看護」 という 文字感覚 を踏襲したのだろう; 英語の 「ケア」 のうほうが 会話語 として愛されているよ)。

声2: 漢字圏の社会では 漢字の組み合わせで いろいろの造語が楽にできる … それが メリットの一つ だろう(係り: 元首相の 小泉純一郎氏 は 福祉英語 を 日本語 にせよ、と強硬であり、その例として 「デイサービス や リハビリ」 などがあったが、時とともに ‘愛される言葉’ のほうに落ち着いて行った)。

声3: 「痴呆」 とは “正気(しょうき)を失っている状態” の事だったのか !! もし 「認知症」 を 「認知低下症」 と言えば 角(かど)が立つな… 曖昧模糊 (あいまいもこ)の日本語の 「認知症」 は適切だった(係り: ヨーロッパ語なら 「正気でない者は “痴呆” ディメンシャ である」 と 単刀直入な表現を好むのだね)。

声4: 「痴呆」 よりも 「認知症」 のほうが 多くの人に受け入れられ、差別用語 の匂いが消えて 有難い(係り: 前例としてある、高血圧性脳症 とか、アルコール性肝症 などを参考にしたのだろう)。

声5: 文化の違い で 介護の中身が違うのだろうか?(係り: 大違いだ ! 欧州では 「要支援」 という分類はないし、「要介護 4 ・ 5 」 は “寝たきり老人介護” に相当するから 有り得ない ! 5 ) これに対して、日本の文化では 「おんぶに抱っこ、乳母車」 の 至れり尽くせりの介護 なのである)。

声6: 昔の食事介助の目標は 「良かれ ! 」 と思って “全量摂取” だったが、今では 介助法が変わって、“ご利用者に合わせた 量 ・ 摂取ペース ” に…、つまり 人間の尊厳 を侵害するような介助は避けている(係り: 欧州で ‘食介をしない’ と聞くが、日本人は “ナゼ しないの?” と不思議がり、考えてみても やっぱり 不思議 である)。

声7: 外国では、「人間の尊厳」 を大事にするあまり、摂食困難老人の栄養を軽視するのか?(係り: 本文の 挿絵 をご覧になれば分かる通り、食事介助とは 親鳥が雛(ひな)に餌を与えているように見える … 彼らは この姿を 人間に重ねること を嫌がり、人間は動物とは違うから …. と考えるらしい)。

声8: “ Feeding ” という言葉を聞くと、なるほど 「餌を与える」 という ストレートな意味 であり 「老人にエサを与える」こと = 「食介」 は失礼な行為であろう ―― だが、日本は 曖昧模糊の文化 によって 助けられているのではないか?(係り: 彼らの信念では、‘寝たきり’ は 「尊厳ある存在」 ではなく、そんなようなら 天国に行って欲しい、 と思うらしい)。

声9: 欧州では 「食介をしない」 かも知れないが、その他の国々 でも 「食介」 をしないのか?(係り: 得られる情報の限りで、この話題が見つからない… 中国? 韓国? インド?… 寿命が短い社会なら 「食介年齢」 以前に 老人は他界してしまうのかも知れないね ―― ご存知の方は教えて下さい)。

プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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