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(575) 122歳 を目指す人 のために


(# 575) 122歳 を目指す人 のために  

私たちは 戦後 70年 で ‘人生 50年’ を ’人生 86年’ に延長することに成功した。

♣ これは 単純な努力によるものではなく、幾つかの “幸運” があったからこそ可能となったのである。その主だった要因を列挙すると: ―― ① 平和と生活環境改善への努力、② 「働かざる者 食うべからず」 の勤勉な労働、③ 平等を目指す福祉活動、④ 病苦、とくに結核や感染症などを克服する医療の発達など。 世界各国では これら ①~④ は なかなか 揃うことがなかった事情があった。こうして日本は 世界随一の高齢国になれたが、この高さを達成しても 日本は 更なる高齢化への願望は とどまることを知らない。

122歳を目指す人のために

♣ 従来の人類の最高年齢は 1997年 に亡くなった フランス婦人のジャンヌ・カルマン122歳 図 1) であり、世界長寿ギネス記録を見ても 他の追従者を大きく引き離している。日本の 現存の最高記録は 大川 ミサオ氏 の 117歳 であり、110歳 を越える人は 僅か数人ほどである … それほど 「超高齢者」 とは貴重な存在であり、表題の 「122歳 を目指す人」 は “世界一の冒険家” とも言える。

♣ そこで 私は 122歳 を目指す人々のために、「なすべき心得」 を考えてみた。長生きを志す人は きちんと “長生きの原理” を学んで欲しい。“そんなことは出来ない ! ” と諦めるのではなく、“どうしたら可能になるか?” を考えよう。努力すれば報われるハズである。

♣ 長生きするためには、身体の各臓器、各細胞の活力あってこそ 初めて達成される。人間は ある年齢を越えれば 臓器機能が低下してくる。たとえば、女性の卵巣 は 50歳 前後で 排卵機能を廃止してしまい、妊娠・ 出産の任務 を終了する。人間の臓器は 一般に更年期まで十分に機能するような余力をもっているが、その余力を活用することで 更年期の 2倍 程度に寿命を延ばすことができている。そこで 幾つかの臓器の様子を観察してみよう。

① 「骨」: ―― 更年期を過ぎると、女性は子孫確保の仕事から解放されるので、遺伝子も 「楽(らく) 」 に走り、まず 「歯や骨」 の丈夫さに “手抜き” が始まる(脱カルシウム) 。これによって骨の強度が減り、「骨粗鬆症」 (こつ そしょうしょう) が始まり、骨折 が頻繁になる。このことを無視して 122歳 になれば 「骨無しのクラゲ」 同然の身体となるかも知れない。

② 「筋肉」: ―― ふつう筋肉は 30歳 頃から減り始め、75歳 で筋肉の量は 半分 に減る。スポーツ運動をすれば 筋細胞は ‘肥大’ するけれど、毛細血管は増えないから、年齢と共に 元の状態に戻る。す速い反応をする筋肉は早々と衰えるので、体の動きは ヨタ付き、このまま 122歳 になれば 「カタツムリ」 同然だ。特に、嚥下(えんげ)筋の衰えは致命的であり、ムセによって 摂食困難となり、誤嚥性肺炎を併発して命を落とす。

③ 眼と耳: ―― 40歳 頃から視力が衰え始め、透明な角膜は白内障に、遠近の調節も困難(老眼・乱視)、内部の水晶体もにごって 視力の低下は避けられない。難聴は 全ての老人に訪れ、とくに 「子音」 (カ・サ・タ行) などが聞こえにくく、テレビの音量が上がる。もし このまま 122歳 に進めば “見えず、聞こえず” の 「手探り人生」 を歩むことになる。

④ 「笑い」: ――歳とともに笑うことに無関心となり、独特の老人性仮面顔貌となる 1 )

⑤ 「認知症の訪れ」 : ―― 認知症は 2004年 までは 「年寄りボケ」 と診断された精神衰退である。65歳 までは稀であった認知症が その齢から だんだん増えて来、85歳 になると人口の約半数が、100歳 で 9割 が、110歳 では 全員が認知症 に陥る 2 ) ―― つまり 122歳 まで生きるのなら、後半の人生は 孤独な 「デクノボウ」 の人生になる怖れがある。

♣ 以上の ①~⑤ の状態は 高齢になるにつれ 全員に認められるが、もし この状態を 「病気」 と考えるなら、病気は いずれ退治されてしまうから、将来展望は明るい ! でも、果たして これらは 「病気」 なのであろうか?

122歳を目指す人のために

♣ 動物には おのずと 「天然の寿命」 というものがあり、図 2 には 過去に記録された最大の長寿を示す。人間の最大寿命は 「122歳」 であるが、人間だけが 単に懇願によって 500歳 とか 1000歳 とかの 「特権的な超高齢」 になれるだろうか? もし本当に 不老不死を願うのであれば クラゲ か ヒドラに成り下がれば それも可能であろうが、人間は 自己の分限 (ぶんげん) をわきまえていると思う。仮に 122歳 を希望する人だって、社会人の半数が 122歳 を達成したら、その社会は どんな社会になるか が 容易に想像できるだろう。

♣ 高齢者の命も ご自分の遺伝子で守られているが、その遺伝子は ’進化の面で まったく ’御用終い’であり、ご自分の命を守る力さえ衰えてくる。動物は子を産まなくなったら 世代交代 する。人間は特別の例外であって、繁殖期の 2倍 以上生存できるようになったが、生命の原理はそのあたりで 終焉 (しゅうえん)となるのではなかろうか? 2006字

要約:  122歳 の超長寿を目指すためには、“体も細胞も元気な状態” で準備する必要がある。 ② そのためには、特に 「運動器と感覚器」 の鍛錬(たんれん)は欠かせない。  図 2 で示したように、各動物は それぞれに 天然の “最大寿命” を有しており、人間の場合 122歳 が最大であったので、それを目指す あなたなら 上記の ①~⑤ の条件を克服すれば、十分 挑戦する価値がある。もし あなたが 100歳 前後で これら ①~⑤ に失敗しているのなら、122歳 到達は 無理である と心得よう。

参考: 1 ) 新谷:「笑ってください」; 福祉の安全管理 # 565, 2016. 2 ) Robert Epstein: “Brutal Truths About the Aging Brain” ; Discover , October: 48, 2012.

職員の声

声1: 人間の寿命として 122歳 は たった お一人 だけの最長老ではないか?(係り: Yes ! 人は中年になると 「不老長寿」 に関心が湧くらしい … 今年は 1,000歳 までヒトは生きられる、という勢いの良い主張が イギリス・ ケンブリッジ大学の オーブリー・デグレイ教授 によって発表されている … それに比べて122歳 なんて ‘ 控え目な現実’ に過ぎないよ)。

声2: 現実の 122歳 は それなりに立派だが、果たして 「自立」 していたのか?(係り: その点の資料がはっきりしない … 筆者の経験する限りで、100歳 を越えて 「収入も日常生活も “自立” 」 という人にお目にかかったことはない ! )。

声3: カルマンさんは 122歳 まで生存されていたが、お子さん・ お孫さん方 は彼女の介護にどう関与されていたのか?(係り: 残念ながら、データがない)。

声4: 彼女が亡くなって以来 もう 20年 が経つが、まだ 122歳 を追い越す高齢者はいないのか?(係り: いない ! 登山で彼女を 富士山の頂上 にたとえれば、頂上征服は彼女だけ … 9合目・ 8合目 でとどまった登山者はどっさりいる)。

声5: 寿命が長くて、その上 健康であれば 言うことは無いけれど(係り: 残念 ! 現実の長生きは すべて “病気寿命の長生き” である … 際だって長生きの人に “お幸せですか?” って訊ねても、社交的な返事しか戻ってこないのが通常なのだ)。

声6: 私は長生きしたいが、その場合、“自分だけでなく 周りの人様も幸せ” であってこそ 受け入れられる長寿なのではないか?(係り: あなたの感性は素晴らしい ! だが、人は 歳を取ると “見当識” に疎くなり、他人迷惑について無関心になる)。

声7: 老人は 皆 ピンコロ で逝きたいと願うようだが … (係り: 若い人は そう言うが、超高齢になると ピンコロ にも ジワコロ にも関心が無くなる)。

声8: 長生きして身体生理の限度いっぱいを生き、‘見えず・ 聞こえずの手探り人生’ を歩むのはイヤだ( 係り: 見えなくても、聞こえなくても、その歳になれば、ヒトは さして不自由なく生きて行けるものです)。

声9: 自分が分からないまま認知症になって 他人に迷惑をかけっぱなし、なのが長生きの実態なのでしょう?(係り: 繰り返しますが、100歳 を越えて認知症でないことを願っても、それは たぶん 無理 でしょう … でも、若い職員たちは 認知症のお年寄りの介護をちっとも嫌がりません … 安心して人生を送りましょう)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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