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(578) 時 間 ボ ケ の 幸 せ

(578) 時 間 ボ ケ の 幸 せ

私どもは、まだ歳をとらず 元気なうちでも 「時」 を失うことがある。

♣ ある日の “パールライフ”  の集会の朝の始まり :――  十人ばかり集まった高齢のご婦人たちに 講師が声をかける: 皆さん おはようございます…. 今日は何日? (シーンとして答え無し) ; 何曜日だったかしら? (シーン) ; 何月です? (誰かが答える: 4 月でしょ → 5 月 の間違いでした) 。 ことほど左様に 「今日は何日? 何曜日?」 など 時間への老人の無関心は ザラである。

♣ 人間は 4 次元空間 に住む、と言われる: つまり 「立体 (縦・ 横・ 奥行) と 時間 、合せて 4 次元」だ。 ‘縦・ 横・ 奥行’ は「目で見て、耳で聞いて、あるいは手で触って 理解することができる。だが ‘時間’ が 縦・ 横・ 奥行 と同格で、4 番目の要素かどうかは疑問のあるところだ。

♣ 実際、4 次元のうち 「時間」 は正常な人でも認識しにくく、だから私たちは “腕時計” を持ち歩いている。ところが、「時」 を教えて貰っても その理解ができない人もあり、その場合、人は 「時を失っている」 と言う (4 次元目 の喪失)。もちろん、そんな人は 過去と未来の区別も分からなくなるが、肝心の当の本人は この事を ちっとも悩まない。

♣ 認知症は、“記憶障害” と同時に このような 「の喪失」 から始まる。症状が進むと、昼夜の別 はもちろんのこと、約束 や年月 の違いも分からない。さらに進行すると、「 の観念」 を失い、自分の家 や 居場所 などの区別ができなくなり、その不安から 「徘徊」 が始まる。そのうち 「の区別」 が困難となり、夫婦・ 親子 の関係 などを識別できず、いろいろの問題が発生する。ご自分の子供たちに向かって 「あなたは どなたでしたかのう?」 とおっしゃる。

♣ このように、「時・ 所・ 人」 の認知が困難になった状態を 「見当識の喪失」 と言い、その症状は ‘時間の喪失’ から始まり、‘ → 所 → 人’ の順に進行する。この 見当識の喪失と記憶障害は どの認知症にも 必ず有り、だから これを 「 中核症状 」 と呼ぶ。あなたがケアに入っている ご利用者は 「時・ 所・ 人」 の順番の中で、今 どのレベルにあるかを観察してみよう。この応用は、良いケアの遂行上、とても 役立つ視点 だと思われる。

時間ボケの幸せ

♣ では、ナゼこれが起こるのか?人間は齢と共に “細胞老化” が起こり、正常な人でも、二十歳 をすぎれば、大脳細胞の数が 毎日 10 万個 ずつ減ると言われている(図左)。認知症では この減少が正常の人の 何倍 にも及び、その結果 大脳機能 が障害され、精神と行動異常の ‘中核症状 ’が 進行性に出現する。失われた大脳細胞は修復されることなく (図右 ―― 片半球の著しい委縮)、 認知症の症状も進行性となる。

♣ ここで話を変えよう。19 世紀 のスコットランドに貧乏な詩人 ロバート・ バーンズ という人がいた。彼の 「モグラへ」 という詩を紹介する。彼が畠を耕している時、誤って鍬(くわ)でモグラの通り道を壊してしまった。彼はモグラへ謝り、次の詩を書いた:――

          それでも、おまえは、私と比べれば幸せさ
               おまえが知るのは 今の事だけだ
          ところがどうだ、私は過去を振り返り
               恐ろしい情景を眺める
          そして、先の事は私にも分からないから
               想像して、怖れるのだ

時間ボケの幸せ

♣ 人間以外の動物は、ひたすら 現在の瞬間 にのみを生きる。モグラは なるほど 通り道を壊され 驚いて逃げたが、それは その時だけ … 驚いたことさえ もう忘れている … この次に また壊されるのか?と 先行きのことも考えない。人間以外の動物は、過去と未来の認知ができず、自分が いつか 必ず死ぬ運命にあることも予想できない。人間だけが 生命の有限さを自覚することができ、それゆえに人間だけが ‘有限の生命と幸せ’ を持つのである。

♣ 認知高齢者のケアをしていると、あなたは自分自身が普通の ‘人間’ であって、相手のお年寄りのほうが 上に述べた バーンズの言う 「モグラ」 に相当して、“可哀そう ! ” と思うことが無いだろうか? もしそうなら、「幸せ」 なのは どちらのほうだろうか?

♣ 「ボケ勝ち」 という言葉があるけれど、私には 認知症の方々のほうが 「幸せ」 ではないか、としばしば感じる。だって、彼らは、なるほど日々の生活に不自由があるかも知れないけれど、その不自由を 「苦と思う認知力がナイ」 からである。

♣ 同じ苦しみであっても、過去に経験した恐ろしい苦痛、将来に来るべき運命の恐怖など、正気の人なら、みな不安に駆られる。高齢者認知症では、それがナイのだ ! なんと 有難いことではないか ! 私は 「ボケ勝ち」 の方を大事にしたいと思う。もし、夫婦のうち、一人が先にボケてしまえば、ボケたほうが先行きの不安から解放される。つまり、日々の生活やお金のことなどに悩まない。それって 一種の 「勝ち」 ではないだろうか? 私は、時間を失った 「ボケ勝ち」 って、有難いものなんだなーと思うようになった この頃である。2019字 

要約:   人間は 4 次元世界に住むと言われるが、認知症に陥ると 真っ先に 「時の次元」 を失う。 それは 「大脳細胞」 の大量喪失によるものであり、修復されることはない。 このため 将来の 「喜びや不安」 から解放され、随伴する “記憶障害” とともに、一種の 「ボケ勝ち」 状態に陥る。 これは あながち 「不幸」 とは言えず、考えようによって 「幸せ」 なのかも知れない。

参考: 「パールライフ」 とは、社会福祉法人パールが 第 50 番目 にスタートした 「老人の憩いスペース」 である。発足後 2 年 を経過; 介護保険の認定がなくても “茶飲み話、体操や 料理・ 囲碁 など” で、毎週 月~金曜日、お互いを楽しむ会であり、健康回復にとても 役立っている。

職員の声

声1: 私も仕事から離れると とたんに時間が分からなくなる(係り: 大抵の人は 長い休暇をもらったとき 時間ボケに陥る)。

声2: 「ボケ勝ち」 のお年寄りは ‘伸び伸び’ と明るい、「ボケ勝ち」 とは素敵な言葉だと思う(係り: 決しててバカにしている感情ではない)。

声3: 認知症のボケは、悲しむことが 自分で分からなくなるから 悲 しまない … 周りが悲 しむのみだ(係り: よく観察 しているね)。

声4: ボケを嫌う人は少なくないけれど、今日のお話で 「ボケ勝ち」 がどんなに楽しいことかがよく分かった(係り: “若ボケ” という “うすノロ” は敬遠されるけれど、“年寄りボケ” は なんだかユーモラスで 好かれるね … それは 自分の将来と重なるからかな?)。

声5: デイ・サービス のご利用者では ‘時間喪失症’ は多数 見られ、笑顔を引き出すケア は出来ても それは一瞬の出来事であって、ことが済めば 笑顔はすぐ消え去る(係り: あんなに 笑い転げて手品を楽しんだのに、エレベーターに乗ったら もうすっかり忘れている ! )。

声6:見 当識が ナゼ 「時→ 所→ 人」 の順に消失していくのだろう、僕には納得がいかない(係り: 難しく言えば、抽象性 が高度なものほど 失われやすいのだ … 「時」は正常と思われる人でも すぐ変になるし、幼児に至っては 「時」 は ほとんど分からない)。

声7: 80代 後半 のご婦人に 「お幾つでいらっしゃる?」 と お訊ねしたら 「38 歳 です」 とのお答え; 翌日聞くと「62 歳 ! 」、他の日でも 人気女優のように七変化 していて 微笑ましい限りだった ―― ‘今’ を生きている認知症の方は ‘今の幸せ’ こそが大事なのだった(係り: まったく同感、間違いを正すことは ちっとも重要ではない ! )。

声8: 僕は今日の話題に感動した、「ボケ勝ち」 の考えに大賛成だ ―― 私も歳をとって逝くときには 「ボケ勝ち」を選びたい(係り: “ボケ勝ち” は 神様の最大の贈り物 と言われるが、まさに その通りだね)。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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