(582) 寿命、え? 1,000 歳?

(582) 寿命、え? 1,000歳 ?

寿命って 何なのだろう?

♣ 日本の女性の平均寿命は、介護保険が始まった 2000 年 (84 歳)から 2007 年 で 2 歳 増え(86歳)、以後 8 年間 停止のままである … 延び続けていた寿命の増加は ナゼ そこで止まったのだろう?1 )  

♣ そこで まず寿命の実態からスタートしてみよう。人間の最大寿命は フランス女性の ジャンヌ・ カルマン 122 歳 である 2 ) 。そのため、人類の寿命限度は 「120 歳 前後」 だろうと想定されている。

♣ ここで混乱を避けるために 「寿命」 の意味を検討しておく。動物の場合は、“野生寿命” と “飼育寿命” があり、一般に後者のほうが ずっと長い。例を挙げれば (図 1 … 各動物の最大寿命を示す)、犬 29 歳・ 猫 36 歳は “飼育下の最大寿命” であるが、その末期は 人と同じく 認知症 である。

寿命、え? 1,000歳?

♣ ヒトの場合は 「生活寿命」 と 「過保護寿命」 を分けよう。「生活寿命」 は ‘縄文時代 25 歳、 昭和時代 50 歳’ などであり、平成時代の 86 歳 は、過大な “医療・ 介護” が加わった 「過保護寿命」 と考えるのが適当ではないかーー最大寿命なら 時期によって異なるが 116歳。

♣ 歴史上の寿命は “空想” にも注意すべきだ。たとえば 人類の始祖と言われる 「アダム」 は 930 歳、日本の 初代・ 神武天皇は127 歳、12代・ 景行天皇 は143 歳 であって、これは 「空想寿命」 であり、ただ 微笑むほかはない。私が調べたところ、同じ天皇家であっても、17 世紀 以後 近年 15 代 の天皇の場合は 平均 55.2 歳 (21 ~ 84 歳)、同じ時期の 徳川将軍 15 代 の場合は平均 51.5 歳(8 ~75 歳)であった。つまり、「寿命」 と言っても、「空想寿命」 は 「実記録寿命」 に移り変わって行くものなのである。

♣ 古今東西、長寿の願望は ‘人間の歴史’ とともに古く、“兵馬俑” (へいばよう)で有名な 「秦の始皇帝」 は、国を治めた 2000 年前、万全の 「不老長寿」 の方策を練ったが、運悪く旅先で死亡したのは 51 歳 のときであった。でも これでは ‘長寿’ とは言えないだろう。では、いったい 人は 何歳 まで生きたら 「真の長寿」 と言えるのであろうか?

♣ 世界には 「長寿学者」 や 「長寿研究所」 が いっぱいあり、意見はたいへん賑やかである。ここでは 二つの考え方を紹介しよう。 ① アメリカの病理学者 「ロイ・ウオルフォード教授 7 5歳」 3 ) は 人類が火星で生活するための研究を行い、アリゾナ砂漠で 2 年間 の自活生活の研究を行った。そこから得られた成績で、人類は 600 年 ほど生きられると発表した。長命達成に必要な実務的条件は 「事故と感染症防止、免疫維持、それに 徹底した カロリー摂取の制限など」 を挙げている。なるほど みな もっともな説であるが、現実の 600 歳 は まだ存在していない !

♣ ② 最近 ヒットを飛ばしている研究者は ケンブリッジ大学の 老年医学研究者 「オーブリー・ドグレイ博士 52歳」 4 ) であり (図 2)、人間は 1,000 歳 を達成できるという研究成果を提示する。彼によると、老化は 「病気」 だから その原因の 7 種類 を潰して行けば 死は克服できる と主張する。‘ 7 種類の原因を潰す’って、それは人を 壮大な “過保護” の下に置く、ということであり、そのコストは いかばかりであろうか?

寿命、え? 1,000歳?

♣ これらの二人の学者に限らず、法外な長命を予言する研究者に共通することは、彼らは みな “遺伝子の学者” であることだ。遺伝子は 「たった 4 種類 のアミノ酸」 で構成されている。そんな単純な構造物が なんで人間のような複雑な動物をつくるのか、この事実の前に 誰しもが 神秘な魔法 に襲われる。で、人の遺伝子寿命が わずか 122 歳 ごときで収まるハズはなかろう、と気分が弾む。そして、現実の人体を離れ、遺伝子だけの分野で長寿研究に励み、600 歳だ ・ 1,000 歳 だ、との展望が現れる。

♣ がんらい 人間は長寿願望を持つので、人々はこれら遺伝子学者の威勢のよい長寿学説を楽しんで受け入れる。これに反して、臨床に携わる 医師・ 看護師・ 介護士たちは 鼻白んで、法外な長寿の話題にちっとも乗る気配がない。 ナゼだろう?

♣ それは 臨床家は 現実の 100 歳 の肉体が どんな代物であるかを 知り尽くしている からである。つまり 100 歳寿 の肉体を素描(そびょう)すると:――目は見えず 耳聞こえずして 鼻 利かず、 歯は全滅で 骨折あり、お風呂やトイレは 介助付き… こんな現実の 100 歳 の肉体を目の前にして、なんで 遺伝子だけを問題とする 1,000 歳説 に飛びつく気持ちになれるだろうか?

♣ そこで 親・ 子・ 孫 の流れを見つめてみよう。人々は みんな、より良い子を産み 素敵な仲間を獲得することを願うのに、高齢の老人は もはや子供を産むことから 遠く離れ、生命進化へ貢献することには ご縁がない。寿命とは、そもそも子を産む気迫さえあれば それが何歳であっても 延長が許されて然るべきものであろう。子孫繁栄の道から隠退すること、それこそが人生寿命の終点なのではないか。 1990字

  要約:   「寿命」 にはいくつかの定義があるが、ここでは 「生活寿命と過保護寿命」 を問題にした。 過保護寿命は 1,000 歳 に及ぶが、肉体寿命の上限は まだ 122 歳 のままである。 人間が子孫繁栄の道から隠退する年頃、それこそが 本当の人生寿命の終点なのではないだろうか。  

   参考:  1 ) 新谷: 「日本女性の平均寿命は 86歳か?」 : 福祉の安全管理 # 466, 2014. 2) 新谷: 「122歳を目指す人のために」; 福祉の安全管理 # 575, 2016. 3) Gary Taubes: “Staying Alive” ; Discover February 56~61, 2000. 4) ただ今、ネット上に多数あり。 5 ) 「寿命の延長はどこまで続く?」: 福祉の安全管理 # 516, 2015.

職員の声 

声1: 肉体レベルの最高は 122 歳、遺伝子レベルだけの寿命なら 1,000 歳 に届くのか?(係り: NHKは、20 年後 に 現在の平均寿命 86 歳 は 100 歳 に届くという 5 ) … 大きな数を叫ぶほど 社会は喜ぶものらしい)。

声2: 100 歳 未満の人でも身の回りのことが出来ないのに、1,000 年 の長い時間、何をして過ごすのか?(係り: たぶん ヨボヨボ の毎日を送る … ケア現場の人は このことに 気付いている けれど、遺伝子学者は顕微鏡の中しか見えない)。

声3: ヨボヨボ はいいとして … 現実に ‘お世話人’ をどうして確保するのか?(係り: 1,000 歳は たぶん “呼吸するミイラ” とみられるので、1,000 歳 計画前に お世話係の確保が大切だろう)。

声4: 動物は自分で食べられなくなったら 「死」 である; 他方 人は 過剰保護 を受けて長命になるが、国は 短命になる(係り: 人の歴史は 「戦争・ 飢饉・ 病魔」 への対応で忙しかった … それを卒業した今は、新しい 老人過剰優遇という 「国難」 に向かい合っている)。

声5: 更年期に達して子孫繁栄が出来なくなるのは 「女性」 だけだろうか?(係り: 男は 100 歳 になっても セクハラ気分 が残り、元気そうに見えても、子を成す力はない)。

声6: 最大寿命が 122 歳 なら 何の不足もないと思うが …(係り: 仮に 200 歳 まで生きるとしても、もし 150 歳 まで “出産・ 育児” をするのであれば、“生命原理” の違反は 何もない ! ――人は、更年期まで 苦労で生きて、その後 “食っちゃ寝” で 遊ぶ楽 (らく) をしようと企むから 問題が起こる)。

声7: ‘目標’ がないまま長生きされては 他人迷惑だ(係り: 副総理の 麻生太郎氏 が 最近 老人に向かって こう おっしゃった:――90 歳 より先まで生きて どうするつもりか? と …、つまり ヨーロッパ での解決は、老人への 「食事介助」 をやめたら 「寝たきり老人」 はいなくなり、かの地で 長生き競争 は終わった)。

声8:子孫繁栄からご縁がなくなる年頃こそが 「真の寿命」 である、との見解は ‘正しい’ ! (係り: 過去 40 億年 の地上生命が守った原則は、“親は子のためにある” のであって、“子は親のためにあるのではない” ; このことを間違えた生命は 皆 淘汰 された ! )。
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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