(581) 楽 (らく)を 求めて


(581) 楽 (らく) を 求めて

’人間の定義’ には いろいろあるが、そのうちの一つとして 「人間とは 楽 (らく) を求める生物である」 というのを考えてみる。

♣ では、楽って 何だろう? たぶん、意見は百出(ひゃくしゅつ)で 答えは定まらない。そこで 楽の反対語である 「不幸」 を列挙して、その 「消去法」 で 楽 を考えてみよう。以下に述べる 人類の 「四つの不幸」 は有名である:――

① 戦争・ 飢饉・ 疫病: これらは、「死」 に直接 繋がり、不幸の総代表であろう。しかし その特徴は 「治せる不幸」 であって、現在の日本は これらを全部 治してしまい、「戦争→ 平和、飢饉→ 満腹、疫病→ 健康」 に変えてしまった。求め続けた 「天国の楽」 に 今 我々は包まれているのである ! 変な例を引用して許して頂きたいが、日本の 国家予算 (一般会計 96 兆円) のうち、老人年金 は 60 兆円 ・ 医療予算 40 兆円 ・ 介護予算 10 兆円 、計 110 兆円 であるのに対して、国防予算 はたった 5 兆円 に過ぎない。つまり 、日本が いかに 平和・ 満腹・ 健康な 老人国 を志しているかが よく分かるだろう。ところが 我々は この 「幸せ」 を感謝しているだろうか?

楽(らく) を求めて

② 経済不調: 世界を見渡すと、これは本来的に「凸凹の不幸」 (でこぼこ) が実態なのではなかろうか? つまり経済は、全世界 一斉に 均一に良好 という現象はあるハズもなく、あるところが ‘突出’ すれば 別なところが ‘へこむ’ だろう。例を挙げれば、「電気」 の 発見・ 発明 は なるほど 全世界を広く潤したが、その恩恵は決して世界均等ではない。経済というものは 成長 もあれば 頓挫 もある。発展途上国であった日本は 今や先進国となったが、これ以後、“先” 先進国に、さらに “超” 先進国になるしか 道はないのか? 経済の実態は 凸もあれば凹 もある。広い目で見て、年金・ 医療・ 介護を これほど “分限を越えて 幅広く行っている国” が他のどこにあるだろう? 我々は この 「幸せ」 を感謝しているだろうか?

③ 健康不調: 人間は更年期 (50 歳)までは ほとんど病気をしないし、しても命を召し上げられる程度は少ない。それは 遺伝子が 「子孫繁栄 に関わる 50 歳 までの人間」 を守っているからである。この事情は 人間以外の動物では さらに 厳格であり、動物の親 は繁殖を終えると 命 も終わる。人間も昔は そうであったが、この半世紀、先進国の人間は 更年期の 2 倍 ほど長生きするようになった。ところが、問題になる 健康不調の大部分は この延長された老後の時期に発生する。

♣ その理由は簡単だ。生物の 「遺伝子」 というものは、子孫の 「確保 と 繁栄 のために存在する」 のであって、老後の体を守るための機能なんて ナイ ! よって 老後には、体力維持の “細胞分裂” は減少し 身体機能は 日々低下、生命の終焉 (しゅうえん) の道を ひたすら進んで行くのみだ。換言すれば、老後とは 「エンジンの回っている 若年期の延長」 ではなく、エンジンは止まり 惰力飛行をしている グライダー のようなもの; 飛んでいるのではなく 着地点を求めて 滑空している状態 である。そんな老後の体に 若者の健康が宿るハズもない。命が延びた老後があるだけで 「幸せ」 を感謝すべきであって、若かりし頃の 「安楽な健康」 を求めるべくもない。それは納得できるのではないか?
楽(らく)を 求めて

④ 加齢の関与: これについては、誰も何もできない。ナゼか老人は、「齢なんて 取るもんじゃないわよ」 とか、「ワシは老い先が短いからのう … 」 で代表されるように、自分のことを 決して 「幸せと思っていない」。でも、私は、老年期は “すべて有難い” ものだと思う … だって昔は “人生 50 年”であり、老年期を迎えられる人は僅かだった。昔は、子孫確保のエンジンが止まった更年期で すぐに墜落 (逝去)だった; ゆっくりと 老後を ”滑空”する余裕なんてなかった。私は思う … 「 加齢は感謝だ 」、ブツブツ不平を垂れて若者を困らすもんじゃないと思う。

♣ 以上の ① ~ ④ は世界のいずこも解決していないのが通常だ。ところが日本人は ① を完全に解決しているのに、人の欲望は底が知れない … 息をもつかず、② も ③ も、あまつさえ ④ まで得られないことを理由に 「楽」 と言わない。それは ‘罰(ばち)当たり’ だろうが?

♣ 人が他人に 楽 (らく) を要求し始めれば キリ がない … その あげくに 「不満と不幸」 がやってくる。私は思う … 猫のような “動物” だって楽を求めるけれど、動物は それを自分自身の中で解決している … 人だけが それを他人に要求する … その違いこそが不幸と不和の始まりではないか?

♣ 私は、人は楽を求めても良いと思う … だが、同時に人は 今の自分が 「どんなに他人様からの “楽” に包まれているか ! 」 を知るべきだと思う。その “楽” を 隣の人に、そして あちらの人にも分けてあげよう … それでこそ 「楽は 本当の楽になる」 のではないか?1990字   

要約:   “楽” とは何だろうと訊ね、それを 4 っ の 「消去法」 で考えた。 日本では 「戦争・ 飢饉・ 疫病」 は完全に解決され、 “楽” になったが、「経済・ 健康・ 加齢」 の 3 点 で ‘不満’ が多いようだ。 生命の第一特質は “良き子孫確保” であって、老後の安泰要素なんて 遺伝子の中には組み込まれては いない。 よって、近年求められる “老後の楽” は、「感謝を基本概念」 にして 新たに考え直されるべきものなのではないか?

職員の声

声1: 歳をとって 「楽」 を求め、それを他人に依存して当然と思うのは間違いと思う; もし迷惑を掛けるのなら、 「対価」 を払うか、 「感謝」 の言葉を表して欲しい(係り: 介護保険の 17 年 が過ぎ、近年 老人は “過保護慣れ” していて 厚かましい … やはり ‘近くにあっても 礼儀あり’ が望ましいと思う)。

声2: 今 世界では “難民の問題・ ユーロ不安” で ごった返しているご時世だ … 日本の 「安全・ 安楽」 を感謝せずにはいられない(係り: 戦争や社会不安の無い日本を、当然と思うだけでなく、日々 感謝する気持ちで過ごしたいものである)。

声3: 過去の戦争体験のあと、老人たちが 「平和な楽」 を求めるのに 何の問題はないが、それを他人依存することが問題である(係り: 日本は 赤ちゃん・ 子供・ 老人 を甘やかす。 必要な身体上のお世話は して差し上げるが、「心の楽」 は自立してもらいたいものだ ―― “おんぶに抱っこ、乳母車” は 人をスポイルしてしまう)。

声4: 在宅看護をしていて感じる老人の納得いかない姿勢 == 元気な方なのに 「お前、掃除をしろ ! 」 と高飛車な命令調 ズルをして 介護度 を上げるための相談 お金があるのに特養のお世話を受けるための相談 … .老人て、案外に “自己中心的” で驚く … 足りている事を感謝すれば ご自身が幸せになれるのに(係り: “認知症の症状” かも知れないが、政府の “老人優先の姿勢” が老人を甘やかしているのだろうか? 私らも足らない点は反省しよう)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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