(592) 寝たきり老人 ゼロ作戦

   (592) 寝たきり老人 ゼロ作戦

  私が子供の頃から、「寝たきり」 という言葉はあったと思う。

♣ ただし その頃の 「寝たきり」 は おもに 若年~中年 の結核患者であった … 明治時代の 作家・ 正岡子規 (34 歳 没)がそうであったことは よく知られている。では、老人の寝たきりは? ―― 極めて稀だった ―― だって、老人の数は少なくて、もし老人が寝つけば、その時代に 公的医療 はなく、紙オムツや 漏れない “オムツ・カバー” もなく、栄養失調・ 脱水は必発で、比較的に短期間で逝ったものである。

♣ 近年の取り組みは、1990 年 (平成 2 年)、厚労省が初めて 「寝たきり老人ゼロ作戦」 を打ち上げた。そこで そのあたりの年代的事情を簡単に示す:―― 1963 年 (半世紀前) 老人福祉法の制定 … まだ “老人” という言葉が法律で使われていた。 1973 年 高齢者医療の無料化) → 1983 年 その無料化を廃止 !
寝たきり老人 ゼロ作戦

1990 年 厚労省の “寝たきり老人ゼロ作戦” = ゴールドプラン 発表、眼目は老人の 尊厳と自立の確保 ... しかし措置時代の “寝たきり老人” は 逆に 増加。 2000 年 日本で介護保険がスタート。以後 16 年間、国の介護予算は 3.5 兆円 から 10 兆円 へと 3 倍 に増え、皮肉にも “寝たきり老人” も更に増えた()。ナゼか?

♣ ヨーロッパは 「寝たきり老人ゼロ」、と 日本からの 視察・ 見学者 は 皆 口 を揃えて語る。ナゼ ゼロ なのか?そんな結構な秘密があるのなら、ぜひ日本も知りたい。しかし日本の学者たちは その秘密を語らない。

♣ 「和魂洋才」 という言葉がある 1 ) ―― 明治の人たちは西洋の文化の優れた所を学ぶが、日本の魂を失わない、という 独自の姿勢 を取ったのだ。また明治天皇も 「五箇条のご誓文」 で次のように述べておられる 2 ) :―― 第四条 : 「旧来の陋習 (ろうしゅう) を破り、天地 (あめつち) の公道に基づくべし」 : (念のため、ドナルド・ キーン 氏 の英訳: Evil customs of the past shall be broken off and everything based on the just laws of nature)。陋習とは “悪しき習慣” という意味で、明治の人たちは この ご誓文によって 江戸時代の悪習 を破り、理に叶った意見で社会を建て直すことが出来た。では、平成の私たちは今 具体的に どんな ’陋習’ を破れば 現状を打破できるのか?

♣ 明治時代の病気は感染症、特に ‘結核’ で亡くなる方が多かった。時代が 昭和 → 平成 に移るにつれ、人々は高齢化し、病気の主力は ‘脳卒中などの生活習慣病’ に変わり、それと重なるように ‘癌’ が増えた。そして今や あらゆる病気を振り切るように、天寿の ‘老衰’ 、すなわち 高齢者の “認知症” が増加 した 3 ) 。つまり人が逝く状態の主力は、一口に言えば 「十分 長生きした後の ‘老衰’」 なのである。その場合の対応は “医療” から大きく “介護” に移行する。上記の “五箇条” によれば、その対応は 「 あめつちの公道 」、すなわち “天然の理 (ことわり) ”になるハズだ。平成の現代、それは何か? ――― それは 「洋魂」 の再学習ではないか? 2 )

♣ 私たちの先人は 明治維新で 「洋魂」 を 「和魂」 に読み替えた。もし、介護の目標を ここで 元の「洋魂」 に学習し直すのなら こうなるだろう――➟ {私たちは 枕元に 「パンとスープ」 を置きます…命の尊厳を重視し、それを自分で食べられなくなったら、その方は それで終わりなのです} (スエーデン) ―― つまり 「食事介助をしない」 のが彼らの ”尊厳” 、「食事介助をする」 のが日本の ”尊厳” ... 、同じ ”尊厳” でも中身は正反対である。   

♣ 日本の 「尊厳」 なら、“延命処置が 優先” され、老人の食介・ 点滴、胃瘻・ 透析などによって “人道を貫く” ことが国民的意志となる。仮に そのことを ”日本の陋習” とみなし、 “食介” などの延命措置を廃止すれば、本当に 「寝たきり老人ゼロ」 になるだろうか?「食介」をやめてまでして、「洋魂」になびく必要があるのだろうか?
寝たきり老人 ゼロ作戦

♣ そこで この事の是非を要介護認定 ( 8 分類) 上の表で検討しよう。これは 関東のある行政区の認定サンプルである (H 27.4 ~ H 28.1)。その 10ヶ月 間に認定された人の総数は 7,693 人 ()、その百分比でみると( ② ③ )、要支援1が 23 % で一番多い ―― つまり僅かな障害で公的援助を求める人が 1/4 もある ! ―― 要介護 2 ~ 要介護 5 は およそ 各10 % 前後でほぼ同数だ。の単価は 端数を丸めた毎月の予算額で 5 万円 ~ 35万円 に定められている。各分類ごとに必要な予算を、人数×単価( ①×④ )を百万円 単位で に示す。

♣ 介護度の低い所では人数が多く、高い所では人数が少ない ~~ このため、支援 2 ~ 介護 2 の予算はあまり変わらず、介護 3 ~ 5 は その ほぼ倍額になっている。つまり予算額の点でみると、要支援 1 ・ 2 と要介護 4 ・ 5 の合計額は 全予算額の過半数 ( 59 % ) を占める。逆に言えば、もしヨーロッパ風に 「要支援」をはずし、「要介護 4 ・ 5 」 分類をやめてしまえば、確かに寝たきり老人ゼロも達成可能となり、必要予算も半額ですむと予想される。1992字 

要約:  昔は 「寝たきり老人」 の社会的問題はなかったが、介護保険の導入とともに この問題は無視できなくなった。 ヨーロッパに この問題が無いのは、おもに 食事介助をしない洋魂にあるらしい。 介護に 「和魂」 でなく 近代の「 洋魂」 を学習 し採り入れれば、日本でも 「寝たきり老人ゼロ」 社会が可能であり、必要予算も半減できるが、果たしてそれが日本の国民意思となるであろうか?
 
参考:  1) 新谷: 「和魂和才は続けられるの?」 ;福祉の安全管理 # 566, 2016. 2) 新谷: 「五箇条のご誓文と胃瘻」; ibido # 290, 2012. 3) 新谷:「病 (やまい) の順番」 ;ibido # 556, 2016.

職員の声:

声1: 「寝たきり」 というが 「寝かせきり」 ではないのか?(係り: 今のパールでは 「寝たきり」は:――胃瘻慢性期 2 名、脳幹出血 1 名、老衰 (105歳) 1 名: その他の殆どは 「車椅子っきり」 の老人である … 皆 「見ざる・ 聞かざる・ 話さざる」 の三猿である)。

声2: 儒教の思想 (親孝行) が今の社会で正しい思想とは限らない … しかし生命維持経費が増大するからと言って 「和魂を洋魂」 に変節することは問題だ(係り: 介護保険以前の日本では今のように 200 万人 もの 「寝たきり老人」 の問題は無かった)。

声3: 要支援 と 要介護 4 ・ 5 で介護保険の予算のおよそ半分を占める、とは驚いた(係り: 要するに 「深情け介護」 の経費が大きいのである)。

声4: 老人の 「尊厳」 を確保すために、西洋では 「食介をしない」、日本では「 食介をする」 … 願いは同じで、方法が まるで逆 ! 彼我の価値観の違いだけで説明されるのか?(係り: 介護保険の恩恵がなかった昔では、今ほど多数の長引く重介護は不可能だったーー介護保険の意味は大きい)。

声5: 「和」 と 「洋」 で価値観が違うとは言え、施設で働く職員の一人として、「食介」 を無くすることは理解に苦しむ(係り: 聞き及ぶ範囲で 「食介」 反対の声は一つもない ! ただ、食介によって 経費が倍増 している事実を覚えておこう)。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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