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(604 「食介」 は 矛盾?

(604) 「食介」 は 矛盾?

私たちは老齢になると、幼児期以後に獲得した行動パターンの数々を、時間の逆順に失って行く。

♣ もし食事を自分で「食べられない」ほどに老齢化すれば、それは赤ちゃんがオッパイを求めていた乳児期までに逆行し、かなり深い過去へ戻ったことになる。生きものの最大の特徴の一つは「食べること」だが、齢をとってこの特徴が無くなること、それは逝く日が近づいたことを示唆する。

♣ 不思議なことに、鳥類と哺乳類は、「子育ての時だけ」食事の世話をする。しかし、いったん子が育った後には、それをしない。つまり、どんな動物でも(霊長類の猿でさえ)、食べなくなった仲間の口元に「食物を運ぶ」という行為をしない。それは不親切だからではなく、「食べる」という最も基本的な生命の基礎を、他人が補ってあげるという智恵がないからであろう。

♣ しかし、人間は違う。昔から、病気やケガをして動けない人には 水を運び、ご飯を食べさせてあげてきた。人間だけが「自分で食べること(to eat)」と、「他人に食べさせてあげること(to feed)」の両方ができるのである。

♣「老人医療費」の保険本人の自己負担分が無料になったのは1973年で、日本の「福祉元年」と呼ばれた。これによって長生きする老人は増え、同時に自分で食事を摂ることが困難なほど超高齢になった老人の数も増えた。そこで、辞書にもまだ出ていなかった「食介」(しょっかい)という業界略語までポピュラーになったほどである (図 1)。
「食介」は矛盾?

♣ ここで「食介」の用語の意味を考えてみよう。鳥は雛に「“餌”をあげる」(to feed)、哺乳類なら「”乳”を与える」(to give milk)と言い、これを「食介」とは言わない。

♣ しかし、自分で食べられない老人の口元に食事を運ぶ行為は「食介」(to help with eating)であって、近年 この言葉は「敬老造語」と言えるほどの意味を持つようになった。昔の食介は“お粥と梅干”などの乏しい栄養知識しかなくて、その効果も十分とは言えなかったが、現在は確固たる科学技術として食介は確立されている。

♣  試しに「食事介助」をネットの挿絵で検索すると、英文検索で "Help with eating"なら 300以上の画面観察で「老人の口元に食事を運ぶ挿絵」はゼロ ! 日本語検索なら 90 % 以上の挿絵が老人の口元にお匙をくっつけている !! つまり彼らには食介をする習慣が無く、逆に日本は 「食介こそ命」 なのだ。代わって 彼らには 「デブ・ ヤセ」 のご婦人問題が大きい(図 2)。

食介は矛盾?

♣ ところが「食べる」という習慣は国情によって受け止め方が異なるようである。私が20年前、スエーデンの施設を視察 したとき、介護職員たちは老人への「食介」に 独特な考えを持っていた …「枕元にパンとスープを運び、それを食べられなくなったら、その人の人生は終わりであり、これは社会的に合意された習慣である」 と言う。つまりケガや病気で食べられない人には、「一時的に」餌をあげる」けれど、高齢者へ「日常的に」餌をあげる食介は「しない」と言う。人間に 「餌をあげる」(to feed)という行為は 「尊厳無視・自立支援放棄であり、彼らのの精神構造に合わないのかもしれない。

♣ さて、外国は別として、日本では自分で「食べられなくなった人」になんとかして胃に食物を送り込みたいと思う。あゝ、しかし食べさせようとしても「口があかない、むせる、誤嚥する . . . 」などがあれば、どうしようか? このために、口腔体操、食事訓練などがあるし、それでもダメなとき、「胃瘻」という逃げ道もある。

♣ こんな場合、国の文化と歴史の伝統がその対応法の違いを見せてくれる。つまりこういうことだ … ①「人が自分で食べられない」ほどの老衰状態に陥ったということは「天寿に達した」ということに他ならず、尊厳をもってそれを受け止める … これが欧米の主流の考え方だと言われる。他方、② 我が国は少々考えが異なり、「親はどのように哀れな姿になろうとも、生きていて欲しい」という家族の願いが少なからずある――そのためには「食介・胃瘻・点滴・気管切開など」何でも延命第一の処置が了承される。

♣ ①と②のどっちを選ぶかは家族の総意によって決まるのが日本の風習だ。もし、②を昔のように私費でやったらかなりの手間と経費が掛かるけれど、今は福祉予算の豊かな給付があるので、僅かな家族負担で実現できるようになった。

♣「食介は有難いことだ、美しい行為である」 … と思われているが、よーく考えてみると、日本の介護保険の第一目的は「尊厳の確保」と「自立支援」であると宣言されているから、それと「食介による延命」は あい矛盾するのだ、との指摘もある。 欧米では「人間の尊厳」が優先されて「食介」は後に回されるようだが、我が国では「延命」も重視され、しばしば「尊厳と食介」の矛盾に悩む実態が起こっている。

♣ もし無理を押して食介を続ければ ひと時の延命は可能であるが、所詮 誤嚥の誘発によって遠からず終わりが来る事は避けられない … 「だが、やっぱり食介を優先する」… それが日本流なのではないか? この点に関しては、日本流が欧米に劣っているとは思えないのだが、あなたはどう思うか? 1940字

要約: 自分で食べられなくなった仲間(老人)の口元に「食物を運ぶ」という行為は「食介」という敬老造語であり、我が国の風習でもある。 この行為は動物の口元に「餌をあげる」かのように理解され、尊厳維持の点で欧米人の気持ちには受け入れ難い、と言われる。 我が国の「尊厳維持と食介」は矛盾するところもあるけれど、「食介」については 卑下することなく 外国との間に見解の相違があることを承知 しておくべきだと思う。

職員の声

声1: 私は「食事」を口に運んでいるのであって、「餌をあげている」という考えはない ! (答: To eat は自分で食べる。To feed は食物を(山羊に)与える … 外国には「食介」という言葉がないから、山羊に餌を与えるのと同じ行為に見えるのだ!)。

声2: もしも日本で 『食介をしない、保健適用の透析は 60 歳 まで、胃瘻や延命は自費で』 と宣言したら、世間はどんな反応をするだろうか?(答:イギリスの元サッチャー首相が 1980 年代 にこれを実行した時、あらゆる非難と反対が巻き起こったが、サッチャーは一歩も引かず、ドイツその他の国々もイギリスに倣った。日本の要介護老人はやがて 2 倍に増え、介護職員は半分に減る ... 今のままなら日本はパンクする)。

声3: 食介はその昔、老人を家で看るとき、家庭の余裕に応じて行われてきたものである … それが介護保険とともに施設で 「組織的・普遍的に」 行われるのが当然となった(答: 家族愛を施設愛に移し替えた訳だ …ムリが発生するのか?)。

声4: 高齢者の「3 大介護」のうち、一番大事なのが「食介」である … 私はナースだから、率先 して食介をしながら高齢者の幸せに貢献 してきたが、それを「食介の矛盾?」 と言われたら、身の置き場が無くなる(答: 明治維新で日本人は諸外国の進んだ民主主義の実態を見てビックリ した ... 今、目を開いて外国の実情を学んでみよう)。

声5: 日本では「親離れ」ができない子供が自分本位に親を延命しようとする … 生前に親子の意思伝達をしておくべきだろう(答:介護保険が始まって以来16 年、初期の激しい延命熱に比べ、近年はだんだん命の理(ことわり)を納得できる人が増えてきた。


イラストの出典: 福祉 20 -食事介助 -仕事の無料化 http://illpop.com/png_jobhtm/helper_a20.htm
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

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