(599) 我々は 依存寿命を 本気で 減らしたいの?

(599) 我々は 依存寿命を 本気で 減らしたいの?   
 
以前の “安全管理” で、「福祉は “じわコロ” を推奨するのか?」を話した 1) 。「じわコロ」とは “ぴんコロ” の反対語で、“じわり じわり” と逝く」 という多くの我々の逝き方である。

♣ ご存知、人はある年齢まではたいてい自立しており、食事・ 排泄・ 入浴・ 着衣などの “身の回り” を自分で行うが、この時期を「健康寿命」と呼ぶ(図 1)。やがて齢をとり、自立が困難になって他人のお世話に依存しながら暮らすようになるが、こうなった時期を WHO (世界保健機構)の呼称により「依存寿命」(非健康寿命~または “病気を抱えて生きる期間” )と呼ぶ。

♣ ここでは錯覚を避けるために、健康寿命と依存寿命の和を「全寿命」と呼ぼう。依存寿命は近年、思いのほか長くなり、男 9 年、女 13 年 という長期間である(図 1)。多くの人は「依存寿命がそんなに長いとは気付かなかった … じわコロは嫌だ、ぴんコロで逝きたい」と不満げである。

我々は依存寿命を本気で減らしたいの?

♣ 人間、誰しも「元気で長生き」を目指すものだが、現実は厳しい。ほとんどの人は「自立で元気な健康寿命」の後、やがて「依存寿命」を余儀なくされ、そのあと “じわりじわり” と逝くのが慣わしである。イヤなのは、健康寿命の後に必ず依存寿命がくっついていることなのだ。

♣ では依存寿命がなくて、いきなり「突然死」でもいいのか?それだってイヤなのではないか? ところが、訊ねてみると、多くの人が(およそ 7 割 )意外にも「ぴんコロ」を希望する。「ぴんコロ」とは「ぴんぴん長生き、コロッと往生」という意味であるが、これでは遺言書を書く暇さえなかろう。

♣ その上、図をよく見て欲しい… もし依存寿命が短ければ、その分、全寿命も短くなってしまうが、それでも良いのか? 依存寿命が長いからこそ、初めて全寿命が長くなっている、という実態に気が付かないのか?

♣ そこで人は初めて思い直す … 「いや、ぴんコロも良くないな …依存寿命のせめて一部を健康寿命に転換して元気な長生き部分を延ばしたい、と考え直す。

♣ しかし賢明なあなたなら “それは困難だ!” と即座に気付くだろう … だって、もしそれが可能な社会であったのなら、街を歩く老人が著しく増えているハズだし、老人施設の整備も不要なハズ――我々は初老前後まで、すでに限度いっぱいの健康寿命を享受してきたのだ。

♣ ここで、特養パールの依存寿命の実態を 4 例 の女性で参考までに紹介してみよう。93 歳 のM さん は 20 年 このかた依存寿命だ、95 歳 のI さんは 17 年、97 歳 の N さんも 17 年、105 歳 の K さんは 14 年 という調子だ。老人にとっては、依存寿命といえども大事な長生きの年月であることが分かるだろう。

♣ 当たり前のことながら、ヒトは建て前として健康に生きたい、依存はイヤ、 仮に依存になっても簡単に逝くのはイヤ、良い治療と介護を受けて末永く生きていたい。要するに 「何が何であれ、死にたくはない」 。その気持ちはごく普通であるが、福祉の方針としてどちらを優先すればいいのだろうか?せっかく世界一の長寿を誇る我々でありながら、その実態が “世界一長い依存寿命” を優先するのでは威張れないではないか。

♣ 人類は寿命に関して過去の 20 世紀 後半に著しい好転をみせ、日本で言えば、戦前の 昭和 15 年 の平均年齢は 43 歳 であったものが、現在はほとんど 2 倍 の 86 歳 に達している。だが、それでも満足・ 感謝 する気配はない。

♣ ここで 昭和 15 年 のその昔を振り返ってみよう。その頃には 「健康寿命・ 依存寿命」 の概念も、また統計もなく、現在の女性のように依存寿命のまま 13 年 も生存ということはあるハズもなかった。昔にも結核などの依存寿命はあったが、医療レベルは今よりも各段に低く、介護保険もなかったので、依存寿命があったとしても短期なものだっただろう。その後、全寿命が延びるにつれ、影のように依存寿命がくっついてくるようになって、現在それが 男 9 年・ 女 13 年 に延びたのである。

我々は依存寿命を本気で減らしたいの?

♣ では、今後はどうなるだろう? 仮に全寿命が 100歳 に、あるいは 110 歳 に延びたとしようか。その年齢の老人に「自立」を求めるのはムリだ ―― つまり、人間、ある年齢(たぶん 80 歳 前後 )を越えると もう健康な余命の増加は期待できず、得られる余命の多くは依存寿命となるに違いない(図 22 ) 。つまり、依存寿命を嫌がっていたのでは長生きできない現実があるのだ。

♣ みんな、口では簡単に「依存寿命はイヤ、健康なまま一生を過ごしたい」とおっしゃる。だけど我々がどんなに日々介護に勤 しんでも、施設にご入所の老人たちに増える年月は依存寿命だけである 3 ) … これが 現実 なのだ。それは残念な事であるが、他にどんな選択肢があるのだろうか?

♣ 皆さん方、心 して自分が何を言っているのかを気に掛けて頂きたい …健康寿命はもう子孫が受け継いでくれたのだし、我々は自分に残された依存寿命を楽しく生きるだけで十分感謝ではないか ! 1983字

結論:   全寿命は戦後 目覚しく延びてきたが、それに連れて依存寿命も延びてきた。 依存寿命は現在 男 9年 ・ 女 13 年に及ぶが、ヒトは何とかしてこれを短縮し、その短縮分を健康寿命に繰り込みたいと願う。 ところが、健康寿命の長さは今、ほぼ 限度一杯 に達しており、今後 「長生きできる寿命の多くは依存寿命しかない」という現実に直面している。 過去は過去、我々は今、自分の依存寿命を幸せに生きて行こう。

参考: 1) 新谷:「福祉はジワコロを推奨するのか?」;福祉における安全管理 #507, 2015. 2 ) 新谷:「健康寿命の最大限界値」; ibido # 514, 2015. 3 ) 新谷:「じわコロ」で満足; ibido # 577, 2016.

職員の声

声1: 病気(依存寿命)になったら、人は早く死にたいと思うのが普通ではないか?(答: とんでもない、逆だよ…もしそうなら、特養などの老人施設は不要となる)。

声2: 良い介護のお蔭で依存寿命は延びるばかりだ(答: 老人の健康寿命が終った頃、医療と介護保険はその後に続く依存寿命を延ばすことに腐心するのがこの世の役目である)。

声3: でも、依存寿命を好きなだけ延ばしたら、国の経済は破綻する(答: 今の女性の依存寿命は 13年、仮の平均要介護 3 (毎月 25 万円)として計算すると(13 年×12ヶ月 ×25 万円)、お一人に付き約 4,000 万円 。これに毎年の女性死亡数 40 万人 を掛けると 1.6 兆円…。 13 年かけて逝くために今、これだけ掛かっている)。

声4: NHK 番組でのお話… 100 歳を越えて長い寝たきりの老女いわく 「今が一番幸せだわ ! 」 (答: 長い依存寿命を幸せにして下さるのは「神様」?)。

帰結: お年寄りが 末永く元気でいたいという気持ちと、最後はポックリ逝きたいという気持ちはとてもよく理解できるが、それは無茶苦茶な 「二律背反」 ではないか?(答: しかし理屈抜きで「長生したい」と言う気持ちを支えてあげよう)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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