(607) 今昔の念 ~ 馬齢

   (607) 今昔(こんじゃく)の念 ~ 馬 齢

年末・年始にはやや普段とは異なる暇なひと時が訪れ、些細な事ながら、昔と今が溶け合う思いがする。

♣ 私たちは「10 進法」の世界に馴れて来た。「 6 進法」(長さ 6 尺 で 1 間)、12 進法(鉛筆 12 本 で 1 ダース)などの古風な数え方を 10 進法 に直す訓練で疲れていたものだ。それが「半導体」の発見とともに、アッという間に 「2 進法」 に変わってきて、我々は計算機のその能力に全面的に依存、以来 主に悩まされてきたのは 年・ 月・ 日の不規則な周期だけであろう。今日は その悩ましい「今昔の日々」を振り返ってみよう。

① 介護の世界: わが国で「老人福祉法」が制定されたのは 1963 年(昭和 38 年)、当法人の職員の大半はまだ生まれていない。その同じ年に「特別養護老人ホーム」が開設され、その事を説明する用語として「介護」という文字が初めて導入された 1) 。この「介護」という言葉が「広辞苑」という辞書に入ったのがその 20 年後 の 1983 年、「親を介護する」などの表現はそれ以前にはなかったのである。 まことに「今昔の念」に耐えないではないか !

② ワープロとパソコン: 1970 年代 には 2 進法 の半導体の応用が著しい伸展を見せ、英数字の世界ではコンピュータがビジネスを圧倒した。英数字は 50 文字 程度(8 ビット)であるが、日本文字は 1 万字 以上の漢字を扱う(16 ~ 32ビット)ので、ワープロの開発は遅れていた。1980 年頃 には、事務室では 「和文タイプ」 と言って、活字を一個一個拾い取る方法で事務書類が作成されていたが、1990 年代 に入るとワープロと称する機械が導入され能率は飛躍的に上がった。不思議なことに、当時は 「キーボード・アレルギー」 という現象があって、現今のタイプライター式の鍵盤配列が嫌われ、思い出すに「今昔の念」に耐えないものがある。

③ 透析と心臓血管撮影: 今でこそ 30 万人 を越える患者数を擁する人口透析は 1970 年頃 から慢性持続透析のスタイルに進展し、従来不可能であった冠動脈のシネ撮影も行われるようになった。これらにより、多数の人々の命が救われる時代が訪れた。なお、1972 年(昭和 47 年)は 有吉佐和子の「恍惚の人」が出版され、日本で初めての「老人性痴呆」の生々しい実態があからさまに紹介された。

④ 胃瘻: 日本では既に 1963 年 に「特養」が開設され、老人の延命が本格検討され始め、人口の 4 % しかなかった老人人口が 4 倍増 → 6 倍増 になるにつれ「摂食困難な超老人」が増えて来た。敬老精神に富む日本では、このような超老人を延命するために、鼻腔カテーテル法による栄養補給が頻用されていたが、1990 年頃 に欧米で開発された 「胃瘻」 がそれに取って代わるようになった。

♣ 日本では時あたかも胃瘻設置が日本人の好みに合致し、2000 年 の介護保険で費用の国庫負担が導入されて、爆発的な胃瘻流行となった。胃瘻の経費はお一人年間 500 万~ 900 万円 程掛かり慢性治療となるが、その数は今 30 万人 を越え、透析の数と肩を並べるほどになった。ご存知のように、透析も胃瘻も延命に益するけれど、QOLの極めて低い慢性経過となり、国の2兆円を越える介護費負担で問題視され、今昔の念に耐えなくなっている。
今昔の念 ~ 馬齢

敬老馬齢 を見て頂きたい。働いている者(中心側)と働いていない者(外側)の 2050 年 における年齢別人口の配分を示す――今パールで働いている 20 代 の職員の 33 年後の将来像である。見て驚くことは、働く人と働かない人の比率が 「4: 6」 であることだ。

♣ 15 歳 以下は働けないのだから、図 から消し去って理解しよう。15 歳 から 55 歳ま では、およそ 5 人に 1 人 は働いていない。働いていない人の内訳は女性の 家事・ 失業・ 病気・ ニートである 2) 。「家事」は無収入かも知れないが “働いている” ともみられるから、人間社会の有職者・無職者の比率は 5: 1 で正常だと考えよう。

♣ 85 歳 以上の人たちが働かないのは、体力と認知症の頻度からみて、まあ大目に見てあげよう。そこで問題視したいのは、60 歳~ 85 歳 の無職者の巨大な比率であることだ。ここで、読者はご自分の手の平で 60 歳 の位置を水平に区切って上下を見比べて欲しい――上のグループの人たちは 「馬齢(ばれい)と呼ばれ、無為多食のグループである 2) 。なんと、大部分の人たちは働いていないではないか ! その内の少数は、若い時代に蓄えた経済力で自立しているだろうが、大部分は社会に「負んぶに抱っこ、乳母車」の馬齢生活であろう。そんな他者依存が優勢な状態で健全な日本社会が成り立つだろうか?

♣ 問題解決をしようとすれば、60 歳 から 85 歳 までの該当者が 「働くこと」 なのである ! ――現在の若者が、その頃その年齢層に該当するのだ。皆さん方、先行きを甘くみないで欲しい。老後を 「楽で安心」 にするためには、現在の「定年」を程よく延ばして 「働き抜くこと」 しか解決策はないと思われるが、ご意見を述べて欲しい。2020字

要旨: 現在だけに浸っていると 「今昔の念」 に無関心となる。 五つの例を挙げて、近過去を振り返り、目を覚ましてみた。 そこから推し量ってみると、現在の若者たちが発奮しなければならない 「定年と労働」 の将来像が見えてくるように思われる。

参考 1) 中村 秀一:「この半世紀の高齢化のインパクト」;こくほ随想 #2, 2014. 2) 新谷:「馬齢と福祉」:福祉における安全管理 # 593, 2016.

職員の声

声1: 世の中、働く人・ 働かない人の比率が 4 : 6 では困るだろう … 働いてお金を得たいと思って欲しい、特に ニートの人(答: 馬齢人の方が 働く人よりも ずっと多いなんて想像もしていなかったよね)。

声2: 少子高齢化の現代なのに、老人が働かなくてどうするつもりか?(答: 第一に敬老思想で老人をいたわる善意の低い定年; 第二の理由は老人の雇用コスト高の問題 … いずれも解決の兆しが近いようである)。

声3: 私は体力の続く限り 「働き抜きたい」 し、それは認知症の予防にもつながる(答: 欧米のように年齢指定の定年は いずれ禁止されるだろう … 「みんな手をつないで一等賞 ! 」 という 日本の悪平等思想は見直され、定年は個別の希望によって決められてくる)。

声4: 70 歳 を越えると「働き場」 がガクンと減る現実を打開して欲しい(答: ワークシェアの仕組みをキチンと作り、働く意志のある人に職場が与えられるようになるだろう … 雇用関係が整いさえすれば、80 歳 であっても人々は働きたいと思うだろう … 馬齢の人は少数に留まり、その事は人々の幸福に繋がるっていく)。
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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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