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(624) 認知症 と 神様の意見

(624) 認 知 症 と 神 様 の 意 見
  
  「延命・ 長寿は人の望み」と しばしば聞こえて来るが、最近 また聞き捨てにならない発表が次々とあった。

♣ ① NHKテレビのニュース: 百寿者は良い親を選んだおかげでなれる!と(長寿は遺伝子への依存が大) 。② 日本経済新聞の特集: 「延命長寿は自分の希望で選べるものなのか? 」、および ③ 「アメリカの雑誌 1~3 ) “長寿特集で、1,000 歳 の話題” もあった。「長寿・長寿」に関する話題は、やはり どの国 どの時代でも人気があるようだ。
人気の長生き話題
  <会話> 長生きの計画を立てたかい?... 僕は もう長生きしてるよ. 

♣ 日経で一つだけ確認できたこと、それは 「欧米では」 認知症の終末期に余分な水分・ 栄養補給をしないという認識が一般的だが、「日本では」 家族も医師も “餓死させるわけにはいかない” との主張をする。“餓死” とはきつい表現だ ! 食べる意志があるのに “食べさせない” 結果を “餓死” というのであり、本人が老衰で食べる活力がないことは “餓死” と呼ばない。

♣ 実状を述べれば、胃瘻の成績は生命延長効果が 平均 1.2 年、経費は一年に 900 万円 のコスト、I.V.H. は平均 2月 の延長で 100 万円 掛かる 4 ) 。いまパールでは 3 人 の方々が胃瘻栄養で、いずれの症例も意思疎通のできない認知症の方である。

♣ さて、今や先進国での主たる死亡原因は 「ガン」と「認知症」 だけとなった。「ガン」の診断はほぼ正しいと思われ、死因の約 30 % を占める。ところが死亡診断書で「認知症」はまだ珍しく、たいていは「誤嚥性肺炎・ 老衰・ 心不全」となる。将来的には認知症が大半になるだろう。

♣ 有名なところでは、元アメリカ大統領の ドナルド・ レーガン 、および元イギリス首相の マーガレット・ サッチャー が共に「認知症」で逝ったことであろう。つまり「ガン」にならずに長生きすれば「認知症」以外の病名は付けにくい実態がある。そこで 「 肺炎・ 老衰・心不全」 などが選ばれるが、これらは果たして 正確な 「死亡の第一原因病名」 と言えるだろうか?

♣ そもそも生物が元気なまま自発的に死ぬ必然性はない。神様は動物の死を 「飢える、感染症で倒れる、事故にあう、他の動物の餌となる」 、これだけで ほぼ 100 パーセント と考えておられたようだ。認知症で逝く動物、なんて神様の案にはなかった。人間が子孫を確保して「更年期」に入るのは 50 歳頃 だから、それを遥かに越して勝手に高齢で世を去るのに 「認知症なんて病名」をつけることは神様の案に反することではないか?これについては人間が自分で後始末をつけなければなるまい。

♣ アメリカからの新着雑誌の情報を 1~3 ) お知らせしよう。人の命を規定するものは二つのみだと言う: つまり 「環境--ヒト由来」 と「遺伝子--神由来」 である。

環境」はヒト由来の要素であり、今の日本の生活環境は過去のどの時代に比べても優良である。つまり環境の改変によってヒトの寿命は 30 歳 から 90 歳 に延びた。もし「衣・ 食・ 住 」の基本に加えて、「電・ 熱・ 水」 の補給が断たれれば(ありうる)、ヒトは無人島に漂着したような生活となる。その結果、子供と年寄りはさっさと命を失う。

遺伝子」は天与(神)のものであり、私たちの「受精・ 出産・ 成長・ 思春・ 成熟」を支配している。なるほど、「ヘイフリックの限界」(= 細胞分裂は 50 回 程度)が命の限界だ、と述べられているが 5 ) 一番ビックリなのは今回の次の発見ではなかろうか?:つまり 「遺伝子は人を成熟させる働きを持つが、死なす要因を含んでいない!」 という点である。

♣ つまり、長寿研究者たちは、人間の寿命が 120 歳 だ、いや 150 歳 だ、と研究してきたが、そんな低いレベルではない、実は認知症などを無視して、将来 1,000 歳 に達する可能性がある!と言うのだ 2~3 ) 。本当だろうか? ... だって、神様は人間を 「50 歳で」 世代交代と子孫確保の道を工夫されたハズ ... 老人は子を産まず、進化の点で全くオマケの時期と思われるからだ。

♣ 従来、人間は「努力と幸運」によってのみ「長生きできる」と信じてきた。ところが最近、「努力と幸運」が有効なのは 80 歳 になるまでであり、親からもらった長寿遺伝子のオマケがあれば 100 歳 になれることが分かってきた。更に意外なことは、人間が再びアダムの昔のように 1,000 歳 になる可能性さえ示唆されたのである。

♣ でも皆さん、これを喜ぶのはまだ早い!科学者は人の「命だけ」を延ばすことしか考えない。これら 長命になった1,000 歳 の人々に 「日々の仕事、生きて行く喜び、それに加えて “生活するお金” 」を与えることは彼らではなく、我々の役割なのである。さもなくば、今のように 100 歳 でヘロヘロな健康状態のまま、1,000 歳の夢を貰っても 「猫に小判」 ではないか? 神様頼みは 50 歳の更年期 で終わっているのだ !

♣ テレビも新聞・ 週間紙もこぞって長命の話題を取り上げるが、ここでもう一つ大事なことは長寿技術の問題よりも 「老人ご本人の意向」ではないだろうか?なぜなら、大抵の場合、長生きを問題にするのは「ご家族」であって、当事者のお年寄りは長生きして 「幸せ」 とはおっしゃらない現実があるのだ。

♣ それは高齢者が無欲だからではない … 認知症によって 「将来の展望」 という抽象的な願いが理解できなくなっているからである( = 時間概念の消失)。「認知症なんて神様の案にはなかった」 と私は述べたが、私たちは 神様が興味を持たれていない 「認知症の意味」 をキチンと理解すべきだと思う。 1987字 

要約: 認知症の超高齢で食べなくなるのは「餓死」ではない。 認知症で世を去る運命は “神様の案” ではないだろう。 神のみ手を離れた更年期の後に訪れる認知症、これを神頼みで延寿を願っても効き目は無いのではないか。

参考: 1) Thomas Kirkwood: Why can’t we live forever? Scientific American 10: 42~49, 2010. 2 ) Gary Taubes : Live long and prosper. Discover 10: 80~88, 2010. 3) 新谷:「寿命、え?1,000歳?; 福祉における安全管理 # 582, 2016. 4 )  佐々木英忠:高齢者肺炎における誤嚥性肺炎の重要性、日内会誌 138:1777, 2009. 5) 新谷:「入浴時の洗い方」;ibido
#11, 2010.

職員の声

声1: 認知症は 「病気ではなく、年寄りボケ」 と呼んだ方が 実態に合うようだ … 「長生き」という希望語は今や色あせてしまった(答: 昔の長生きと言えば還暦 60 歳 のこと、いまでは 90 歳 になった … 60 歳 は輝いていたが、90 歳 の長生きでは色あせて当たり前)。

声2: 人は何歳まで仕事ができるのか? 報告されたアメリカの 1,000 歳 はきっと「呼吸するミイラ」なのだろう。(答: 正しい長生きとは “自立・ 自活・ 尊厳” あってのこと … 日本はわずか 100 歳 で、ほとんど全部ダメのようだ)。

声3: 認知症では 「死」 に対する恐怖は消え、ましてや「長生き願望」なんで存在せず、その願望は家族の申し立てに過ぎない(答: 私費の昔はそれほど強い願望でもなかった… 今は、医療・ 介護費用 が保険でカバーされるからムリな願望が増えた)。

声4: 神様が関与されるのは更年期 ( 50 歳 )まで;それを越えた老年期の問題 (認知症や長生き願望など)は神頼みでは解決されない(答: 工業製品には製造者責任があって、自動車ならおよそ 10 年 程度: ヒトの場合なら、 神はご自分の生産責任を更年期の 50 歳 に設定されたようだ … 神の守備範を越えて発生する老年期 トラブルは “使用者責任” 、つまり長生きのご本人ではないか ―― 長生きしたければ、どうぞ自己責任で ! 神はもう守ってくださらない)。

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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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