(620) 命 の 歩 幅

(620) 命 の 歩 幅

命の階段は一歩ずつ進み、一年を一歩とすれば 一生およそ 100 段 を数える。おっと、100 段 は言い過ぎであって、これには(A)人類ごと・ (B)個人ごとに系統的な変化があるので、それを調べてみよう。

♣ まず(A)「人類ごとの階段」を復習する。動物の寿命はおよそ体重に比例するもので 1 ) 人間の場合、文化・ 文明と無縁の原始生活をしていた時代は 似た体重の 山羊・ 羊と同格 30 歳前後 であり、縄文・ 弥生(やよい)時代がこれに相当している。ちなみに、3 万 年前の ネアンデルタール人 の遺跡で歯の年齢鑑定によると、やはり寿命が 30 歳前後 であった 2 )

♣ さて、日本では時代が進むにつれ、平均寿命は次のように増えて来た:―― 弥生( 30 歳)-室町( 33 歳)-江戸( 40 歳)-明治( 45 歳)-昭和( 50 歳) ➟ 平成( 87 歳)! つまり初期の千年かけてやっと 20 歳 ほど増えた人の寿命 … それが近年 僅か 50 年 で更に 40 歳 近くも増えた … 併せれば、弥生時代に比べて 60 歳 も長生きになった、これぞ 平成の大事件 と言われる所以(ゆえん)である ! もっとも現在の介護施設では 90 歳代 の高齢者はちっとも珍しくなく、それが弥生時代の 30 歳 (図 1)の3倍も延びたという感謝・ 感激などはまったくない。

命の階段

♣ 昔は更年期後の「老後」なんて珍しく、命の階段は 50 歳未満 で止まっていた 3 ) 。「だって社会が貧乏だったからだろう?」という理由が頭を掠めるけれど、ではお金持ちだった貴族の寿命は長かったのか?を見てみる:―― () 裕福な一生を送った 徳川将軍 15 代 の平均年齢を集計してみると、平均 51.5 歳( 8~77 歳)。() 同じく保護と権威を一身に集めた同時代の 天皇 15 代 の集計では平均年齢は 49.4 歳 ( 22~ 85歳 4 )。長命の方々もあったが、なにしろ短命の方々が多かったのである。

♣ 徳川から明治までの、裕福な方々でさえ 平均 50 歳 前後 の寿命という有様だ 。まして大多数の平民は一生働き続け、更年期以後の 「楽な人生」 などが叶うはずもなかった。と言うより、人生の 「更年期 そのもの」 を迎える前に 逝ったのである。私らは、現代女性の平均寿命が 87 歳 と聞いても 「フーン … 」 と聞き流すだけで、長命の有難味を感謝していない。それどころか、もっと長生きしたいと欲張る始末。「極楽蜻蛉」 (ごくらくとんぼ)もいいところだ。

♣ 次に(B)「個人ごとの階段」を検討する。 ① 出生: 女性は およそ 12 歳頃 「初潮」 を迎え、青春が始まる。子孫を確保した 50 歳頃 には「閉経」があり、人生は終る。このサイクルの設定は、個々人の希望ではなく、神様(DNA)のみ手によるもの違いない、だって みんな申し合わせたように同じパターンではないか。神様のお考えが変って、閉経時期が 100 歳 になり、お産も 長生きも 両方が 女性の心に叶うという事は有り得ないのだろうか?

♣ でも、現実の女性は “お産と育児はもう結構、長生きだけ したい” と願うだろう。男性だって自分が 100 歳 になってまで 女性のお産に付き合う気力なんてナイ。人は命の歩幅を緩めず、一歩ずつ苦労して登ってきたが、更年期の後、子孫の進化・存続に関与しない”楽” (らく)を 求めて長生き する道を神様はお許し下さっただろうか? 

♣ 自然界の動物は繁殖期が終わると 「世代交代」 をする ... だから彼らには更年期 も老後も存在しない。しかし人間は 「知恵」 によって子を産まなくなった後の「生き残り術」を開発した 立派な動物であり、楽な老後があってもいいハズだ。事実、更年期を過ぎて得られた 60 歳 の「還暦」などは人生の黄金の日々と言える。ところが現実には、そのあと 年を重ねる順に 「脳卒中、続いてガン」 などで人々は間引かれ、運良く生き残った場合でさえ 「認知症」 を免れることはできないように見える。それはナゼか?

② 加齢: 地球が太陽を一回りするたびに生命は一歳ほど齢をとる。我々は子供のころ、早く大人になって好きなことをしたい … ところが齢をとると することは無いが長生きだけしたい。でも自分の体を眺めると 視力・ 聴力・ 残歯の数・ 肌の皺・ 銀髪 …みな 齢ごとに古びて来るが、唯一新品なのは我が子供たちである。そう、「ナゼ?」の答え、すなわち、命は、自然界の動物と「同じ歩幅で順送り」、古いものは新しいもので受け継がれていく。 … その答えなら分かっちゃいるが ... ほろ苦いなあ !

③ 終焉: 昔、ギリシャの街道に住みつく スフインクス という怪物が旅人を悩まして、問題をふっかけた:―― ワシの問いに答えよ、正しければここを通れ、間違っていればワシはお前を食う … その問いとは 「朝は 4 本足、昼に 2 本足、夕方には 3 本足 で歩くものとは何か?」。 多くの旅人達は命を落としたが、若い賢人エディプスはこう答えた ――生まれた時は四足で這い、長じては二本の足で歩き、老いては杖と併せて三本の足で歩く、それは人間の一生である ! その正解を言い当てられたスフィンクスは崖を飛び下りてしまい、街道にはふたたび平和が訪れた。

歩幅と年齢

♣ あの若い賢人 エディプスは大股で歩いて来たが、齢とった私はあんな大股では歩けない。私も若い頃には広い歩幅で歩いたが、今は小股になった。参考書を読むと、人が歩く歩幅の正常値は男女差もあるが、およそ 身長 cm×0.45、つまり 160 cm の人で約 70 cm(図2)。それも歳と共に短くなり、アヒルのような歩幅で肩を振って ヨチヨチ 歩くようになる。目も弱くなり、転んでは骨折してしまう。

♣ 人は命の階段を一歩ずつ真面目に歩くのだけれど、最後は 短い歩幅 になって逝くんだよなあ ! 1984字

要約: 人は一歩ずつ真面目に歩くが、昔は天皇・ 将軍・ 平民 皆 短命、今は誰も 皆 長命 … 人はそのことに気付いていない。 人は 「出生・ 成熟・ 終焉」 をハンコで押したように同じパターンで歩む―― 個々人の希望は自由だが、基本リズムは神(DNA)が定めていて変えられない。 身体・ 精神能力 は高いまま続くけれど、ある日ふと、自分が 短い歩幅 で歩いていることに気付く。

参考: 1 ) 新谷:「ライオンの 3 倍 も生きる」; 福祉における安全管理 # 616, 2017. 2 ) Rachel Caspari: “The Evolution of Grandparents”, Scientific American, August : 24, 2011. 3 ) 新谷:「長命を支える三つの道」;ibido # 614, 2017. 4 ) Yahoo: 徳川家康~徳川慶喜の 15 代 。後水尾天皇~明治天皇の 15 代 。いずれも 1600 年~明治までの同時代を比較。

職員の声

声1: 江戸時代の 天皇・ 将軍 15 代 は平均 50 歳、まさしく昔は 「人生 50 年」 の短命だったのだ .... このお話、ご利用者とのトークに使わせてもらいます(答: 江戸時代より以前はもっと短かった ... 我々は今を感謝しなきゃね)。 

声2: 本文の怪物 ・ スフインクス の話は 「3 本足」 で終わったが、その二千年後に 「歩幅のない 0 本足」 の時代が来ることを予想できなかったのか?(答:ちょっとの以前・ 昭和 60 年頃 には病院のエレベーター前で車椅子を見ることは少なかった... それほどまでに、歩かない老人(0 本足)が増えたのは ごくごく最近のことなのだ)。

声 3: 子供が走る時、足の蹴り上げが少ない ... 人も齢をとると歩幅が小さくなって転倒しやすくなるのか?(答: 蹴り上げ・ 摺り足・ 揺れ肩 ... 人が 更年期以前 であれば あり得ない現象が次々と起こることを知る)。

声4: 歩幅は老いて狭まり、神様でさえ元には戻せない(答: もしお年寄りが大股をまねたら、その時に 転倒・ 骨折 の災難が降りかかる ... 人間、更年期を過ぎると神様のみ手から離れてしまうのだ)。

メモ: 文中の「神様」は いわゆる "GOD" ではなく、命の「進化・存続」をつかさどる "DNA"のことです。
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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