(622) 老 々 ・ 認 々 介 護 の 展 望

(622) 老 々 ・ 認 々介 護 の展 望

今や、戦前の「人生 50 年」から移り変わって「天寿は 100 歳」、人生は昔の 2 倍に膨れ上がった !

♣ 日本では 総人口の内、老人の占める割合は戦前 4 % 程度、戦後ぐいぐいと延びて只今 7 倍の 28 %、団塊 2 世代が加われば 10 倍の 40 % を越す勢いである。これがどんな意味をもつのか、数値で理解するよりも 「感覚」 で受け止めてみよう(図 11 ) … 右端の茶色の部分が老人層を表し、この1世紀で10 倍に増えてきた。

老々・認々介護の展望
               上図: 1920 年(大正 9 年) 
               下図: 2015 年(平成 27 年)
                      図は男性のみ;女性も同じパターン。
                      横軸: 10 歳ごと。 縦軸: 10 万人ごと。

♣ 長生き達成はみんなの希望であるから 大変お目出度いことであるが、老人層の命と生活を支えるのは若年層であるから、ここに新たな社会問題が発生した。つまり肩にずっしりとのしかかる 「ヒト・モノ・カネ」 の重さゆえに、若者たちは生活の活力を失い、晩婚・未婚・少子化 の嵐に巻き込まれてきたのである。これでは若者たちのスタミナが不足する。さらに加えて、要介護の老人層が年々増加し、悪循環が回りだす。

♣ 老々介護とは 介護する人・される人 が共に 65 歳 以上; 認々介護は同じく する人・ される人 が認知症であることを示す。老々介護は所帯総数の 約半数が(H 25 年 厚労省調べ)、認々介護は同じく1 割 前後が該当すると推定さる。一昔前にはなかったこんな現象はナゼ発生したのか?それは 図 1を見れば自明である。

♣ 私たちはお年寄りの長命を喜ぶ(図 2)。しかし長命の実現は万歳だけですむだろうか?ここで私が近日にテレビで見た 笑えない喜劇を例に挙げて考えてみる。ある一匹の日本猿、人なつっこくて他の猿よりも沢山の餌をもらうことが得意だった。その結果、なんと体重が 3 倍に増え、歩くときに でっ張ったお腹が地面に触り、歩行困難になった … そんなユーモラスな画面が紹介されていた。良い対策は? … 極めて簡単、餌を調節、行きすぎを改めればよいのだ。

♣ もう一つのテレビ画面は 猿でなくて人の話であった。食べることが大好きな あるアメリカの男性、食べに食べ、とうとう体重が 400 kgを越えた ! ところが運悪く病気に掛かって入院の運びとなった。だが 400 kg の巨体は部屋のドアにひっかかって外に出られない。みんなが知恵を絞ったあげく、重機クレーンを使って窓から外に吊り 出することになった … 人も猿も笑えない笑い話の オチ があったのだ。でも解決したのだからよかった。

♣ 話が代わって、ここで人の「老年期」の事を老々・認々介護の展望
考える。野生動物は地球始まって以来 「成育・繁殖」 の道を歩み、その後は世代を交代して逝くのみだ。人間も、半世紀前まで 野生動物と同じで、更年期の前後に世を去ったものだ。従って生命を守る遺伝子の守備範囲も 「成育期・繁殖期」 のみに特化しており、老年期を快適に過ごす役目の遺伝子なんて存在しなかった。

♣ ところがこの半世紀、大多数の人が更年期を越えて生存し、遺伝子にとって未知の問題が山積みとなった。歳をとれば 老眼・難聴・女性の閉経・骨粗鬆症 などの「老化現象」 … 更にそれは発展して 誤嚥・失禁・認知症 へ進み、従来の遺伝子では解決できない難問である。

♣ しかし、どんなに考えても今、人の長生きの流れを変えることはできまい。上に述べた例のように、「食べ過ぎ」であれば それを控えれば良いのだし、介護の需要が過大であれば、その「行きすぎ」を調節するのが理屈であろう。

♣ なるほど 図 1 を見れば、老人の数は未曽有のレベルに増えているから、みんなが総掛かりして 敬老の “建前” で頑張れば良いのかもしれない。実際、日本は「助け合いの精神」が優れた社会だと言われており、特に 「老」 を助ける 「若」 の力 は誠に優れている。この伝で、「老」~「老」の助け合い、「認」~「認」の助け合いがあっても尖ることはないだろう。

♣ 危なげで見ちゃいられないかもしれないが、「生きる」 という現実を素直に受け入れることも “本音” として許容すべきではないか?若者が年寄りを湿めっぽい敬老の建前で過保護するのではなく、明るい本音で社会を建設するのが筋ではなかろうか?1737字
 
要約:  人間は昔、繁殖期が終れば世代交代をしたが、今や老年期を享楽する人の方が主流になった。 その勢いで、命の自立ができない老人も増え、老々・認々介護の社会問題が発生している。 私たちは大きな心で建前と本音の違いを正しく認識し、新しい社会を建設しなければならないと思う。

参考: 1 )  新谷:「百歳の壁」; 福祉における安全管理、 # 619 : 2016.

職員の声

声1: 老人の人口が 30 % も存在する現在、老々介護は不自然とは言えない … 認々介護では 「早く死にたい」 と洩らす人が少なくないのに、病院通いのほうは概して熱心だ(答: 本文の 図 1 の老人増加の有様を眺めれば、みんなが理想の介護を求めても無理だろう)。

声2: むしろ、老人介護の「求め過ぎ」はないのか?(答: 昔の王様やお殿様は過剰なケアをして貰っていたが、寿命はせいぜい 51 歳 2 ) … 過ぎたる介護は及ばざるが如し)。

声3: 命の自立が出来ない老人が増えてきた … 「建前と本音」の立場を踏まえて、持続可能な社会を設計したい(答: 老いには尊敬、投資は不可)。

声4: 習慣的に、子供は二人・ 休日の数は一定・ 金曜日の労働縮少化などのマンネリ、そんな窒息感を払いのけたい(答: 私の場合、兄弟は 12 人・ 休日は日曜日だけ、金曜日の労働縮少化などは夢の外 … それでいて特別の不満もなし …みんな違ってみんな良い、ではありませんか?)。
 
参考: 2 ) 新谷:「 寿命、え? 1,000 歳 ?」; 福祉における安全管理、 # 582、2016.
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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