(649) 多 死 社 会 は ”天 寿 死” の 社 会

(649) 多 死 社 会 は ”天 寿 死” の 社 会

現代は “多死の社会” と報じられている。

♣ 「多死」 とは単に死亡者が増えた、という意味だ。医療が発展し、介護施設が増えて人の死亡がウンと減ったハズなのに、「死亡者が増えた?」 … とは合点がいかない。確認 してみよう(図 1)。

♣ 上の図は 1920 年 の日本の、下の図は 2015 年 の図で 約 百年前後 の経過 を示す。若年 [緑] は僅かに減っているが、中年 「青」 は 3 倍に増え、高年 「茶] に至っては 10 倍 近くに増えている。

”多死”社会って何?

♣ つまり、現在の人口は、働く人も、老後の楽をする人も著しく増え、人々の長寿の夢が実現されている事を表す「幸せの図」である。それなのに、現状は「多死社会」という 暗い言葉 で評価されているが、いったい何処が問題なのか?高齢者 [茶色] が 10 倍も増えたのに、死亡数は昔のまま、という訳にはいかないだろう?そこで「茶色の面積」がこんなに巨大であることの意味を探ってみたい。

図 2 は「出生数と死亡数の経過」を示す。上下 2 本の折れ線があるが、まず上の折れ線の「出生数」を見よう。出生数は「産めよ増やせよ」の掛け声とともに、明治・大正・昭和を通して 4 倍に増えた。
”多死”社会って何?

♣ ピーク時には一年に 270 万人(団塊の世代) … その 30 年後に産まれた子供たちが 210 万人の第 2 波のピークをこしらえた(図 2、団塊のジュニア )。ところが社会の変化に伴って「団塊の孫」の世代には予想されたピークは見られず、その後の出生数はひたすら減衰の一途をたどって現在の毎年 100 万人を割るレベルに至っている。

♣ 「死亡数」の経過は大変おもしろい(上から 2 段目の折れ線)。まず明治から大正にかけて、死亡数は出生数に並行するように増えた(図 2)… その大部分は乳幼児の死亡の「多死」で、発展途上国の人口パターンであり、これでは社会は繁栄しない。ところが、終戦と共に、出生数は 270 万の巨大なピークをこしらえた … にもかかわらず、死亡数は従来のように増えるどころか、逆にガタンと減ったのである !

♣ その理由は戦後の平和に加えて、医療の発達が大きく関与している 1 ) 。そのお蔭で、戦後には出生数が多くても、逆に死亡数は減り、実際 日本の人口は 6 千万人から 1 億 2 千万人に倍増した。しかも「過去の人生 50 歳死亡の予定」の人達まで 30 年ほど死期が猶予され 1 ) 、平均寿命が 80 歳を越えるに至ったのである。

♣ しかし人間、病気は医療で治せても 寿命の問題 はどうすることも出来ない。それを暗示するのが 1980 年頃の死亡数増加である(図 2)。従来の死亡数は主に乳幼児の若年者死亡であったが、近年の死亡は人生を生き抜いた後の高齢死亡に変わってきたのであり、これ以上の理想は考えにくい !

図 2 をよく見る ... 現在の年間死亡数は 130 万人、これは大正後期の 130 万人とほぼ同じ数であるが、その中身は天と地ほど違う … 大正の死亡は乳幼児死亡、これに対し平成では天寿高齢の死亡だ ! 更に、介護保険は2000年に導入にされ、その努力によって平均寿命の延びが加速されると予想されたが、不思議なことにその延びは従来と変わっていない--介護保険でナゼ寿命の加速が観察されないのか?宿題である。

♣ そこで考える――人間の「天寿」は いったい何歳だろうか? 仮にそれを 100 歳とみれば、「体」 (からだ)の寿命は 100 歳で既に終わっていて「ヨ レヨ レの老域」であり 2 ) 、「心」の寿命でみれば、認知症が著しく増え、110 歳では 100 % に達する 3 ) 。つまり、現実の人間は 100 歳で身も心もほぼ使い果たされてしまう … 個人差はあるが、100 歳は、もって瞑 (めい)すべき天寿ではないだろうか?

♣ だがマスコミは「多死」の時代をあたかもそれを “予期しない不当かつ改良できる死” であるかのごとく報道する。それは違うだろう ! ―― 老化は別として、治せる病気は医療によって治され、また介護システムの発達によって高齢者は大成天寿に達しているのだ … たまたま昔の多産時代の人たちだけが、今や齢をとり 「矢尽き刀折れて」 多数の死亡に繋がっているだけの事であって、それ以上の作為は何も無い。マスコミの表現 = 「多死の社会」は変更して多産後の「天寿死の社会」と言い換えるのが “まっとう” なのではないか?

♣ さらに 40 年後の将来、団塊の世代の第 2 波が 80 歳を越える頃には、間違いなく「少産・少死」の時代がやってくる。マスコミは “日本が滅びる” と騒いでいるが、目を広く見張ってみよう … ヨーロッパ諸国の人口は日本の昭和前期時代の人口 = 6 千万人程度が主流である。「進化論のチャールス・ダーウィン」は述べる ――新しい環境 (ここでは少子)にうまく適応した生命のみが進化の道をたどる、と。

♣ 日本は辿れる限りの進化の道を辿ってきて良き現在に至ったと思えるが、皆さん方はどんな意見をお持ちになるか? 1758 字 

要約:  日本の人口は「多産・多死」であったが、終戦を機に「多産・少死」に転じ、人口は明治の 4 倍に増えた。 現代は「多死」社会と言われるが、その根源は 80 年ほど前に産まれた多数の国民が、30 年に及ぶ老年期延長の恩恵によって長命になり、今や集団的に天寿を迎え始めたこと(天寿死)に求められる。 将来は「少産・少死」になるが、もし日本が少子社会に適応できれば、そこでまた新しい進化の道が開かれるであろう。

参考: 1 ) 新谷:「死期猶予 30 年と介護界」; 福祉における安全管理 # 460, 2014. 2 ) 新谷:「命の設計図」; ibid # 633, 2017. 3) 新谷:「木を見て 森も見よう」; ibid # 598, 2016.

職員の声

声1: 過去に人口の増えた「戦前・一次二次の団塊」の三世代は、その揺れ戻しが 80 ~ 100 年後 に「多死時代」となるのは理の当然 … 多死の数字を見て不安視する人は考察力不足なのだ(答: マスコミは無い問題をさもあるかの如く掘り起こして、遊んでいる)。

声2: 日本の出生数は毎年 100 万人 を割り込み、それが社会不安を起こしているのか?(答: それでも総人口は 1.2 億人 … ヨーロッパ各諸国の 2 倍以上だ … 日本はきっとこの人口の半分くらいになっても、それに適応し、進化の道から外れることはないだろう)。

声3: 超長寿の高齢者は「健康寿命」も長いのか?(答: およそ 85 歳 を越える高齢者は、身体・経済・社会的に自立のできる健康寿命を卒業、次の「依存寿命」に移っていく)。

声4: 人間、ある操作をすれば人々は長寿になり、同時にボケの問題を招いてしまう … 良かれと思ってすることが “すべてhappy end” に終わるとは限らない(答: まったく人とは矛盾だらけだ … みんな長生きを選ぶのに、長生きした老人は 自分の選んだ道なのに 「長生きしているのが辛い」 と必ずおっしゃる)。

プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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