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(675) 非健康寿命にも特異な価値

  (675) 非健康寿命にも特異な価値  

  大抵のお年寄りはこうおっしゃる:寿命がどんなに長くても 「健康な長生き」でなくては意味がありません、と。至極もっともなことだ。だが 「健康と不健康との境目」 をどう見分ければ良いのだろう?

♣ この点に関して、WHO (世界保健機関)は大きく二つに分けた: ① 健康: 心身障害のない期間を指し、その人の基本的 ADL (食事・排泄・入浴・更衣・整容・歩行・交通利用・金銭管理など)なんら支障がない期間である 。実務的には「要支援・要介護でない期間」に相当するが、この定義に沿う「健康な老人」は齢と共に減って行く。しかし 「健康」と言えなくても、「元気だよ」とおっしゃる老人は少なくない。

② 非健康: すなわち、生活上の何事かを他人へ依存する期間、つまり病気治療・介護などがある期間。病気は その程度に応じて、寿命の年数を統計計算の上で 割り引いて計算する (例:不妊や慢性リュウマチは健康寿命の期間を 2 割減、認知症なら 3 割減、など … (この計算法にクレームがたくさん付くようだが)。
非健康寿命にも大きな価値

♣ 健康寿命 について具体的に例示しよう()。計算の年度によって詳細は少し異なるが、男性の場合 平均全寿命は 80 歳、そのうち 71 歳が健康、続いて 9 年ほど「病気を抱えて生きる期間」の後 世を去る。

♣ 女性の場合 平均寿命は 87 歳で、そのうち健康な時期は 74 歳、続いて病気を 12 年抱えながら生存した後 他界する。

♣ さてここで問題が 3つ ある:―― (イ) 「病気を抱えて生きる期間」という表現はこれで納得できるか? これは、あたかも健康な人が、いきなり事故や重病に罹り、「まだ死ねないで生きている」と取られかねない。正しい意味は「平均寿命から健康寿命を指し引いた期間」であり、 以後、本文では「非健康寿命」とする。

(ロ) 次に、非健康寿命について、一般の女性は他界するまでにおよそ 12 年間 “病気を抱えた後、死ぬ” という実感をあなたは持つか? それは誇張し過ぎではないか?在宅で、または施設で介護を受けて長生きする寿命だって生きる価値jはあるだろう。パールでも 19 年の入所期間の方がお一人あったが、一般的に病気期間は こんなに長くはない――数年以内のものである。

(ハ) 上記の図式では危険な錯覚に導かれる ! :―― 寿命には、あたかも「健康寿命と病気寿命」が別々に実在するかの如くであるが、その昔にはそんな区別などなく、あるのは “普通の寿命” だけだった。昔の医療には抗生物質や延命処置などはなく、また福祉による寿命延長なども存在しなかった。だから昔と今の寿命を比べるとすれば、“普通の寿命” だけで比較するのが公正ではないか。つまり 人生 50 歳の昔の寿命が現在の健康寿命に相当するのだ。

♣ 図を見るとあたかも、本来 男性の平均寿命は 80 歳であり、非健康寿命の 9 年 を引き算で間引けば、健康寿命は 71 歳となる。 だがそうではない … 実際は昔の寿命 = 50 歳が戦後の環境整備によって延び、71 歳になったのである。更に、近年の医療・福祉の恩恵によって 9 年が加わり合計寿命が 80 歳になる、と “足し算で“ 解釈するのが正解であろう。

♣ 同じく女性の天寿も遺伝的には本来 74 歳であったものが、近年の医療・福祉の恩恵で 12 年ほど加わり 87 歳に足し算されたのである。ところが人間の欲張りは天を知らずで、病気 の12 年を健康寿命に変えて下さい、と多くの方がおっしゃる。え?医療・福祉で得られる寿命は そもそも 健康寿命を終了した人が利用されるハズだったのだけど?。

♣ 繰り返すけれど、我々の本来の健康寿命は昔 50 歳だったのが、戦後 の平和と環境整備によって男 71 歳、女 74 歳まで伸びた。 女性の命が 74 歳まで伸びたあとも すぐに死ぬことなく、 87 歳まで命が続くのは 「非健康 (病気) 寿命がそれをバトンタッチしでくれるから」でしょ ?.... つまり現代の女性の長寿は非健康寿命の 12 年が追加されたお蔭で世界一になったのですよ !

♣ 介護の対象となる老年期では、若い時期と異なり 健康寿命が延びることは決してない。だから、「長生きしたい」のなら 病気期間 を長引かせる以外の方法はない。平均的な人は 「長生きの後 ピンコロで逝きたい」と希望するが、 イザ となれば 「ジワコロ願望」に宗旨替えをする。老人施設は その使命上、ケアによって ”病気寿命を長引かせる” のが本筋だ。西欧での延命事情はこれとは違うようだが、日本ではこれが王道であり、世界一の長生きになる。

♣ 我々は今、延命対策に関しては最高のレベルに到達していると思う。「非健康」期間は さげすまれているが、どっこい「生きず・死なず」の長い非健康のお蔭で人々は 「ジワコロ人生」 を享受 している。これを短かくしたい願いなんて思い違いの錯覚であって、このいきさつを反省すれば、「長生きとは 非健康寿命をより長くすることである」と、正しく目覚める必要があるだろう。1986字

要約:  「平均寿命」は、「健康寿命 と 非健康寿命(= 病気を抱えて生きている寿命)」の合算である。 「非健康寿命」とは、医療・福祉により戦後になって初めて獲得された貴重な寿命である。この歴史を人々は軽視 し、非健康寿命は不要で質の悪い寿命とみなしている。 ところが この非健康寿命が存在することによって初めて 「全寿命」 が延びる。ここに非健康寿命の特異な価値があるのである。
 
職員の声:

声1: や っぱり健康でなければ長生きの意味はないよ(答: つまり、男は 70 歳・女は 74 歳で一生を終るのが自然だとでも? 現場で聴いて御覧なさいな …. 「長生きできれば 病気でも構わない」 が現実なんだから 1)

声2: 病気寿命を短くするのが理想である(答: あれだけ本文で説明しても、分かって貰えないんだなー…戦前に戻って人生は 50 年、老年期なんていらないのですかね?)。

声3: 健康寿命を延ばし、病気寿命を減らすべきだ(答:健康寿命は遺伝子寿命であって 本来 50 歳程度であったのものを 人間は 20 年ほど延ばした。また、人生を 3 倍も長く生きる方法を知恵によって開発したが 2) それでも 100 歳を越えれば、誰でも心身ともにヨレヨレだ。3) 。「長寿」の夢も 107 歳で実質ゼロ、目標をあまり神聖視 しないほうが良いよ)。

声4: 病を抱えて老後を過ごす人は多いけれど、何とか助けてあげたい(答: 人間の「生きざま」を観察してみる … みんな若い頃には「ピンコロ」で死ぬよ、と言うが、いざとなると「何が何でも長生きしたい」と願うもの。若い頃と違って、90 歳・100 歳で “麻痺している・ ものが見えない・ 食べられない…”、これをエス様のように、何回助けてあげられるだろう ?。 感傷だけではダメ ! 助ける手段を考え、具体的に困難を克服しよう)。

参考: 新谷:「健康寿命を長くしよう」; 福祉における安全管理 # 628, 2017. 1) 新谷:「長生きできれば 病気でも構わない」; ibid、 # 599, 2016. 2) 新谷:「 3 倍でもまだ足らない」;ibid # 665, 2018. 3) 新谷:「普通の百歳とは?」; ibid # 636, 2017.
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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