(683) 天 寿 と は 何 だ ろ う ?

 (683) 天 寿 と は 何 だ ろ う ?   

 あらゆる生命・社会科学の目的は、終局的に煮詰めれば 「寿命を長くすること」 であろう。

♣ では、寿命 (life span) とは何か? それは 「出生の時点で遺伝子に与えられた生存期間」 と言えば良かろう。要するに寿命と言えば 「自然死」 の時期を意味し、その点を強調して「天寿」と呼ばれることもある。

♣ そもそも全ての生物は 「子を産み終わったら死ぬ」 という自然のサイクルの特徴を示す。その年齢はおよそ体格のサイズによって決まっている。遺伝子を子孫に渡し終ったら、自分は景色の中からサッサと去り、その後に「老年期」はない … だから、動物の天寿は分かりやすい(図 1)。

天寿とは何だろう?

♣ しかし人間だけは例外だ1 ) 。縄文・弥生時代の昔であれば、ヒトは体格の似たライオン並みの 30 歳 あたりが寿命の限度であった。文明・文化が進むにつれ、~ 50 歳 まで延び、さらに 「衣食住」 足りた上に 「電水熱」 のインフラが整うにつれ、更年期の後に 長い長い 「老年期」 を持ち、バラバラの年齢で世を去ることになる。このバラツキの幅が広いため、寿命が何歳だとは一概に言えなくなってきた。そこで人間の寿命の範囲として、その 「下限と上限」 を定めてみるのが必要となる 2 )

♣ まず 「天寿の下限」 とは「多くの人が希望する命の最低年限」としよう。古代は別として、平和な江戸時代ではせめて「更年期の 50 歳ころ」までは生きていたいと望まれた。その根拠は、江戸時代の 「天皇・将軍各 15 代」 の寿命が参考にされる。江戸~明治までの計算で 3 )、 天皇 49.4 歳 (22~85歳) ・将軍 51.5 歳(8~77歳)である。

♣ つまり、天皇や将軍でさえ寿命は 50 歳前後なのだ。ましてや、一般市民の寿命はこれ以上を望むのは無理だった。つまり天寿の「下限」は5 0 歳頃であった、とみられる。

♣ これに対して、「天寿の上限」はどうか? 検討対象として「現在 100 歳」の方々の心身状況の観察してみる。年齢が 100 歳に向かうと、視力・聴力・残歯の数・血液アルブミンは生命維持には不向きなほどに低下、摂食・排泄・入浴・歩行 に問題が発生、認知症は不可避となる 4 )

♣ 人は長生きの「夢」を まず 100 歳に置くが、実際に 100 歳の人の「姿」を見ると「おや?」と躊躇(ちゅうちょ)する。還暦( 60 歳)レベルの人ならまだ心身ともに元気だが、米寿( 88 歳)では 明らかに老化が進み、白寿( 99 歳)では仲間の 99 % は死去してしまう。つまり人の寿命の上限を 100 歳と見れば十分過ぎるではないだろうか?

♣ 次に、寿命を 「個人の年齢」 レベルから 「大人数の人口年齢」 レベルで寿命の病態を見てみよう。図 2 は数カ国の代表的な 「人口ピラミッド」 である。各図の頂点は 100 歳、底辺は 0 歳、左右は男女の相対的な頻度である 5 )

天寿とは何だろう?

♣ ピラミッドの図を 100 歳の頂点から少し下へ辿ってみると、男女ともに 「屈折」 (角 かど)が見える。その屈折が見られる年齢を 「屈折年齢」 と呼び、その値は各図の下方の数値として示されている。この図の読み方の詳細については 「屈折年齢と福祉」 5 ) で述べたので参考にして欲しい。

♣ 各国の寿命をみれば、0 歳から上に登って屈折年齢までの人口はあまり喪失していなく、しかし、一旦 屈折年齢に達すると 100 歳に向かって直線的に漸減する特徴がある。

♣ したがって先進国の屈折年齢 (70 歳近辺)が ある意味で「寿命の曲がり門」 と理解できるのではないか? 換言すれば、70 歳まで人口は あまり間引かれずに生存できる 「天然の生存枠」 だとみられよう。70 歳を越えると人はそれぞれの環境の中で、天寿に応じて他界し始め、100 歳に至るのだ。

♣ この 70 歳頃という年齢は W.H.O.が説明する 「平均寿命 ~ 健康寿命」 の模式図で 、先進国の「健康寿命は ほぼ 70 歳」 6 ) に たまたま良く一致している (これより後は ”要介護寿命” ) ―― つまり近年、人々は屈折年齢まで安定した健康な生活し、それを越えれば、体質などに応じて、天寿の最高値 ≒ 100 歳を目指して世を去って行くのではなかろうか。

♣ 天寿とは誰かが決めるものではなく、動物としての人間の天寿は 30 歳ころ、「衣食住」の獲得とともに 50 歳ころになった。加えて「電水熱」のインフラ拡充の現代になって、天寿の幅は 50 歳~100 歳となり、その中央値は 先進国で 70 歳 (屈折年齢) になったのではないだろうか。特記したいことは、日本の老人が ことさら長生きになったのは、医療・介護のほか「冷暖房」のおかげである、とは決して言い過ぎではないだろう。1797字

要約: 人の天寿とは誰かが決めるものではなく、動物的な観察と心身の生理的な実態を睨み合わせて決まるものであろう。  天寿には個人的な幅が認められ、下限は 50 歳ころ、上限は 100 歳を越えないと思われる。 個人ではなく、多数の人口の健康寿命は 先進国で70 歳ころ (屈折年齢) と推定され、それ以後は、個人の個性によって天寿は変動している。

参考: 1 ) 新谷:「命の設計図」: 福祉における安全管理 # 633, 2017. 2) 新谷:「命の歩幅」;ibid # 620, 2017 (1600 年から明治まで = 後水尾天皇から明治天皇の 15 代。徳川家康から徳川慶喜の 15 代)。 3 )  新谷:「普通の百歳とは?」、ibid # 636, 2017. 4 ) 新谷:「屈折年齢と福祉」、ibid # 579, 2016. 5 ) 新谷:「要介護期間を短縮する」;ibid # 676, 2018.

職員の声

声1: 天寿とは神様から頂いた寿命だろう、人があれこれして追加した寿命は含まれないのでは?(答: 賛成 … つまり天寿とは健康寿命だけと見るべきだ ... 医療・介護による長命は別口で、これは「要介護寿命」と呼ぶ)。

声2: 真の意味で 「天寿を延ばす」 とは、子孫を残せる期間 (更年期) を延ばすことではないか?(答: 70 歳になっても子を育成できれば(徳川家康のように)、それは万人の認める天寿と見て良いだろう)。

声3: 愛玩用の犬猫の飼育寿命が天然寿命より 2 倍 も長いように、人間だって 「介護された寿命」 だからこそ 100 歳まで行くのだろう(答: まったく その通りだ、人間を介護する社会態勢が乏しかった戦前の寿命は 50 歳前後だったものな)。

声4: 大型のワニやヘビは大きくなり過ぎるとエサを取れなくなって死ぬ、と聞いたが、もし人間のように介護と食事ケア付きであれば 100 年位の長生きをするか? … (答: Yes ! でも それはきっと子も産まず活動もしない 算数的な 100 年だろう――人間もそうだが、やはり寿命と言うからには 「生命サイクル」 が有ってこそ、天寿と言えるのではないか)。
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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