(687)  百 寿

(687) 百 寿

近年の日本は “高齢化” の掛け声が大きく、100 歳と聞いても あまり驚く人はいない。

♣ 100 歳の記録が始まったのは 1960 年の 150 人からであり、その後 着実に年々増加しており、今では総数 6万7千人、500 倍近くの増加である (図 1)。この傾向は今後も続き 30 年後には 60 万人を越えるだろうと予想されている。

(687) 100 歳

♣ 日本、こんなに増えて大丈夫なのか?と不安を洩らす人々もあるが、図 2 をご覧あれ … これは 100 歳を越えた人々の 自然経過 を示し、現実には 107 歳で実質ゼロ人になっている。つまり、100 歳までの人口は急激に増加してきたが、100 歳を越えると同じく急激に減ってくるものであり、あたかも人間の天寿の上限が “100歳ちょっと越え” であるかの如き現象を示す。

100寿

♣ 別な言葉で言えば、なるほど百寿の数はビックリするほど増えてはきたけれど、下図 3 の “年齢別人口図” の 100 歳の領域を確かめて見られよ ! (横軸は年齢、縦軸は人数) 。高齢化社会とは言うけれど、壮年期の大面積に比べて 百寿が占める領域は “面積を持たない” ほどの細い 「線」 なのである 。実数の人口で言えば、65 歳は 220 万人・ 100 歳は 2 万人、つまり 65 歳の人 100 人のうち 1 人だけが 100 歳になれるのだ。これは臨床的な経験とほぼ一致する。

100 歳

♣ 上記の 図 3 を振り返って見直して欲しい。“もっと長生き” ということは、右端 100 歳の位置を更に右側に引き延ばしたい、という願いである。すでに 図 1 と 図 2 で述べたように、100 歳までの人が今後 増えることは避けられないが、100 歳を越えれば数年の内にその人口はゼロに近づく。ゼロを更に右に引き延ばして どうなるものか?今の位置 ...それこそが我々の遺伝子に嵌めこまれた 「長寿の限界」 なのであろう 1 ) 。これが変更されるようなことは今後とも起きるとは思えないが、皆さん方はどう思われるか?

100 歳

♣ ならば せめて望めることは、限られた 100 歳の内で快的に健康な日々を増やすことであろう。これを図で示せば、図 4のようになる … 人々の平均寿命は男女で異なり、それぞれの寿命は “健康寿命と介護寿命” に分けられる。

健康寿命とは、各個人が自覚的に 「自分は元気だ」 と評価できる人生であり、高血圧や糖尿病などがあっても普通の日常生活ができれば、それは健康寿命である。介護寿命とは、言葉通りに 「介護保険」 の適応を受けている人、または 脳卒中・重症心疾患・リウマチなどの特定疾患を持つ人とされる。

♣ この図式で判断すれば、介護寿命を出来るだけ減らし、その分を健康寿命に繰り込むことができれば、人生は快適になるハズ。長命な女性の例でいえば(図 4 の下半分)、要介護寿命が 12.4 歳というのは長すぎないか?これを半分に縮めて 6.2 年とし、その分を健康寿命に移せば 74.21 + 6.2 = 80.4 歳の 豊かな健康寿命が得られる。
100 歳
♣ でも、こんな算術が実生活で可能だろうか? そこで 図 5 を見よう。これは女性の場合の 「平均寿命と健康寿命の関係」 を示す。時代と共に 平均寿命と介護寿命は少しずつ延びたが、両者の間に介在する介護寿命の 12.2 歳はナゼか不変なのだ ! 男性の分析でも同様で、ほぼ 9 歳は不変である。

♣ つまり、時代と共に 平均寿命も健康寿命も延びる のに、その際 人々の希望に反して、要介護寿命は減らない のだ ! 換言すれば、「超長生きは 平均 9 ~ 12 年の介護期間なく しては成り立たない」 ... これが冷酷な現実である 2 )

♣ このことを 図 4 で見つめ直すと、健康寿命(黄色) と 要介護寿命(赤色)の間にある 「仕切り」 は、このままでは、右にも左にも動かせないのだ。仮に、女性の命が 延命処置 などで 延びて 86 歳から 100 歳になった時でも、延びる命 は 当然のことながら 介護寿命 (赤色)だけであり、健康寿命 (黄色)が増える理由は何もない。

♣ 戦前には介護保険は無かった … だから今も 「努力すれば要介護寿命(赤色)を減らすことが出来る」 とあなたは思うかも知れない。それの実現のためには、 昔のように 更年期過ぎで 医療・介護の助けを借りず 早々とポックリ逝けば、要介護寿命を減らすことは出来る。だが、世の中には 「病気は このままでもいいから 長生きさせて頂戴」 という人が大多数ではないか?、

♣ 「百寿 は長寿のシンボル」 であり、過去半世紀の間に 500 倍近くもの増加があって、刮目 (かつもく) に値する現象であった。ところが、こんなに素敵な百寿ではあっても、107 歳になれば 「そよ風」のように消え去ってしまうものなのだ(図 2)。だって、百寿になれば もう ライオンの 3 倍以上もの命を稼いだ訳でしょうに?3 )

♣ しかし、ライオンの現実と矛盾するようだが、人々は たとえ「そよ風」であっても 百寿の夢を追い求める。 なぜなら もともと日本の介護保険は介護寿命をできるだけ長くするように設計された「手厚い」制度だからである。

要約:  百寿の歴史的 “盛衰物語” を示し、人生全体から見た 100 歳の位置を視覚的な図で見つめた。 健康寿命を増やし、介護寿命を出来るだけ少なくすることが重要だと言われているが、現実には寿命を プラス・マイナス の算術 で組み立てることは困難である。 百寿の人口は微々たるものであるが、それでも 長い「要介護期間」の工夫があったからこその 貴重な賜物 なのであろう。

参考: 1 )  新谷:「普通の百歳とは?」; 福祉における安全管理 # 636. 2017.  2 ) 新谷:「介護寿命を縮める」; ibid # 676, 2018. 3 ) 新谷:「 3 倍では まだ不足か?」 ; ibid # 665, 2018. 

職員の声

声1: 100 歳になると もう 余命 はどれほどもないけど(答: 100 歳の平均余命は「 2.5 年」 ... でも 107 歳まで生存する人もある(図 2 ) 。人は、一升瓶のお酒を 底まで飲み干しても まだ よそのお酒を飲む力を持つ)。

声2: 1990 年代の 「キンさん・ギンさん双子の100 歳」 は日本中の人気者だったが、今では百寿が 6 万 7 千人、これも介護保険のお蔭か?(答: 私費の予算で 百寿を 維持すれば「孫」へあげる予算は枯渇 しちゃうよ)。

声3: 加齢に病気は付き物、元気な100 歳とはまさに 「介護の塊」 だ (答: 国 も社会も、最近は “介護期間” を短縮するのが望ましい、としている … つまり介護に精を出せば、介護期間 も予算も増え、もっと悩ましいことに 認知症は進むばかりだからだ ... あなたなら どう したい?)。

声4: 健康寿命は 74 歳、もっと長くしたい人は 中年の 頃、“生活習慣病” の原因を断てば可能 ... つまり健康な長寿は本人の選択次第だ(答: 飲んで 吸って、食って 遊んで … その上 長い寿命、というシナリオは無理っぽいということ)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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