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(694) 認 知 症 : 来 し方、行 く 末

(694) 認 知 症 : 来 ( き ) し方、行 く 末 (すえ)    
   
江戸時代まで人々がどんな病気で亡くなったか、統計もなく 西洋医学もなかったから推察するほかはない ―― たぶん、栄養失調・外傷・感染症などであっただろう。

♣ 昭和も 30 年、私が学生で 「公衆衛生実習」 の都内会社めぐりで取材した頃の平均年齢は 50 歳、以前に比べれば 寿命は延びたものの、死因のトップはやはり 結核 だった ! しかし新聞はいつもこう報じていた =「結核が薬で治った例なんて聞いたことがない」と ! それを今 現在の言葉で言えば、「キチンと診断された認知症が薬で治った人は一人もいナイ ! 」 に相当するだろう。その頃は、せめて平均寿命の 50 歳までは生きていたい、だけが念願の時代だったのだ。

♣ ところが 結核に有効な ストレプトマイシン が突如現れ、日本の状況はめまぐるしく変わった。いまや結核の死亡順位は 1 位から 10 位程度に落ちた。だが 幸せは長く続かなかった。結核が落ち込めば、「糖尿病・心臓病・脳卒中・ガン」 がバトンタッチをして猛威を振るう。

♣ しかし、これらの生活習慣病は結核と違い、罹患年齢が中年から初老に延び、病気の年齢が高くなった。これらの生活習慣病は、かなりの程度 予防が可能であるが、昭和 60 年以降のバブル景気に酔った日本人は 真面目な予防に励まなかった。なかんずくガンは死亡者は33%程度を占め、現在もなお 恐怖の王座を占めている。

認知症:来し方、行く末

♣ そんな状況であっても、ガンを乗り越え生き残る人々はどんどん増え、人口はついに戦後の 6 千万人から 1 億 2 千万人へと 2 倍に増え、現在では平均寿命も 50 歳から 87 歳まで、40 年近くも延びてしまった。これほど短期間にこれほどの長命が達成された例は世界広し、といえども 日本が初めてである(図1)。

♣ もし、この「長生き」がハッピーだけで終われば世の中は天国だったハズだったのだが ―― 実は、人知れずにガンの後釜を狙っている変性疾患の「認知症」が待ち構えていたのである。

♣ 考えてみると 死因一位の病気の種類の変遷は、昭和中期までは「感染症 = 結核」、続いて食い過ぎの「代謝病 = 糖尿病」そして病気類の最期を告げるのが「新生物 = ガン」であると思われた。

♣ ところが、世の中はそんなに甘くはない … 従来 聞いたことのない 「脳の変性症」、つまり 「認知症」 が新たに食い込んできたのだ。変性症とは 「使い古してガタが来た」 状態を言い、髪の毛の変性と言えば「毛が少なく白髪になり、禿げてくる」ような状態をいう。つまり、認知症は脳の変性症、禿は皮膚の変性症 .... 眼で見る状態は違うが 疾病レベルで言えば同格の状態なのである。

♣ そこで新しく問題になったのは 「認知症への対応」 である。たいていの人にとって初めての経験となる認知症 ―― 50 年まえには「恍惚」 (こうこつ) と呼ばれ、「痴呆」 (ちほう) と怖れられ、混迷の過去があった。

♣ 2000 年に 「介護保険」 が施行され、多くの痴呆老人は家庭から施設へ移され、家族の負担は著しく減った。そこで よみがえった合言葉は 「お年寄りを大切にしましょう」 で 、「介護保険の親孝行」の新しい時代が訪れた―― つまり、家庭での親孝行は減り、親を施設に預けて孝行をする流れである。

♣ 先進国(スエーデン・デンマーク・イギリスなど)では、すでに 2010 年頃から、親を養う義務を家族から国家へ引き継ぐ制度に変わって来た。つまり年とった親の面倒は国が見る訳だ。日本も徐々にその方向に近づきつつある。この点で認知症は過去の「癌や脳卒中」などの病気の対応とは大きく異なっている。

♣ 認知症は 65 歳頃から始まり、5 年ごとに倍々ゲームで数が増え、100 歳に至ると誰もが認知症になる(図2)。つまり認知症は病気ではなく「長命の華」なのである。したがってそれは家族の責任には属せず、やはり国家が福祉政策によって対応すべきものであろう。

認知症: 来し方、行く末
............ 認知症の頻度 : 横軸 = 年齢  縦軸 = %頻度

♣ だが、ここに 大きな矛盾 があるように感じる。つまり、我々は誰でも長生きを欲する――しかし、長生きすれば必ず認知症が訪れてくる。“長生きしたいけれど認知症はイヤだ” は通らないことを やっと近年になって学んだのだ。「認知症は治療によって治るか?」 の問題は 両立しない矛盾を解くような問題であり、「老化を治す」に等しい。

♣ 病気の歴史は「感染症(結核)→ 腫瘍(ガン)→ 変性症(長命)へと遷移してきた 1 ) 。そして我々は今 人類の遺伝子が許す最大寿命に達している 3 ) 。「認知症は治るか?」 の質問は 「飽くなき延命願望をどのレベルで妥協するか? 」 に答えるようなものであろう。

♣ すべて物事は “行き過ぎが戒められる” 。深情けの熱中よりも、ある意味で、古くから言い伝えられる 「ルー(Roux)の三法則 」 2 ) こそが 認知症の行く末なのではないだろうか。1938字 

結論: 平成の介護保険で長寿を重ねた認知症の方の心は本当に慰められているだろうか? 「人間の遺伝子寿命を凌駕 (りょうが)するような過大な延寿」を目標にすることは賢明ではないと思われる。 行く末の目標は「治す・看る・慰める」(Cure, Care, Console)で人の心を包み込むことではないだろうか。

参考: 1) 新谷冨士雄: 「ヒトはなぜ病気になるのか(人体と医療のなぜ・不思議)」 ;pp 194、PHP研究所刊、1992年。 2) ルー(Roux)の三法則 : 身体(筋肉)の機能は適度に使うと発達し、 使わなければ萎縮(退化)し、過度に使えば障害を起こす。この「ルーの三法則」は筋肉生理学の教えであるが、実際には私たちの生活のあらゆることに応用の利く法則のようである。 3 ) 新谷: 「3 倍ではまだ不足か?」; 福祉における安全管理 #665. 2018.

職員の声

声1: 誰しも、自分は認知症とはご縁がないと思うけれど、いつの間にかに認知症になり、日本では 「幸せな最期」 を迎えるのが通例である(答: これぞ神様の「最大の贈り物」であるが、認知症をあらかじめ自覚できる人はイナイのが現実だ ! )。

声2: 欧州の先進国は素晴らしい… 親を養うのは家族ではなく、「国家」である、とは ! (答: それなりに税金も上がりますぞ ! )。

声3: 病気の過去は 結核 → 癌 → 認知症と変遷してきたが … 万一 認知症が治る時代が来たら、人の寿命はどうなるのか?(答: その時には、頭はハゲ、眼は見えず耳は聞こえず、歯は無く、食事は全面介助、屎尿は失禁 … それでも人はきっと生き続けて行くだろう)。

声4: 胃瘻で丁度 10 年お過ごしの 89 歳・認知症の女性が先日亡くなられた … この間ずっと眼も口もつむったまま … 「来し方、行く末」が胃瘻設置の時点から予想できたとしても、意思疎通のないままの 10 年とは何たる生涯かと感慨深い。

プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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