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(704) エ ホ バ ・ ペ グ と 矛 盾

 (704) エ ホ バ と ペ グ と 矛 盾  
                                  
 エホバとは 「エホバの証人」 というキリスト教の一宗派である。ふだんは知られることも少ない宗派であるが、こと医療に関係すると、問題が起こる。

♣ 特に、交通事故や緊急のお産の手術で輸血の場合、初めて経験する人の天地はひっくり返ってしまう。それは、エホバが教義として輸血を許さない宗派だからなのだ。

♣ 私の経験の一端を示そう。ある中年の男性、交通損傷の出血で救急室に運ばれてきた。輸血室に連絡して係り員が血液を取りに部屋を出たら、家族と友人らが身を張ってそれを阻止する … その理由はエホバ一家だからだった(図 1)。命と宗教とどっちが大事か、の議論は簡単に蹴飛ばされ、実力の方が勝った。この方の場合、血液でない輸液で命を救った。
エホバ・ペグと矛盾

♣ もし医師が、言われるまま輸血をせずにエホバの信者を死なすと、刑事事件に問われるだろう。もし仮に、輸血を敢行して命を取り留めると、助かった患者は、聖書の教え違反を問われ仲間から 村八分 にされるので、医師側を起訴、最高裁ではその医師を有罪にするとの判例があった。ある病院は、これへの対応として 「輸血拒否の方は当院の診療をご遠慮ください」 と張り紙を出したら医師法違反でやられてしまった。

♣ 八方塞がりだ。今のパールでは輸血をすることはないが、もし、あなたがこんな場面に出会ったら、どうするか? (下記、日赤医療センターの「声2」を参照)。

♣ 次に、医療とは言えない 「ペグ」 の話をしよう 1 ) 。ペグとは「胃瘻」 ( いろう) = 「経皮・内視鏡的・胃吻合術(Percutaneous Endoscopic Gastrostomy)の 頭文字 を綴った言葉である。元来は胸部の癌や外傷などで 「一時的」 に喉と胃をバイパスにする目的で工夫された「開腹手術」だった。

♣ ところが 1980 年ころ、内視鏡の発達とともに、胃と腹壁を繋ぐ手技が、外来で簡単にできるようになり、欧米で高齢者の延命に利用され、爆発的人気 を得た。しかし、すぐ反省の波で人気は凋んでしまった。なぜならペグ術は 「食べなくても生きていられる、生と死の境目を不明瞭にする手技」 だったからである。

♣ しかし、この手技が日本に紹介されると、「食べない老人の延命」 に応用され、介護保険の始まりの2000年以降、人気は持続的になった。お年寄りは、口や喉を使わずに栄養が取れるのだから、生命の維持は可能となる。

♣ しかし口から食事を取れないほど病気が進行したお年寄りは、意思の疎通ができない状態、つまり高度の 「寝たきり」 であり、ご自分の意志を表すことが出来ない。

図 2 に一例を示す。図は 「誤嚥」 によって命を失った 3 例を示すが 2 )、 ここでは一番下の 99 歳女性 ( J 氏) の説明をする。図の縦軸は BM I (体格指数) を、横軸は 1 目盛が 1 年を表す。J 氏は入所時から低栄養で BM I は 14 近辺であったが、この状態でなんとか無事に 2 年を過ごされた。

エホバ・ペグと矛盾

♣ そこで誤嚥が発生、予想通りに 1 年かけて BM I が 12 (致死域) までに低下した。ご家族は J 氏が 99 歳で骨と皮の状態であるにも拘わらず 「胃瘻」 を要求された。J 氏はBM I = 11 の瀕死レベルで 10 ヶ月を耐え、悲惨な環境の中で逝かれた。日本では 「死の領域」 にあってもペグを選択されることが少なくないのだ。

♣ パールの特養では、最近 3 人ほどペグの方がおられたが、一番長い方は 10 年 6 ヶ月ご生存だった。もちろん 3 人とも要介護 5 で、英語圏では 「呼吸する屍 (しかばね、breathing cadaver)と表現される――つまり 死体の一種 とみなされるが、年間 約 900 万円の維持費が掛かる 3 )

♣ パールでは、施設としてペグを選択することはなく、ご家族の自由な判断にまかせている。ここでぜひ知っておきたいことがある --ー ぺグの造設は外来で出来るほど簡単であり、一回ポッキリである。が、そのあと、毎日 2 ~ 3 回の栄養補給係りは 「家族または看護師」 が担当することになる。「呼吸する死体維持の作業」 が何年も続くので、たいていの場合、「人生観」がおかしくなるほどのストレスとなる。

♣ もしご家族がその任にあたられるのなら、それは重労働でもあり、10 年間も続けることは苦しい作業であろう。また、介護施設で担当する看護師の数は潤沢ではない。加えて、長期にわたる看護延命には、異栄養・褥瘡 や 低酸素症・気管吸引 などと、悩みも付きまとう。体格指数 (BM I)から観察すると、胃瘻を付けても認知症は確実に進行するし、意外にも、最後は誤嚥性・逆流性肺炎で世を去られる 3 )

♣ そこであなたにお尋ねする: あなたの祖父母・父母・血縁の方がペグを必要とされた場合、あなたはどんな意見を持つか? 多くのご家族は 「なにもせずに死なせる訳にはいかない」 とおっしゃるが、家族内の意見はたいてい対立・混乱する。介護保険の始まった2000年以前に こんな紛糾 (ふんきゅう)はなかった ! !

♣ 血液透析の場合もやや似た状況がある。エホバは 「人為生命」 を禁じ、逆に 「ペグ」は「人為生命」 を求める のだ。いずれも、人為延命の手技であり、人の命の終わりを、ご家族の一念と恣意 (しい) で、こんなに変えてよいものか、私は生き方の矛盾 に感嘆せずにはいられない。

♣ 参考まで … 胃瘻の増設代は 15 万円前後; 維持費は一年 900 万円程度 3 ) 。しかし老人の場合はほぼ全額政府負担であるため、日本の胃瘻選択は世界一である。

要約: 「エホバの証人」 の信者は 「輸血治療を拒否」; 臨死状態の老人は家族の独断で 「胃瘻が設置」 される。 個人の信条が無視され、運命も他人任せという実態をあなたはどう受け入れるか? 良かれと思うこと、思わないこと … 私らは相も変わらず 矛盾の中で生きている ようだ。1980字 

参考:
1 ) 新谷:「胃瘻と尊厳生」、福祉における安全管理 # 17, 2010. 2 ) 新谷:「体格指数からみる死の狭間」; 老人ケア研究、No.33、2010. 3 ) 佐々木英忠:「高齢者肺炎における誤嚥性肺炎の重要性」; 日本医師会雑誌、9月:1777, 2009.

職員の声

声1: 子供の頃 我が家の近くに 「エホバの証人」 という施設があり、輸血はできないとは聞き知っていた――いざという時どうするのか?と不思議だった(答: 本文で示したように、非血液剤で代用し、天運を待つ)。

声2: 命を助けたら 「有罪 ! 」 と最高裁が判決するとは、医者は罪人扱いか?(答: 日赤医療センター では部長会で この件が問われた時、皆さん方の意見 は 「罪人になって世間の声を聞きましょう」 という結論だった。

声 3: 病院が胃瘻を奨めれば家族はそれが大事な治療法であって単なる延命策、とは知らないだろう … でも、私はペグを選ばない(答: 医師は奨める前に、ペグに関する 世界事情 を説明すべきでしょうね)。

声4: 胃瘻延命は全額 (年間 900 万円) を自己負担ではいけないのか?(答: 医療財政は深刻な問題であり、イギリス・欧州 では延命胃瘻をしない; また血液透析は 60 歳以上なら自己負担 … 思い返せば、日本は非常に裕福な国家なのである)。

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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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