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(732) 長 命 の 華

  (732)   長  命  の  華   
   
江戸時代まで人々がどんな病気で亡くなったか、統計もなく 西洋医学もなかったから実状は推察するほかはない ―― たぶん、栄養失調・ 外傷・ 感染症 (結核など) などであっただろう。

♣ 昭和 13 年の統計によると(図 1)、結核死の花盛りは「 20 歳前後」、哀れで 「短命の華」 の物語で満ち溢れていた。その頃 新聞はこう報じていた = 「結核が薬で治った例なんて聞いたことがない」 と ! せめて 50 歳までは生きていたい、が念願の時代だったのだ。
長命の華

♣ ところが 戦後 結核に有効な ストレプトマイシン が突如現れ、日本の状況はめまぐるしく変わった。いまや結核の死亡順位は 1 位から 10 位以下に落ちたのだ。だが 幸せは長く続かなかった。結核が落ち込めば、「ガン・ 心臓病・ 脳卒中」 がバトンタッチをして猛威を振るい始めた。

♣ しかし、これらの生活習慣病は結核と違い、罹患年齢が若年期から初老期に移動し、病気年齢が高くなった。これらは ある程度 予防が可能であるが、昭和 60 年以降のバブル景気に酔った日本人は 真面目な予防に励まなかった。なかんずくガンは 33 % 程度の死亡率を占め、現在もなお 恐怖の王座を占めている。

♣ そんな状況であっても、ガンを乗り越え生き残る人々はどんどん増え、人口はついに戦後の 6 千万人から 1 億 2 千万人へと 2 倍に増え、現在では平均寿命も 50 歳から 87 歳まで、40 年近くも延びて来た。これほど短期間にこれほどの長命が達成された例は世界広し、といえども 日本が初めてである。

♣ もし、この 「長生き」 が 「幸せ」 だけで終われば世の中は天国だったハズだったのだが ―― 実は、人知れずにガンの後釜を狙っている変性疾患の 「認知症」 が待ち構えていたのである。

♣ 考えてみると 死因第一位の病気の種類の変遷は、昭和中期までは 「感染症 = 結核」、続いて食べ過ぎの 「代謝病 = 糖尿病 → 脳卒中」 そして病気類の最期を告げるのが 「新生物 = ガン」 であると思われていた。

♣ ところが、世の中はそんなに甘くはなかった … 従来 聞いたことのない 「脳の変性症」 、つまり 「認知症」 が新たに疾患群の中に食い込んできたのだ。変性症とは 「使い古してガタが来た」 状態を言い、髪の毛の変性と言えば 「白髪、禿げ」 である。つまり、認知症は脳の変性症、禿は皮膚の変性症、見た目の状態は違うが 疾病レベルで言えば同格の変性症なのである。

♣ そこで新しく問題になったのは 「認知症への対応」 である。たいていの人にとって初めての経験となる新参者の 認知症 ―― 50 年まえには 「恍惚 (こうこつ) 」と呼ばれ、「痴呆 (ちほう) 」と怖れられ、混迷の過去があった。

♣ 2000 年に 「介護保険」 が施行され、痴呆老人は家庭から施設へ移され、家族の負担は著しく減った。そこで 蘇 (よみがえ) る合言葉は 「お年寄りを大切にしましょう」 で 、「介護保険での親孝行」 の新しい時代が訪れた―― つまり、家庭での親孝行は減り、親を施設に預けて孝行をする流れである。

♣ 先進国 (スエーデン・デンマークなど) では、すでに 2010 年頃から、親を養う義務を家族から国家へ引き継ぐ制度に変わって来た。つまり年とった親の面倒は国が見る訳だ。日本も徐々にその方向に近づきつつある。この点で認知症は過去の 「癌や脳卒中」 などの病気の対応 とは大きく異なっている。

♣ 認知症は 65 歳頃から始まり、5 年ごとに倍々ゲームで数が増え、100 歳に至ると誰もが認知症になる(図 2)。つまり認知症は病気ではなく 「長命の華 (はな) 」なのである。この 図 2 は、前述した図 1の 20 歳ピークの結核死亡 = 「短命の華」 と対照的である ーー 片や20歳でピークをもつ「結核型」、片や100歳にピークをもつ 「認知症型」。 したがって 「長命の華」 は家族の責任には属せず、やはり国家が福祉政策によって対応すべきものであろう。

長命の華
........... 年令(横軸)と認知症の頻度%(縦軸)

♣ だが、ここに大きな 矛盾 がある。つまり、我々は誰でも長命を欲する ―― しかし、長命になれば必ず 認知症 ( = 華) が訪れてくる。 “ 長生きしたいけれど認知症はイヤ ” は通らないことを やっと近年になって学んだのだ。「認知症は治療で 治るか?」 の問題は 両立しない矛盾を解くような難問であり、「老化を治す」 という 手ごわいテーマに等しい。

♣ 思い返せば、病気の歴史は 「感染症 (結核) → 腫瘍 (ガン) → 変性症 (認知症)へと遷移してきた 。そして我々は 今 人類の遺伝子が許す最大寿命に達している。「認知症は治るか?」 の質問は 「飽くなき延命願望を どの点で妥協 するか?」 に答えるようなものである。

♣ すべて物事は “行き過ぎが戒められる” 。ある意味で、古くから言い伝えられる 「ルー (Roux) の三法則 」 は、延命さえ 「行き過ぎはダメ、不足もダメ」、つまり 「長命の華」 とは丁度良いバランスこそが ベストだ、と教えている のではないだろうか。1992字 

結論: 平成の介護保険で長寿を重ねに重ねた認知症の方の心は本当に幸せなのだろうか? 「人間の遺伝子寿命を凌駕 (りょうが) するような過大な延寿」 を目標にすることは賢明ではないと思われる。 行く末の目標は “程よく” が 「長命の華」 なのであって、決して 「延命を重ねに重ねるること」 ではない。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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