FC2ブログ

(734) 長生きなら 病気でも構わない?

   (734) 長生きなら 病気でも構わない?

以前の “安全管理” で、「福祉は “じわコロ” を推奨するのか?」 を話した 1) 。「じわコロ」 とは “ぴんコロ” の反対語で、“じわりじわりと世を去る" という多くの我々の有り方である。

♣ ご存知、人はある年齢まではたいてい自立しており、食事・ 排泄・ 入浴・ 着衣 などの “身の回り” を自分で行うが、この時期を
「健康寿命」 と呼ぶ (図1)。やがて齢をとり、自立が困難になって他人のお世話に依存しながら暮らすようになるが、こうなった時期を WHO (世界保健機構) の呼称により 「病気寿命」 と呼ぶ。

♣ 健康寿命と病気寿命を併せたものが 「全寿命 (平均寿命) である。病気寿命は近年、思いのほか長く、男 9 年、女 13 年という長期間である(図 1)。多くの人は 「病気寿命がそんなに長いとは気付かなかった … じわコロは嫌だ、ぴんコロで逝きたい」 と不満げである。

長生きなら 病気でも構わない
♣ 人間、誰しも 「元気で長生き」 を望むものだが、現実は厳しい。ほとんどの人は 「自立で元気な健康寿命」 の後、やがて 「病気寿命」 を余儀なくされ、そのあと “じわりじわり” と世を去るのが慣わしである。健康寿命の後には必ず病気寿命がくっついているのだ。

♣ では病気寿命がなくて、いきなり 「突然死」 でも宜しいのか?そこで訊ねてみると、多くの人が意外にも 「ぴんコロが良い」 と希望する。「ぴんコロ」 とは 「ぴんぴん長生き、コロッと往生」 という意味である。

図 1 をよく見て欲しい… もし病気寿命の 9 年 ~ 13 年の部分を短かく削れば、その分、全寿命も短くなってしまう。 現実には、病気寿命がこれほどの長さがあるからこそ、初めて全寿命が長く保証されているのだ。

♣ そこで人は初めて考え直す … 「いや、ぴんコロも良くないな …病気寿命のせめて一部だけを健康寿命に振り替えて元気な時期を長くしようかな、と 「足し算・ 引き算」 を試みる。

♣ しかし賢明なあなたなら “それは困難だ!” と即座に気付くだろう … だって、もしそれが可能な日本であったのなら、街を歩く元気な老人が著しく増えているハズだし、老人施設の整備も少なくて済むハズ ―― 現実の我々は すでに限度いっぱいの健康寿命で生活しているのだ。

♣ 当たり前のことながら、ヒトは建て前として 「健康のまま逝きたい、病気はイヤ、 仮に病気になっても良い治療・介護を受けて末永く生きていたい」 。要するに 「何が何であれ、生きていたい 。

♣ でも、世界一の長寿を誇る日本でありながら、その実態が “世界一長い病気寿命” であるのでは威張れないではないか。

♣ 人類は寿命に関して過去の 20 世紀後半に著しい好転をみせ、日本で言えば、戦前の昭和 15 年の女性・ 平均年齢は 43 歳であったものが、現在は 2 倍の 86 歳に達している。だが、それでもまだ満足できず もっと長生き したい。

♣ 念のため、昭和 15 年のその昔を振り返ってみよう。その頃には 「健康寿命・ 病気寿命」 の概念もなく、現在の女性のように病気寿命のまま 13 年も生存ということは不可能だった。昔にも 結核 などの病気寿命はあったが、医療レベルは今よりも各段に低く、介護保険もなかったので、仮に病気寿命があったとしても 短期 なものだった。その後、全寿命が延びるにつれ、影のように病気寿命がくっついて来て、現在 それが男 9 年・ 女 13 年に延びたのである。

長生きなら 病気でも構わない

♣ では、今後はどうなるだろう? 仮に全寿命が 100 歳以上 に延びても、その年齢の老人に 「自立」 を求めるのはまずムリだ ―― つまり、人間、ある年齢 (たぶん 90 歳頃) を越えると もう健康寿命は期待できず、残る寿命のすべては病気寿命と化すだろう(図 22 ) 。どんなに健康寿命が延びても、病気寿命はほぼ 13 年間のまま、帽子をかぶっているように そこに居座っているのが現実なのだ。

♣ 人々は簡単に 「病気寿命はイヤ、健康なまま一生を過ごしたい」 とおっしゃる。だけど我々がどんなに介護に勤しんでも、ご老人たちに増える年月は病気寿命だけなのだ 3, 4 ) 。それは残念な事だが、では 他にどんな選択肢があるのだろうか? 老人のピンコロなんて、事故以外には事実上 あり得ないのだ。

♣ 皆さん方、我々は、長生きできれば 病気寿命でも構わないと思う。そしてそれに必要な予算は、「弱者は強者」 と言われるように、働ける若い強者たちが受け持つ。これは若者たちの将来像でもある ... 老いた弱者のために 若い強者は頑張るーーこれ以外にどんな選択肢があるだろうか?1750字

結論:   全寿命は戦後 目覚しく延びてきたが、それにつれて病気寿命も延びてきた。 病気寿命は現在男 9 年・ 女 13 年に及ぶが、ヒトは何とかしてこれを短縮し、その短縮分を健康寿命に繰り込みたいと願う。 ところが、健康寿命の長さは今、ほぼ限度一杯に達しており、今後 長生きできる寿命は 「病気寿命しかない」 という現実に直面している。 長生きの弱者は健康な強者に支えられて当たり前なのであろう。

参考: >1) 新谷: 「福祉はジワコロを推奨するのか?」 ; 福祉における安全管理 #507, 2015. 2 ) 新谷: 「健康寿命の最大限界値」 ; ibido # 514, 2015. 3 ) 新谷: 「じわコロ」で満足」; ibido # 577, 2016. 4) 新谷: 「長生きできれば 病気でも構わない」 ; ibido # 599, 2016 5 ) 新谷:「五箇条のご誓文と胃瘻」、 ibido # 290, 2012. .

職員の声

声1: 私の場合 「延命医療」 をして貰うつもりはないが、もし認知症になったら延命中止を決められないし、どうしよう?(答: 認知症は本人のせいではないから、率直に長生きしましょう… 認知症のほうが普通の人よりずっと長生きですよ…普通の女性平均寿命は 87 歳、認知症なら 93 歳以上 ! )。

声2: より良い介護を受ければお年寄りは長生きになるが、その結果は辛くて長い病気寿命、それが果たして幸せか?(答: 何と言っても長生きほど幸せなものはナイ ! と信じられている)。

声3: 病気寿命の男 9 年・ 女 13 年はお金が掛かり過ぎだ、国力低下、ケアの劣化が心配される(答: そもそも戦前は 「病気寿命」 など存在せず しかも 国は保たれていた … 今だって病気寿命なんて廃止すれば良い… だが選挙民は病気寿命を高く評価している、果たして廃止出来るか?)。

声4: 欧州では延命医療や胃瘻をせず その結果 病気寿命を短縮している… 日本だって残酷な延命習慣を止めれば病気寿命を減らせるだろう?(答: すでに明治維新のとき 「五箇条のご誓文」 で日本は立派に成功したが 5 ) 、平成の平和な御代ではそれができなくなった … なぜだろう?)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR