FC2ブログ

(752) 認 知 症 以 前

 (752) 認 知 症 以 前
   
  私は昔の記録を知って愕然 (がくぜん) としている。さてそこで、その 「昔の話」 をしよう。これは 「安全管理 シリーズ」 の冒頭に記録された一節である。

♣ 700 年前:兼好 (けんこう) 法師の徒然草 (つれづれぐさ) の 195 段。時の 久我内 (くがのない) 大臣 (だいじん) が正装のまま、田んぼの中で、泥んこになって木造りの地蔵を田の中の水に浸して ねんごろに洗っていた。「変だな?」 と私が見ていると、遠くから家来の 2 ~ 3 人が駆けつけてきて 「やはり、ここにいらっしゃったのか!」 と言いながら 大臣 をみんなで抱え、御殿に運び込んだ。私はその光景をみて 「何事ぞ?」 と不思議に思った。

認知症以前

♣ 400 年前: 戦国時代を終わらせた徳川家康に可愛がられた 「天下のご意見番・ 大久保彦左衛門」 。登城 (とじょう) するのに駕篭 (かご) を使わず、節約の持論 でもって盥 (たらい) に乗る人騒がせで知られる。彼は歳を取ると重用 (ちょうよう) されなくなり、言動も怪しく、ついに自分の ウンコ をご主人の家の床 (とこ) の間に塗り付け、ご主人に 「爺 (じい) 、狂ったか!」 とお叱り。蟄居 (ちっきょ) を命じられ、寂しく世を去った。

♣ 150 年前: 島崎藤村 (とうそん) の父を摸した青山半蔵 (小説・ 夜明け前) 。幕末から維新にかけ、馬篭 (まごめ) の宿( 長野県) の村長として活躍した人。心労が続き、最期に 「あがき」 と見られる不審な行動が続き、ついにお寺の 放火未遂事件 を起こした。座敷牢 に閉じ込められ、抵抗 空しく死を迎えた。

♣ 40 年前: 私の友人の叔母 70 歳。 「元気が衰え、足の力が無くなった」 と病院を受診、「甲状腺機能 低下症」 と診断された。実際には、街を 徘徊し、交番で自宅の在り場所を教えてもらう 「事件」 が何度もあった。夫の献身的な介護もむなしく、数年後、病院で亡くなった。

♣ これらの 4 症例は、21 世紀の知識で振り返ってみると、すべて 「認知症」 であったことは容易に分かる。それどころか、まだ認知症が 「痴呆」 または 「年寄りボケ」 と呼ばれていた頃だったのだ。有吉佐和子の著作= 「恍惚 ( こうこつ) の人」 が映画の演題になり、世にも広く知られるようになったほどである()。

♣ つまり、世間がこのこと (認知症) を 初めて知ったのは、1972 年 (昭和 47 年)なのであった。日本では その年に やっと 「福祉元年」 が発足し、老人医療が無料試験になった時代でもある。
認知症以前

♣ 私たちの身の回りには、まだ 「病気として気付かれない病気」 がある。それにしても、今ぞ ‘はやり’ の認知症が何百年まえから存在しながら、気づかれなかったことは オドロキ ではないか。

♣ この発見も、正確な 行動の記録 が残っていたからこそ、後で判明したのだ。私たちの介護でも、「正確な記録」 の大切さが しみじみと望まれる。ここで 「職員の声」 を少々述べてみよう。

昔は認知症と言わず、「痴呆 (ちほう) 」や 「年寄りボケ、恍惚の人」 などと呼んだとは ! 厚生省が 「認知症」 と 柔らかい名前に変えたのは2004 年、わずか 15 年ほど前 のことなのか。

しかし外国では今でも 「痴呆」 (dementia) である。認知症は 「症」 という文字が付くので 「病気」 と解釈されるが、認知症の 99 % は 「老化」 の症状であり、したがって昨年の 8 月、フランス では認知症の薬は 健康保険給付 から外された ほどである。

やはり認知症は昔からあったのか; 牢屋に入れられたりしたのか?と尋ねられる。例えば、映画・ アマデウス・ モーツアルトを見た人は覚えているだろうが、教会の入り口に 痴呆の男たち が鉄枠の中に入れられたり、頭を鎖で縛られたりしていた。わずか 200 年ほど前の物語だ。

♣ 平成の一桁の頃、「痴呆」 の家族は ひたすら 「恥ずかしい、隠す」 というのが常だった。現在はみんなで苦労を語り合える場ができている。

♣ 他人事ではなく、今昔の感があるね。 1663字

要約:

認知症状は日本でも 700 年前から実在したことが歴史的事実として記録されている。

半世紀前 (1967 年、昭和 42 年)、有吉佐和子の 「恍惚の人」 として認知症状は世間にデビューし、特殊な老人問題として映画の演題にも取り上げられた。

その 28 年後、我々は 「介護保険」 と 特養・ パール の出発を見たのだ。思えば、歴史の大部分は 「認知症以前」 であったし、今の高齢者たちは夢のような幸運に巡り合ったのである。

職員の声

声1: 認知症は年齢と共に増えるのが現実、なら、100 歳でも治療が必要ですか?(答: 認知症 イクオル 老化であり、老化は常に進行し、有効な治療法は存在していない)。

声2: 高齢になれば、機械と同じく 「壊れて行くのは当たり前」 … 問題は壊れたものを大切にする方法にある(答: 人間の望みは 天井知らず だから、どんなに良い方法であっても不平は収まらない)。

声3: 「うちの婆さまがボケた」 と言って昔はそれを受け入れたが、近年、親・ 祖父母 の認知症は受け入れられない(答: 祖父母にも言い分があるかもよ ―― 昔の祖父母はナ、60 歳、今は 90 歳 ... 人生の 「格」 が一世代大きいよ、と … つまり 60 歳 と 90 歳を比べるナ ! )。

声4: その方面の知識あればこそ 認知症は受け入れられるのであって、大抵の人は知識に無関心で、受け入れていないと思う… 認知症に対する人々の知識の深さが求められる(答: 諦めず、「認知症の実態」 に関心を持ち、また人々はすべて齢とともに 「誰もが認知症になる運命」 という現実を啓蒙して行きましょう)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
安全管理 ふじひろのページ

最新記事
全ての記事一覧
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
QRコード
QR