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(720) 介 護 と 進 化

(720) 介 護 と 進 化  

ヒトは 400 万年このかた、サルから分かれて進化してきた 哺乳類 だとされる。その有様を 図 1で番号順に俯瞰 (ふかん) して眺めてみよう。

類人猿: 400万 年前の様子。ヒトがサルから分かれて独自の道を歩み始めた初期、彼らはサルと異なり完全な 「 2 足歩行」、しかしまだパンツをはいていない。

直立人: 200 万年前、進化が進み、脳の容積は現代人とほぼ同じで背丈は高く、狩りの生活をしていた。知恵の発達でパンツをはいている。

狩猟人: 20 万年前、さらに進化して体は頑丈に大きくなり、狩りの 道具・ 火の利用・ 言葉 の習得も達成している。このころ人類はアフリカを脱出して新世界へ旅立ち始め、現代人の直接的な先祖になった。

近代人:1 万年前、身体はやや きゃしゃで、寒冷気候に応じた衣服を着、手に進歩した道具 (斧) を持つが、まだ 「靴」 の時代ではなかった。この時代には農業によって集団社会を構成するようになった。ここまで人類は実に調子よく進化を遂げてきた。ただし現代人の傍系には絶滅した 20 種類を越える 「人間モドキ」 が存在したことを忘れてはならない … 彼らはみな環境に適応出来なかったので淘汰 (とうた) ・ 絶滅 されたのである。

現代人:図でこの姿勢を一見して分かること、それは 「もはや体は進化していない」 ことだ。じゃ、何が変わったのか? それは 「立派な服装・ 整髪・ 眼鏡・ 靴・ さらに前かがみの姿勢」 などの文明の進化が見てとれる。

♣ つまり、最近 1 万年のヒトの特徴は 「体の進化は停止中、しかし文化の進展は著しく発展中」 と理解すべきであろう。

♣ スポーツの例を示すと、大昔の ギリシャ・ スポーツ は、槍を投げたり 裸で格闘技を競う単純なものであったが、近代のスポーツは 野球・ サッカー・ 相撲 などで見られるようにすっかり 複雑・ 高度化 している。音楽でいえば、その昔は 竹の筒を吹き、弦を掻き鳴らして歌ったものであったが、やがて 和音のある合唱 に進み、多種類の楽器で演奏する 管弦楽 にまで進化した。これらは体の進化ではなく、文明の進化である。

♣ つまり、人類の進化を概観すれば、古代の から までは 主に身体的 (ハードの) 進化、近代の は「文化的 (ソフトの) 進化」とみてよい。進化の実例は上記のようにスポーツや音楽のほか、あらゆる社会的な現象に見られるので、ここでは福祉の制度について考えてみよう (図 2のハートの人文字)。

♣ 1973 年( 昭和 48 年) の日本、社会の景気は良くなり老人も まだ少なかったので、老人医療は 「無料」 にして助けてあげよう――つまり純粋に好意な気持ちでタダにしたのであった。

♣ ところが、人間は 「タダ」 (無料) に出会うと突然 モラル・ ハザード( 倫理の欠如) により 私利私欲 の後先 (あとさき) が見えなくなる。病院には老人達が殺到し、このため たちまち医療予算は底を尽き、「老人医療のタダ」 はやがて崩壊してしまった。つまり老人は 「無料」 という環境にはうまく適応できず、残念ながら 無料制度 は淘汰 (とうた) されてしまったのである。

♣ このようなことは福祉の発展時にまま見られる。

♣ 老人介護の制度は人々の善意によって、老人一般の長命と福祉に多大な幸せがもたらされている。しかしながら、この制度の出発点で老人は全人口の わずか4 % に過ぎなかったが、その数は老人保護優先とともにどんどん増え 今 28 %、やがて 10 倍の 40 % に達する勢いである。

♣ 人々が長生きすることは お目出たいことであるが、総人口の半分近い 40 % の人々が介護保険の対象になるという 「只ならない事態」 が真近かになったのである。この厳しい環境に老人達は適応できると思うか? それとも我々のほうが淘汰されてしまうのか?老人に篤 (あつ) く対応すればするほど 社会全体は 脆弱 (ぜいじゃく) な体質に転じていく。これは 「進化と退化の法則」 からみれば危険信号である。

♣ 介護保険の実務自身にも矛盾する要素があり、見ていると 今のままでは 90 歳を越える人々の多くは 社会の好意に甘えて半自動的に施設収容となりかねない。それほどまでに日本の現代社会は高齢に甘く、かつ 脆弱化 しているのだ。

♣ 文頭に述べたように、せっかく人類は順調に進化して 類人猿から近代人までを 淘汰されることなく まともに生き伸びてきたのである。現代人 = に至って身体のハード面の進化はストップしたものの、ソフト面の文化の進展は順調に延びてきた。 この進展が妨げられないように、老人介護に関する矛盾を何とか解決する目途 (めど) を立てなければならない。それが今の一番大きい問題ではないだろうか。

♣ 目途 (めど) の中心的現象を挙げるなら、近年の トレンド、つまり、良き介護をすればするほど高齢の寿命は更に延び、認知症のレベルは更に深まっていくことである。延寿の促進はお目出たい、しかし、このままでは 上記のモラル・ハザードによる文化の淘汰 (とうた) は避けられない 。 両者の相克 (そうこく) ......この矛盾に何らかの知恵を絞りださなければならないだろう。1953字

要約:  人間は 「遺伝子」 の力でサルからヒトに進化した。しかし近年の人類の繁栄は身体 (ハード) の進化によるものではなく、文化 (ソフト) の発展によっている。 環境に適応できない場合、進化は淘汰され、文化は衰亡する。 介護保険は高齢老人の 更なる高齢化 を促進してきたが、それもやり過ぎれば現今の制度が淘汰される運命が待ち構えていることを念頭に置くべきではないか。

職員の声

声1: ある行為が先行き時代に合わなくなることがあり、これを 退行・ 淘汰 というのであろう (答: 昭和 48 年の老人医療費無料がその例 ―― 老人たちが一斉に病院を大量受診し始めたので制度は 破産・ 淘汰 された)。

声2: 長生きのためのケアは充実可能であるが、長生きになればなるほど 認知症は深まる … この 相克 をどう片付かるのか? (答: 国の方針は認知症の進行に構わず、長生きのほうに専念せよ、のようだ)。

声3: 我々は高齢者に最適なサービスを提供することにしているが、その姿勢が文化の淘汰に繋がるかもしれない、とは一体どういうことか? (答: 過去にあった 「老人医療の無料化」 はモ ラル・ ハザード (倫理の欠如)によって 敗退・ 淘汰 された ―― つまり良いと思うことも その流れを見つめ続けて経過観察が必要ということである)。

声4: 50 年前には今のような長生き時代が来るなんて想像もしなかっただろう … でもその長生きは 「寝たきり」 が増えると想定していたのか? (答: 寝たきりがいないことで有名なのが スエーデン だ…かの国では 「要介護 4 ・ 5 」を分類しない…つまり人生は 「要介護 3 」で止まりだと定義している… 日本は逆で 「要介護 6 」が欲しいほどだ)。

プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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