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(720) 介 護 と 進 化

(720) 介 護 と 進 化  

ヒトは 400 万年このかた、サルから分かれて進化してきた 哺乳類 だとされる。その有様を 図 1で番号順に俯瞰 (ふかん) して眺めてみよう。

類人猿: 400万 年前の様子。ヒトがサルから分かれて独自の道を歩み始めた初期、彼らはサルと異なり完全な 「 2 足歩行」、しかしまだパンツをはいていない。

直立人: 200 万年前、進化が進み、脳の容積は現代人とほぼ同じで背丈は高く、狩りの生活をしていた。知恵の発達でパンツをはいている。

狩猟人: 20 万年前、さらに進化して体は頑丈に大きくなり、狩りの 道具・ 火の利用・ 言葉 の習得も達成している。このころ人類はアフリカを脱出して新世界へ旅立ち始め、現代人の直接的な先祖になった。

近代人:1 万年前、身体はやや きゃしゃで、寒冷気候に応じた衣服を着、手に進歩した道具 (斧) を持つが、まだ 「靴」 の時代ではなかった。この時代には農業によって集団社会を構成するようになった。ここまで人類は実に調子よく進化を遂げてきた。ただし現代人の傍系には絶滅した 20 種類を越える 「人間モドキ」 が存在したことを忘れてはならない … 彼らはみな環境に適応出来なかったので淘汰 (とうた) ・ 絶滅 されたのである。

現代人:図でこの姿勢を一見して分かること、それは 「もはや体は進化していない」 ことだ。じゃ、何が変わったのか? それは 「立派な服装・ 整髪・ 眼鏡・ 靴・ さらに前かがみの姿勢」 などの文明の進化が見てとれる。

♣ つまり、最近 1 万年のヒトの特徴は 「体の進化は停止中、しかし文化の進展は著しく発展中」 と理解すべきであろう。

♣ スポーツの例を示すと、大昔の ギリシャ・ スポーツ は、槍を投げたり 裸で格闘技を競う単純なものであったが、近代のスポーツは 野球・ サッカー・ 相撲 などで見られるようにすっかり 複雑・ 高度化 している。音楽でいえば、その昔は 竹の筒を吹き、弦を掻き鳴らして歌ったものであったが、やがて 和音のある合唱 に進み、多種類の楽器で演奏する 管弦楽 にまで進化した。これらは体の進化ではなく、文明の進化である。

♣ つまり、人類の進化を概観すれば、古代の から までは 主に身体的 (ハードの) 進化、近代の は「文化的 (ソフトの) 進化」とみてよい。進化の実例は上記のようにスポーツや音楽のほか、あらゆる社会的な現象に見られるので、ここでは福祉の制度について考えてみよう (図 2のハートの人文字)。

♣ 1973 年( 昭和 48 年) の日本、社会の景気は良くなり老人も まだ少なかったので、老人医療は 「無料」 にして助けてあげよう――つまり純粋に好意な気持ちでタダにしたのであった。

♣ ところが、人間は 「タダ」 (無料) に出会うと突然 モラル・ ハザード( 倫理の欠如) により 私利私欲 の後先 (あとさき) が見えなくなる。病院には老人達が殺到し、このため たちまち医療予算は底を尽き、「老人医療のタダ」 はやがて崩壊してしまった。つまり老人は 「無料」 という環境にはうまく適応できず、残念ながら 無料制度 は淘汰 (とうた) されてしまったのである。

♣ このようなことは福祉の発展時にまま見られる。

♣ 老人介護の制度は人々の善意によって、老人一般の長命と福祉に多大な幸せがもたらされている。しかしながら、この制度の出発点で老人は全人口の わずか4 % に過ぎなかったが、その数は老人保護優先とともにどんどん増え 今 28 %、やがて 10 倍の 40 % に達する勢いである。

♣ 人々が長生きすることは お目出たいことであるが、総人口の半分近い 40 % の人々が介護保険の対象になるという 「只ならない事態」 が真近かになったのである。この厳しい環境に老人達は適応できると思うか? それとも我々のほうが淘汰されてしまうのか?老人に篤 (あつ) く対応すればするほど 社会全体は 脆弱 (ぜいじゃく) な体質に転じていく。これは 「進化と退化の法則」 からみれば危険信号である。

♣ 介護保険の実務自身にも矛盾する要素があり、見ていると 今のままでは 90 歳を越える人々の多くは 社会の好意に甘えて半自動的に施設収容となりかねない。それほどまでに日本の現代社会は高齢に甘く、かつ 脆弱化 しているのだ。

♣ 文頭に述べたように、せっかく人類は順調に進化して 類人猿から近代人までを 淘汰されることなく まともに生き伸びてきたのである。現代人 = に至って身体のハード面の進化はストップしたものの、ソフト面の文化の進展は順調に延びてきた。 この進展が妨げられないように、老人介護に関する矛盾を何とか解決する目途 (めど) を立てなければならない。それが今の一番大きい問題ではないだろうか。

♣ 目途 (めど) の中心的現象を挙げるなら、近年の トレンド、つまり、良き介護をすればするほど高齢の寿命は更に延び、認知症のレベルは更に深まっていくことである。延寿の促進はお目出たい、しかし、このままでは 上記のモラル・ハザードによる文化の淘汰 (とうた) は避けられない 。 両者の相克 (そうこく) ......この矛盾に何らかの知恵を絞りださなければならないだろう。1953字

要約:  人間は 「遺伝子」 の力でサルからヒトに進化した。しかし近年の人類の繁栄は身体 (ハード) の進化によるものではなく、文化 (ソフト) の発展によっている。 環境に適応できない場合、進化は淘汰され、文化は衰亡する。 介護保険は高齢老人の 更なる高齢化 を促進してきたが、それもやり過ぎれば現今の制度が淘汰される運命が待ち構えていることを念頭に置くべきではないか。

職員の声

声1: ある行為が先行き時代に合わなくなることがあり、これを 退行・ 淘汰 というのであろう (答: 昭和 48 年の老人医療費無料がその例 ―― 老人たちが一斉に病院を大量受診し始めたので制度は 破産・ 淘汰 された)。

声2: 長生きのためのケアは充実可能であるが、長生きになればなるほど 認知症は深まる … この 相克 をどう片付かるのか? (答: 国の方針は認知症の進行に構わず、長生きのほうに専念せよ、のようだ)。

声3: 我々は高齢者に最適なサービスを提供することにしているが、その姿勢が文化の淘汰に繋がるかもしれない、とは一体どういうことか? (答: 過去にあった 「老人医療の無料化」 はモ ラル・ ハザード (倫理の欠如)によって 敗退・ 淘汰 された ―― つまり良いと思うことも その流れを見つめ続けて経過観察が必要ということである)。

声4: 50 年前には今のような長生き時代が来るなんて想像もしなかっただろう … でもその長生きは 「寝たきり」 が増えると想定していたのか? (答: 寝たきりがいないことで有名なのが スエーデン だ…かの国では 「要介護 4 ・ 5 」を分類しない…つまり人生は 「要介護 3 」で止まりだと定義している… 日本は逆で 「要介護 6 」が欲しいほどだ)。

(762) エ ビ ン グ ハ ウ ス と 覚 え 方

 (762) エ ビ ン グ ハ ウ ス と 覚 え 方

  記憶というものは忘れやすい。これは誰も実感していることである。

♣ 一度学習して覚えたことをしばらく放置しておくと、すっかり忘れていたことを経験する人も少なくない。人間ってそういうものなのだ。そこで、記憶と忘却の関係を検討した有名な 「エビングハウスの忘却曲線」 を紹介する。

♣ これは、19 世紀後半に ドイツの心理学者である エビングハウス が、自らを被験者となって、時間の経過とともに記憶がどのように薄れていくかを示したものである。 エビングハウスは無意味な言葉のリストを暗記して、その後 時間の経過とともにどのくらい思い出すことができるかを計測した。その結果を 図 1 に示す。

♣ あなたが講習会や講義などを受けている時、講義の 20 分後には、図 によると、 聞いたことの 42 % を忘れているって本当か? 1 時間後にはその半分も覚えていないってどうなっているのか?このことは 「講義をする人への警告」 とも受け止められる… だって喋る演者は、まさか聴衆がそんな あやふやな記憶力 しかないなんて自覚していないだろう。

♣ 忘却のスピードは一定ではなく、一日後までは急激に忘れていき、それ以降の忘却スピードはかなり緩やかになる (短期記憶――この記憶は脳の 「海馬」 に保存される “液体” のようなもので、やがて蒸発して記憶は薄れる)。つまり逆に言えば、1 日経って覚えていられれば、その後も比較的に長期にわたって覚えていられるということだ。それくらいに人の記憶と言うものは 案外 当てにならず、講演などで 「いいお話を聴いた」 と思っても 放置しておくと記憶の内容は漠然とした記憶に落ち込むものである。

♣ しかし この エビングハウス の実験で大きく 二つのこと が分かる:――  記憶は時間という流れに逆らえず、一度学習して確実に覚えたつもりでも、そのままにしておけば時の流れに記憶は掻き消されてしまうということだ。

♣ 次に 忘却のスピードは一定ではなく、一日後までは 34 % まで急激に忘れていき、それ以降の忘却スピードはかなり緩やかになることである。つまり、逆に言えば 1 日経って覚えていられたものはその後も比較的に長期にわたって覚えていられるということである (長期記憶――この記憶は海馬から大脳へ移され “固体化” されるので持続性の記憶となる)。

♣ 私らは学生時代には覚えなきゃならないことがいっぱい、記憶の保持なんてゆっくり考える暇がないほど 次々に覚えまくった経験がある。若い頃だったからそれが可能だったと思うが、今でもいろんな 資格試験 や 講義を受講しながら 「長期記憶」 と戦う日々でいないだろうか。

♣ そこで問題になるのは、如何にして蒸発しやすい液体のような短期記憶を 固体のような長期記憶に置き換え、その記憶を身に付けることができるかである。図 2 をみよう。2 日後に 8 割ほど忘れた時期に復習を 10 分行うと ほぼ元に戻る。1 週後なら 5 分の復習で元に戻り、1 ヶ月後なら 3 分の復習で元に戻る。そこまで記憶のお世話をすると半永久的に記憶に残るという訳だ (液体記憶が固体記憶に変わって完成する)。

♣ なかなかそこまですることは面倒かも知れないが、2 ~ 3 回復習するだけで記憶が確かになる点 まことに うなづけることではないか。「若い内は記憶力が良く、それに比べて わたしゃ 齢とったから この頃は覚えにくくて…」 と思うこともあるが、なに、それは嘘だ。記憶力はあまり年齢に関係がない。関係が有るのは 「復習のズボラ加減」 である。

♣ というのは、若い頃は覚えることに執念があり思わず 熱心に復習する が、齢をとるとズボラになって 復習をネグレクトしがちになる。その結果 上記の 図 2 で理解されるように、長期記憶が身に付かないのだ。当たり前のことである。

♣ でもいっぺん聞いたらずっと覚えている “地獄耳” という人もある。あなたがそんな人であれば有難いが、エビングハウス でさえ図 1・ 2 の有様なのだ。我々は 無いものねだりをしても生産的ではない。そこで、短期記憶とは 液体が蒸発するように忘れ易いものなのだ、と理解しておこうではないか。エビングハウスが奨める記憶の方法は この揮発しやすい液体記憶を、ガッチリ した固体記憶に転換する方法でもある。

♣ 介護のご利用者から聞いたこと、体温や血圧の数値データなどは、早く記録 しておかないと 液体のように蒸発してしまってコロッと忘れる。復習する習慣が身に付いていないお年寄りは、ちょっと復習の手間をさぼっただけなのに、「記憶力が落ちた」 と誤解して諦 (あきら) める。中年になって記憶力が低下することはないのにね。

♣ 重ねて言うが、記憶力そのものは年齢にあまり関係がない。もし関係があるとすれば、歳をとると安易なズボラ気分で復習をサボッタから である。みなさん、頑張りましょうよ ! 1829字

要約: 学習したことは脳の 「海馬」 に保存され、液体のような 短期記憶 になる。その記憶期間は短く、一日後には記憶の半分程度が蒸発する。 その記憶を保存するためには、2 日後なら 10 分間の復習、1 週後なら 5 分間の、1 ヶ月後なら3 分間の復習でほぼ元の記憶状態に戻る。 短期記憶は海馬が受け持 つ 液体型の記憶 であって大量の新しい記憶を処理する。長期記憶は海馬から大脳へ移され 固体型の記憶 であって、ここで記憶は持続性となる。

職員の声

声1: 「記憶」 は 「記録」 によって補強される(答: 齢を取ると復習を面倒がって片端から忘れてしまうのは残念なことだ)。

声2: 最近、一度忘れると二度目にも忘れるようになった ….年齢との関係は無いのか?(答: 関係ある ! 年をとると 復習をサボル傾向 があり、その結果 忘れ易くなる)。

声3: 復習の有無だけが関与するのか?(答: 人にもよるが、いま、覚えるべきことを 20 歳・ 40 歳・ 60 歳で比べれば、復習に関係なければ ほとんど変わらない; 復習が関与すると年寄りほど 覚えが悪くなる)。

声4: 脳外科の Dr. が 「一度覚えたら 30 回ほど復唱 (ふくしょう) しなさい」 と教えてくれ、それを実行すると覚えられるから不思議なことです ….脳に刻み込むのでしょうか?(答: 記憶には大きく 2 種類ある ―― 短期記憶 = 海馬の中に保存される 液体記憶、大量に可能だが 、やがて揮発する   長期記憶 = 海馬から大脳へ引っ越し保存される 固体記憶、少量だが揮発せず いつまでも残っている ….. 脳外科 Dr. の復唱は に属する)。

(771) 老 化 は 人 間 だ け の 特 権

  (771) 老 化 は 人 間 だ け の 特 権
 
世の中に高齢者がいっぱい存在している中、皆さん方は 「加齢が人間だけの特権」 と改めて聞けばビックリするだろう。

♣ まず 「加齢」 とは一年に一歳ずつ年齢の数値が増えることであるが、小学生が 「加齢する」 とは言わない。それは 「成長」 と言うし、成長が終ったら 「成熟」 であり、ここまでの年齢は遺伝子によって完全に管理されている。

♣ 生命は 成長・ 成熟 とともに繁殖を始め、子孫の確保が済めば一生を終える。ただ し人間だけは例外で、繁殖を終えた時期から 「老化」 のステージに入る。老化の初期は 「更年期」 とも呼ばれ、以後 子を産まず、従って生命進化の道からも外れた 「第二の人生」 となる。

♣ さて、「老化」 にはいろんな定義があるが、意味する所は 病気ではない 「更年期以後の心身機能の低下」 と言えば当たるだろう。病気なら ある人 ない人 さまざまだが、老化は必ず誰にもある。びっくりすることだが、老化は 自然界の 動物には存在せず、人間だけにみられる現象なのである ! え ナゼ?とあなたは思う。

♣ 自然界の動物は 「生存と繁殖」 をして、命を子孫に繋ぐ以外の目的はない。子を産み 育て終えると その目的は達成されるので、世代は交代され 命も子孫に渡される。これは 「進化」 の王道であり、地上のすべての生命が 過去 38 億年 に亙ってやり続けて来た道である。つまり動物は子を産み終えたら世を去ってしまい、更年期にも老化現象にもご縁がない。え 本当?

♣ でも、不思議に思わないで欲しい … 我々人間だって 戦前はそうだったのだ。その頃、人の寿命は更年期の手前 40 歳ころで終わり、その後の老年期を迎えられる人は特別な人に限られていた 。「お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出かけました」 と童話にはあるが、その昔は 40 歳 前後を爺 (じじ) ・婆 (ばば) と呼んだ (図 1) 。今なら その 2 倍の 80 歳を越えたころ やっと 爺 (じじ) ・ 婆 (ばば) と呼ばれる。

♣ では、ナゼ今、世の中に長生きの人間が増えたのか? それは人間には 「知恵」 があったからであり、近年の福祉と 「衣食住・ 電水熱」 の環境コントロールにも成功したからである。これらの要素無くして 庶民が老人になることは不可能であり、老化は 「知恵」 の勝利といえるだろう。

♣ 死亡の主因である 「飢餓・ 災害・ 捕食・病気」 などに対して 遺伝子 (DNA) はほとんど無力であり、特に 「老いた体を守る」 ことは遺伝子の役目ではなかった――分かりやすいイメージとして、鮭は産卵したあと やがて死んでしまう…一般動物もそうである…. それを頭に描けばよい。

♣ つまり、そもそも老化とは人が生きて行くうえで 「順当な現象」 なのだろう。それは 「ストローラーの 4 原則」 で容易に理解できる。老化は大別して 「病的老化」 と 「生理的老化」 に分けられる。病的老化は、病気、 たとえば 糖尿病や高血圧による動脈硬化などで引き起こされる老化であって、病気の人には早く老化が訪れる。

♣ これに対し、生理的老化は更年期以降に遅かれ早かれ、誰にでも必ず起こってくる心身の老化であり、老年学者・ ストローラー はそれを 4 大特徴 に分けた。 内因性 (遺伝子が決めている) 普遍性 (すべての人に必ずある) 進行性 (ジワジワ進行し、後戻りしない) 有害性 (常に体へ不利をもたらす ) 図 2)。たとえば、老眼、白内障、難聴、女性の閉経、骨粗鬆症などは誰にでも起こる訳であって、避ける手立てはナイ ! これを何に例えれば適切だろうか?

♣ 自然界の動物の死にざまは 繁殖が終ったらさっさと死んでしまう 「ピンコロ型」 である。これに反して私ら人間の平均的な将来は、更年期 → 生理的老年期 → 病的老年期 → 逝去 と、時間をかけるのが常であって、死にざまは 「ジワコロ型」 である (統計データによると、日本人の病気寿命は 女 12 年・ 男 9 年 であって、ジワリ ジワリ と逝く)。

♣ つまり人間は、このところ 「50 年 の繁殖期と 50 年 の老年期」 を持つ 「ハイブリッド生命 になったと言える。しかし、人は 前半の 50 年 を十分エンジョイして文句を言う人は少ないが、後半の 50 年 については不満がある …後半が 50 年 では 足らない、と大抵の老人たちは不平を述べる。

♣ 何をおっしゃる ! ! 生き物が子を産まずして 50 年 もの長い間 のうのうと 生きていられるって、38 億年 の生命史の中で 前例のない 特別な特権なのだ ... 永く生きたかったら、永く子を産むべし ... 子孫の誕生から離れて永く生きる生命は他にはない ... これぞ生き物の宿命である。

♣ 「加齢・ 老化」 表す言葉はあまり好まれないが、人間は 「老年期」 という、一般動物には決してない (有難い) 期間を近年に獲得したのである。老年期は繁殖期と同じだけの長さの 50 年 があり、動物の せわしない 「ピンコロ」 とは違って、ゆったりとした 「ジワコロ」 で人生の幕引きが出来るのである。この長い老年期に何の 不満・ どんな不平 があると言うのだろうか? 1963字

要約: 生命は すべて 「発育・ 成熟・ 繁殖」 の道を歩んだあと世代交代をするが、近年の人間だけは繁殖の後に 「老年期」 を余分に迎える。 生理的老化の 4 大特徴 は 「内因性・ 普遍性・ 進行性・ 有害性」 であり、特養の入所者は ごく普通に この道を歩んできた人々である。 私たちが もし夏目漱石  (なつめそうせき) のように 「明治時代」 に生まれていたら、漱石と同じように「 49 歳」 で天寿を迎えることになる。その 2 倍も生きていられる私たちは現代の仕組みに感謝しようではないか。

参考: ハイブリッド =  異なった要素を混ぜ合わせ 組み合わせたもの。例として「 ガソリン・ 電池」 の両方をエネルギーとして用いる 「ハイブリッド自動車」 。

職員の声 

声1: 人生 50 年は短かすぎるが、100 年は長すぎる(答: 100 歳の人の心身を観察すれば、このことが良く納得される)。

声2: 老化があるのは 「人間だけ」 なんて考えてもいなかった…. 犬や猫などの動物にも老年期があると思っていたが、違うのか?(答: 人間に飼われている 犬・ 猫 は 人間と同じように寿命が 2 倍老化し、癌・認知症にもなる。だが自然界の動物は子を産み育てたら 老年期などなく 早々と死ぬ 。人間の庶民も 「戦前は」 子を産み育て終えたら 認知症になる余裕などなく、爺・ 婆 になる前にみまかっていた)。

声3: なぜか 「ピンコロ」 を薦 (すす) める自治体もある(答: 経費が一番安上がりだからでしょう … ジワコロ10 年 (10年かけてジワリジワリ死ぬこと) なら約 5,000 万円の医療・介護の出費となり、その多くは自治体の経費で賄われるからね)。

声4: 人生後半の 50 年を 「健康で楽しく」 生きられれば本当に喜ばしい(答: 遺伝子は後半の人生を保護してくれず、癌・ 脳卒中・認知症などへと導く … たとえ どんな病気があっても、我々は 「健康や楽しさ」 より も 「長生き」 を優先する生命体なのである)。

(750) コ ペ ル ニ ク ス と 介 護

(750) コ ペ ル ニ ク ス と 介 護 
  
 コペルニクスの話から入ろう(図 1)。

♣ 彼は 16 世紀のポーランドの牧師 兼 天文学者で 「コペルニクス的転回」 という言葉で有名である。まだ望遠鏡が発明される以前に、彼は空の星々を肉眼で観察し、キリスト教で取り入れられていた 「天動説」 を否定、代わって 世界観が 180 度 転回する「地動説」を提案する予定であった。

♣ 天動説とは 「地球は不動であって、星々は地球の周りを回っている」 という考えであり、地動説とは 「その逆」 を考える説である。でも もし地動説を世間に発表すると、彼は教会に迫害されるに違いない。そこで彼は自分が死ぬ、まさにその日を選んで 「地動説」 という本を出版した … 用意周到な事だ。

♣ その時代、人や世の中は神の “お計らい” によって 「特別に創られたものである」 と信じられていた。しかし、コペルニクスの意見では、「我々は神に特別扱いされているのではない」 ( We’re not special); 「天」 こそ不動であって、動くのは 「地」 である」 という控えめな地動説を述べただけだった。

♣ 彼の死後、その説が広まるにつれ、その世界観は徐々に人々の受け入れるところとなり、固定された古代の 世界観・ 天動説 を 180 度 転回した立場で見直す、という姿勢が生まれて来た。しかし、宗教の世界は 俄かには変わるハズもなかった。また 彼を罰しようにも、彼はもうこの世の人ではなかった。

♣ コペルニクスの半世紀あとの 17 世紀、イタリアの ガリレオ・ ガリレイ が 世界初・自作の望遠鏡で 「月の山々」・ 「太陽の黒点」・ 「木星の 4 大衛星」 の観察結果を発表した。

♣ ところが、たちまち彼は教会に呼び出され、「聖書の記述に違反する反逆の罪」 として 「火あぶり」 にされかけた (図 2)。ガリレオは難を逃れて自宅で蟄居 (ちっきょ) 、世を去った。

♣ その後バチカン教会が自己の誤りに気づき、ガリレオに 罪のお許し を出したのは、日本で介護保険が実施された 2000 年のことだった —— 私は新聞でその記事を読み驚いたものだったが、その昔の教会権威とは強力なものだったのだ。だって、教会の正規なお許しが出るのに 400 年も掛かったのだから。

♣ さて、人間の能力が 他の動物とは画然と優れている点を 三つ 挙げてみよう:――それは、 (容積が 600 万年前 600 cc、今 1400 cc)、 声帯 (その位置が 猿のものより下方に下がり、声の多様性が可能 → 言葉がしゃべれる)、 (手が文明の全てを創る)。

♣ 「脳」 については良く語られるが、脳がどんなに良くても、その意思が 「声」 で伝えられなければ何も動かないし、「手」 で作業しなければ何も創れない。

♣ 人間の脳の特徴は、単に大きいだけではなく、情報入力に反応する出力形式が優れていることだ。つまり反応結果が 「すぐ」のこともあるし、 「一週間後」 のこともあるのだ。

♣ その一週間のあいだ、入力された情報は、出力されることなく、脳の中で ぐるぐる まわっている。この現象は 「ヒトだけに特有」 であって、これを「① 考える」と呼ぶ。

♣ 考えた結果は 上に述べた の「」で仲間に伝え、または の「」で現実を創って行く。驚いたことに、この ① ② ③ の機能は身体の遺伝子に組み込まれており、先祖から子孫へ伝わって行く。

♣ 人間は その後も優れた脳の機能を発揮し始めた。例えば、ヒト遺伝子には 更年期・5 0歳 までの生命方針が書かれているが、そこには書かれていない 「敬老精神」 というものを 「知恵」 によって開発し始めた。

♣ 「敬老」 とは単に 「年寄りを尊敬する」 だけではなく、近年は心身の老いた不自由な老人のお世話をするということに発展した。これが日本で 20 年前に実施された 「介護保険」 である。考えても見よ、人間はいつの時代からか、老いた親の口元に餌を運ぶようになった。

♣ これが人間の 「敬老精神」 の始まりだったのである。これこそ動物の本能とは全く異なる行為であり、言ってみれば、世に驚く 「コペルニクス的転回」 と言えるだろう。人間は賢くこれを身体本能と同じように受け継ぎ、大成して見事に 「介護保険」 = 社会的本能 に漕ぎつけ、それを世代間で正しく伝えるようになった。

♣ 「介護保険」 は日本ではまだ 20 年の経過に過ぎず、諸外国でも 歴史の浅い領域だろう。しかし、「身体本能ではない新しい社会本能」 をスタートし、それが継続してされている点、「まことに子孫に伝える価値の高い社会的行為」 なのである。

♣ 「介護保険」 こそ 人智の 目覚ましい 「コペルニクス的転回」 であって、それが高く評価される所以なのである。 1890字 

要約: コペルニクスの後、400年前にガリレオは合理的見解で天地を見つめ直したたが、それはたちまち抑圧された。 ヒトは 「頭で考え、声で伝え、手で創造する動物」 であり、時代の変遷とともに考えることが抑圧を逃れ、弱いものを助けるという行為が受け入れられる現代になった。 体の遺伝子ではなく、心の遺伝子によって今では 「人間らしさの思想」 が受け入れられるようになり、現在の介護保険が社会に根付くに至ったのである。
 
職員の声

声1: 動物は弱ければ淘汰されるが、ヒトは助け合える、ヒトの本能は素晴らしい (答: 頭で考え、声で伝え合い、手で実行する … このことが人類の優れた素質ですね)。

声2: 恐竜も時代と共に進化した … 「今を生きている私たちも」 社会的に進化するのは当たり前ではないか (答: 税金を払って保護を受ける … いつまでもこんな 受け身の制度 ではなく、ヒトは社会的本能を掘り起こして介護に乗り出したのだ)。

声3: 介護の進歩には 技術 だけではなく 思想 の両面で歩調を合わせる必要がある (答: 単なる 食事介助 をするだけではなく、 「敬老の心」 があってこそ立派な介護が完結する)。

声4: サルと同じ先祖を持つヒト …「頭・ 言葉・ 手」 を発達させて介護保険を創り上げた (答: どこが違っていたのかな?少なくとも 「頭」 だけではなく、コペルニクスのように 「言葉も手も」 みんな使って意思を貫いたのだろう)。




(767) 人 は こ け る

(767) 人 は こ け る

 今から 320万年まえ、アフリカで人類 初の女性が生まれた;名前は “ルーシー” 。

♣ なぜ “初” と判るのか?それは彼女が 二足歩行用の骨盤を持っていたからである。サルは移動時には四足歩行だが、ヒトは二足歩行だ。二足歩行によって、手が器用になり 大脳が発達し、人類の文明・ 文化に繋がった、と言われる。しかし残念 ! 二足歩行の欠点には 「転倒の発生」 があったのだ。

♣ 10月10日は テントウ と読む ことができる。そこで 「日本転倒予防学会」 が このゴロ合わせで 2004 年10月10 日 を 「転倒予防の日」 と決めた。以後、毎年 各地で二足歩行の唯一の欠点である 「 転倒を予防・ 研究する会」 が催されるようになった。今日は 10月10日を前にして、この話題を取り上げてみよう。

♣ すでにパールの安全管理でも 多数のアイテムが出典されている。まず 「日本天国論」 からスタートしてみる。日本は天国である、なぜなら この 74 年間 戦死者がゼロ、 体重を減らすことにお金を掛けられる、平均年齢が世界一、介護保険が世界無比で充実 . . . 。

♣ 次に 「日本地獄論」 : ④ 軍隊がないために、他国にもてあそばれる、 “スマホ”が普及するにつれ、子供たちが遊び回る、 物価が高く、生活が苦しい、 親が長生きで、介護に苦労する、 その割に高齢者の転倒・ 骨折は増え続け、誤嚥性肺炎・ 胃瘻 などの問題が山積みである . . . アー ! 天国 イクオール 地獄 である !!

♣では、ナゼ転倒はおこるのか?人は誰しもミスをしようとしてミスをするのではない。人と動作の接点があれば、ある確率でミスは発生する。例えば、パールの「 ヒヤリハット・レポート」 で 20 年間を通して、常に第一位 ( 70 % ) の案件は 「転落・ 転倒」 なのである。

♣ ミスが発生する状況に注意を向けてみると、(イ) 介護職員、(ロ) 介護をする場、(ハ) 介護システムそのもの、の三つに分けられる。もし失敗が、ある特定の職員に集中するのなら (イ) が問われ、また在宅サービスとか特養に集中するのなら (ロ) が問題となる。

♣ しかし、失敗報告書を見ると 「同じようなミスの繰り返しが多く、あまり改善・ 進歩の様子が見えてこない」 ようだ。このことは、失敗 (= 転倒)に対して正常なフィードバックができていない事を示しており、問題が (ハ) のシステムにある と思われてならない。

♣ お皿を洗えば いつかは割れる; 車は衝突する; 飛行機は落ちる; これらと同じように、お年寄りを預かれば、転倒事故がないはずがない; これはシステムの持つ確率 (高齢女性の二足歩行) に依存するようである。もし幾つかの選択肢があれば、人は必ず一番 悪い選択肢を選ぶ傾向がある、という冗談めいた指摘もあり、これは 「マーフィーの法則」 として知られている。

♣ 転倒が転倒だけで終われば 日常生活のアクセントとみなすこともできようが、問題は転倒が誘発する 「骨折」 、なかんずく 「大腿骨頸部骨折」 だ。ある報告によると 、全国調査での推計値であるが、一年間に 「頸部骨折」 を起こす頻度は、70 歳代の女性の 0.41 %、80 歳代で 1.48 %、90 歳代で 2.81 %である。

♣ 「頸部骨折」 を起こす一年間に 「頸部骨折」 を起こす 90 歳代は約 100万 人いるので、骨折は毎年 2.8 万人発生という計算だ。つまり高齢の女性を預かれば、「お覚悟を ! 」 と申し上げるほかはない。ところが 特養でお預かりする方の約半数は この年齢層の女性なのだ。

♣ そこで、私は 「六つのべからず」 という警鐘を鳴らしたので、ここで、おさらい したいと思う:(A) 急がずべからず (急がせたら 転倒・骨折) 、(B) 後ろから声を掛けるべからず (お年寄りは、振り向きざまに転倒・骨折) 、(C) まさか ! と思うべからず (待っててね、と念を押したのに、戻ってみると転倒・骨折 ! )

♣ (D) 外(ほか)で他者に呼ばれても、持ち場を離れるべからず (気を利かせて呼ばれた方に行き 助け、持ち場に帰ってみると 転倒・骨折 ! )、(E) 押し問答すべからず (トイレ内で 理を説き、分かってもらえたと思ったら、転倒・骨折) 、(F)日頃は 「杖歩行」 であっても、気を許すべからず (安心して見ていると 杖に足をからませて転倒・骨折)。

♣ 320 万年前の “ルーシー” も転倒しただろうか?たぶん、しなかっただろう。なぜって、彼女は 80 歳まで生きなかったからだ。今の人間でも 遺伝子天寿の 50 歳までなら、転倒しても “絶対に” 骨折には至らない。問題はだから、転倒だけでなく、如何せん、長寿と骨粗鬆症にあるのだ。

要約:  二足歩行は必ず転倒する、 90 歳を越えた女性は 「お皿のようなもの」 、こけたら 割れる !   もし割れたら 誠意をもって対処すること !  あなたの人格が見えてくる!! 1913字

職員の声

声1: 特養に転倒は付き物である(答: ヒヤリハット・レポート で 転倒報告の頻度が 当日報告の 7 割に及ぶことがある…. しかも改善の努力は実を結ばない.....転倒は単独行動の時に限って発生するから だろうか)。

声2: 高齢者は自分の骨が弱くなっていることを理解しているのか?(答: 話題の教育はなされているけれど、普段は無関心、転倒・骨折した後 勉強してやっと理解するありさま)。

声3: 転倒には 効果的な教育が定着しにくいうえ、重力に逆らう 二足 に依存するだけでは不十分なのだろう(答: たかが 「転倒」 、されど 「転倒予防学会」 という大げさな学会まである …. しかし、パールのヒヤリハット・レポートを見ると 開業の 20 年前と比べてほとんど転倒改善の傾向がみられない)。

声4: いつの間にか 「手すり」 のお世話になる….他人さまは転倒するが、残念ながら自分だって転倒はあり得るのだ(答: 初めて転倒した時は “まさか自分が….” とその前後を覚えていないくらい悔しいのである)。
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

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