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(190) 音姫の提案

(190) 音姫の提案    

 私たちは「節約」という言葉に「耳タコ」です。

♣ しかし、今回の 3.11 福島原発事件で、「電気の使い過ぎ」は 限りある天然資源の「ムダ使い」であることを頭に刻み込みました。時を同じくして、水道水の使い過ぎ についても「品質会議」で検討の目が向けられました。水は大量の電気消費を伴うからです。

♣ その「提案」はこうでした:― ご存知、女性のトイレの使用パターン まず水のフラッシュ音、ご用、再び水のフラッシュ音。このうち、 ①の水は不要なのではないか?その「理由」:一回の排尿量は 約250cc程度、これを洗い流すために、水を一回 8000cc (8リットル) 用いる。①と③で16リットル ! この16リットルがどのくらいの量であるかは、石油やお米を測る「一斗缶」(18リットル)を頭に浮かべれば想像できるでしょう。中には3回 流す人もあります。

♣ これに対する主な「反論」は:- 人にも依るけれど、女性の「排尿音」は案外に大きく、隣のブースにいる女性、または洗面所の鏡の前に立つ女性の耳に聞こえるのは、まことに 心苦しい。その排尿音を水のフラッシュ音で紛らせるのだから、①はぜひ必要です !! なるほどの理屈です。でも、音消しのためだけに 水8リットルは いかにも「もったいなく」ありませんか?

♣ そこで、「再提案」がありました:- 現在の女性トイレで「音姫 が装備されているのは一個のブースだけです。全部のブースに音姫をつける予算を計上します。誰もが「音姫」を利用して 水を大切に使い、節水に協力しましょう。二度流しをしなければ、女性100人で年間193万円の水道代の節約になります。皆さん方の感想をお聞きします。

    「音姫」とは、ボタンを押すと、排尿音を紛らわせる音量の「音」を出す装置です。

職員の声

声1: 私は「排尿音」を気にもしていませんでしたが(スイマセン ! )、ちゃんとマナーがあったのですね;1回流すのに8リットルも流れるなんて 思いもしませんでした。

声2: 私は排尿音を恥ずかしく思い、「二度流し」をせざるを得なかったのですが、まさか 一斗缶一本もの水を使っていたとは知りませんでした(ゴメンナサイ ! )。

声3: 私は二度流しを「当り前」と思っていました;まさに「湯水のごとく」水を消費していました;反省しています。

声4: 「音姫」を入れて頂いて 本当に安心です;有難うございました ♡ ♡ !

声5: この話、すっごく嬉しい;これでトイレも落ち着き、毎年 193万円の水道代が節約でき、地球にも優しいって 驚きです。

声6: 私(男性)は何の話か分かりません;音姫って何?いまだに不思議です(係り:男性には理解しにくい「排尿音」、女性はデリケートなんですよ ! )。

声7: 男性トイレでも二度流しをする人がいるバッカじゃなかろうか?係り:可愛いステッカーの「しょんべ小僧」が 目の前に張り付けられ“二度流しを防ぎましょう”とささやいています;その後、男性トイレでも二度流しが無くなりました)。

(189) 「死にたい ! 」と言う人

 (189) 「死にたい!」という人  

 介護の場面で「死にたい ! 」「死んでやる ! 」とご利用者が語ることに しばしば遭遇します。

一人目の事例 は、失禁をしたまま垂れ流して歩くので、自室はもちろんマンションの共有部分まで悪臭が漂うようになってしまった方。とうとう臀部が広範囲にただれてしまい、救急車を呼んだのに、病院には行かない と拒否 され「ここから飛び降りてやる」「死んでやる」などと暴言を吐かれていました。しかし、翌日には 職員に「入院したい」と訴え、すなおに入院;今ではパールの暖かいケアを受け入れるようになって、時折「ありがとう」との言葉が聞かれるようになりました。

もう一つの事例 は、2~3年前からパールと関わりのあった方ですが、自宅への訪問や介護を拒否し、「入院した時の御世話と 死んだ後の“献体”だけをパールに頼みたい」と言っておられました。しかし、とうとう体が動かせなくなった ある日、電話が掛かってきて 私(理事長)にこう言います:「次の三つの方法のうち 一つを選んで下さい :―― 第一は「ナイフで喉を突くこと、第二は入院・治療を受けること、最後は どこかの施設に入ること」。

♣ 唐突な電話内容でしたが、私は答えます:――「1 は駄目ね、バツ。2 はすぐ出来る。3 はすぐには難しいけれども、できるわね。」そして、私の訪問後、すぐ救急車で病院へ。病院でも最初は気難しかったようですが、看護師さんが素晴らしい。上手に受け止め、愛情で包んで下さいました。今では、毎日行く職員や看護師に「有難う」と率直に言えるまでになりました。

♣ 「死にたい ! 」と言う裏側には「寂しい」、率直に「助けて ! 」と言えない心理があるのではないでしょうか?「自分は 大事にされ、元気に生きていたい ! 」とおっしゃりたいのでしょう。だから、初めのうち拒否していても、関わる人たちの尊重する態度や愛情に触れるうちに「有難う」と言えるようになります。人嫌いの方でも きっと 受け入れて下さる ようになるのです。

♣ 大きな愛で ご利用者を包んであげましょう !

職員の声

声1: 「死にたい ! 」という言葉を聞くと、一瞬ドキッとします

声2: 「死にたい ! 」とおっしゃる方はたくさんあり、中には自殺を試みた方もあります;“私はじきに結婚しますが、その時まで待ってね」と話しかけることもありした。

声3: 「死にたい ! 」と言う方に対し、私は否定せず、ただお傍にいる事だけを心がけています。

声4: 「死にたい」 = 「大事にされて生きたい」と学びました;死にたい = 助けて = 甘えちゃおう、となる人もあります(係り:中には”お迎えがなかなか来ないので どうにもならん !”とつぶやく男性もありした;“閻魔(えんま)さまにもご都合 があるのだろう”と笑った一時でした)。

声5: 介護は、職員の「人間性が問われる仕事だ」と、つくづく再認識しました(係り:ビタミン「愛」が対応の基本ですね)。

声6:気力・体力から 死ぬこともできず、この問題は「どう生きれば良いのか? 」という問い掛けだ、と思いました。

(188) 国債残高 と 高齢者福祉

 (188) 国 債 残 高 と 高 齢 者 福 祉  

 パールは どんな場合でも、借金をしません が、職員の皆さん方は いかがですか? たいてい「借金」をしないように心がける人が多いでしょうが、マイホームのローンはせざるを得ないかもね。ローンって「借金」ですよ。国だって借金をします1) 国の借金のことを 特別に「国債」と呼びます。借りる人は日本国(財務大臣)で、貸す人は日本国民です。

♣ 私たちは 節約に励み、収入の1割程度を目安に貯金します よね。そのお金は ふつう 銀行に預け、なにがしかの利息を得て、自分の必要に応じて返してもらいます。銀行は預かったお金を企業等に貸出し、利息を取って営業活動をします。ただし、近年の銀行は お金の借り手がなくて困っています;それは バブル後の企業が 自己資金を蓄えている上、景気の低迷によって、銀行のお金を借りなくなったからです。他方、日本国は 不景気で税収が上がらず、政策の都合で「歳出」を増やします。つまり、銀行は「貸すお金が余っている」、は「お金が欲しい」。両者の都合が一致して、国は銀行からお金を借ります。借りたことの「証文の名前が“国債”」です。

♣ 国は借りたお金で はたして“元利合計”を戻せるような「営利事業」をするのでしょうか?(そうしないと お金を銀行に戻せない)。もちろん、いくばくかは営利事業をするでしょうが、大部分は非営利事業をします。それは:- 道路建設・教育・年金・医療や介護 そして公務員の給料とボーナス等。つまり国は銀行から借りたお金を、儲けることをせず 使いきってしまいます。もし 銀行からお金を返してくれ、と要請されても、戻す現金はありません。そんな場合、国は国民から取る税金を上げれば、銀行にお金を戻せます。しかし 税金を上げるのは、言うは易く 実際は困難ですね。だから、国は、国債をさらに発行して現金を手に入れ、それで銀行にお金を戻します。借りたものは返すのが当たり前ですものね。

♣ 私たちは「入るを図って 出ずるを制す」という金言に従って、収入を越える支出をしないように心がけます。しかし、図体の大きい国の収支は「なんぼ収入があったか?」を計算するのに 時間がかかります。その上、歳入が少ないことが分かっていても、教育・年金・医療介護・公務員の給料などは にわかに減らせません。そのため“国債”の利用が有難い、と分かったのです。

♣ 以前は 国といえども「入るを図って 出ずるを制す」で運営されていましたが、1975年、第一次石油ショックの後始末のために「5兆円」の国債を発行しました。そして、国も個人も同じ道、つまり「借金地獄のお決まりのコース」に転落してしまいます。今年の税収は約45兆円です。その税収に見合った運営をするのが「健全」なのでしょうが、国は諸般の事情により 約90兆円の支出をします。この差額 45兆円を国債でまかないます(借金財政)。毎年 これを繰り返しているので、過去の借金残高の総計は900兆円を越えるとされます2) その「つけ」は今の若者が支払う予定です

♣ 幸い、日本の場合、借金先は「日本国民」が95%です。つまり、今の若い皆さん方の貯金を流用しているので、皆さん方が「さあ、今 お金を戻して下さい」と言わない限り、国の「債務不履行」(デフォルト)(取り付け騒動)は発生しません。もし、外国から借金していたのなら、今年のギリシャみたいに、デフォルトが発生しかねなかったのです。

♣ 先週、アメリカではデフォルトが発生しそうになり、オバマ大統領が危ない舵を切って 国難を逃れました。イギリスでも 国民の「あれが欲しい、これが足りない」という声に応えて 政府が大盤振る舞いを重ねたあげくが 借金の山;キャメロン首相が年金・福祉・教育の大手術を始めたら、8月には若者たちの暴動・流血が ロンドンを始めとする 英国の各地に広がりました。このように、各国とも「国債」(借金)は 政府にとって大変 有難い「打ち出の小槌」なのですが、一歩 誤ると、国が滅び、福祉も潰れてしまいます

♣ そこで どの金額まで国債を発行しても大丈夫なのか?それが問題となります。日本の場合、国民の財産が1300兆円程度あるそうです。そこまで国債を発行しても、日本は債務不履行によって 国を乗っ取られる心配はありませんが、もう総額900兆円まで借り込んでいますよね。

♣ あと3年くらいで、日本は外国にお金を借りる事態になるのだそうです。困っちゃいますよね。もし、そうなると、せっかくの世界一健康長寿国の日本、そして世界一幸福な日本の高齢者福祉も「絵にかいた餅」になりかねません。皆さん方も、少し知恵を出して3) 、日本の国難を乗り切る行動を考えてみませんか?

  参考: 1) 国の借金 どうして増えたの? 日本経済新聞 2011.8.6(土曜版)。 2) パールの安全管理 # 110:2013年の危機。 3) # 107 : ペイゴー。

職員の声

声1: 知恵を出したらどうか?とのことですが、まず、「国債無し」の45兆円で予算を組んで欲しいです(係り:今は90兆円の予算ですから、必要な労働量も半分(給料も半分? )になりますね;イギリスの首相キャメロンがそれを始めたところ、主要都市で暴動火災が発生しています;日本の若者は内向き閉塞思考だから、そんなエネルギーもないかな?)。

声2: 私の老後の日本は借金だらけ、国の御世話にならずに老後を過ごす方法は ないものでしょうか?(係り:700年前、日本が蒙古の襲来を受け、戦費調達のために 時の幕府は「徳政令」(とくせいれい)という法律を出して、借金の棒引きを考えました——この方法なら政府は助かるでしょうが、銀行預金をした国民は路頭に迷います)。

声3: 私は“国債”を保有しています;私の大切なお金がムダに使われるのなら、解約したほうが良いのでしょうか?(係り:250万円でお米が100俵買えますが、あなたが高齢者になる頃、その金額では20俵しか買えません4) 。仮に解約しても、手元に戻った現金を箪笥預金にすると 物価変動により、もっとひどい目に遭います)。

声4: 渋谷界隈(かいわい)を見ると、日本にはお金が無いのだ、と感じます(係り:とんでもない !! お金はアメリカの次にドッサリあります;有効に回らないだけです;日本がヨーロッパの債務不履行すれすれの国々にならないよう、信頼できる政府を選挙で選びましょう)。

声5: 借金は膨らみすぎると返せません;街場では、最後のババを引くまで貸してくれるそうです;貸す方も借りるほうもグルでしょうか? 日本は「ええじゃないか、ええじゃないか」と踊りながら、社会秩序を失って行く心配があります(係り:島崎藤村しまざきとうそん)の「夜明け前」の小説を読むと、徳川時代末期の「ええじゃないか節」が出てきます:時は徳川政府・京都政府・尊王攘夷(そんのうじょうい)の志士達の不安定な社会情勢、それを反映して 民衆は「えいじゃないか節」を歌い、踊り狂ったそうです)。

声6: 「借金がある」とは「信用があるから」と教えられて来ましたが、もう納得できません;借金をしない政治をして頂きたいです(係り:将来にツケを残さない、問題解決型の政治家を選挙で選ぶことが大切ですね)。

参考: 4) パールの安全管理 # 132 = 命:魔法と現実。

(187) 学び、 かつ 表現する

 (187) 学び、かつ表現する   

 考える力は大切ですが、その基本となる日本語も重要です。

♣ 私たちは 何のために勉強するのですか? 専門に関係なく、自分の頭で考え、自分の言葉で表明できるようになるために勉強するのです。外国では、自己主張しない人は 不勉強で無能だ、と思われるだけです。学んだことは 自分の言葉で表現しましょう

♣ パールの研修会では、必ず「研修・感想録」を記載して提出願っています。「打てば響く」というような、立派な見解を示す職員から、「役立った、勉強になった」と 投げやりな反応の人まで 色々です。「役立った」では、「何がどんなに役だったのか」が伝わってきません。「勉強になった」も同じくです。感想文としては、ペケですね。こういう職員でも、2~3回後のレポートでは、指導に従って、自己主張ができるようになります。

♣ また、自分の考えを持つだけでなく、それをキチンと話し・書きとめることも重要です1) 。特に、決められた時間で、または 決められた文字数で、速く書くことは一生の課題です。これに関しては、上には上があり、私自身もこの課題の生徒であって 四苦八苦 頑張っております。

♣ パールの研修会では、毎回 話題が数個提出され、発表担当の各職員はA4一頁以内にまとめて10分以内に しゃべります(ストップ・ウオッチで記録されています)。聴衆の皆さん方は、各自の記録帳に ご自分の感想を数行程度にまとめる訓練がなされています。後で、私がすべての記録を読み、そのレズメを各員の名前ごとに 次回の会議で発表します。3人の職員が直前に指名され、それを読み上げます。これがまた、スリリングで、汗びっしょりになるようです。「人前で読み上げる」ことは、かなりの緊張を伴う訓練になります。

♣ ご自分の意見が名前付きで みんなの前で紹介されるということも、ちょっとしたスリルがあるでしょう。建設的な すばらしい ご意見に対しては「金鵄勲章」(きんしくんしょう2) を差し上げます。

♣ かくして、皆さん方は長足の進歩を遂げておられます。「得手に帆を揚げる」という金言がありますが、良循環をこの目で見る思いであります。

  参考:パールの安全管理  1) # 25 : 言語化し煮詰める。 2) # 161 : そらんじよ !!

職員の声

声1: パールでの仕事は「考え行動する」だけでなく、「文章化して発表」することまであり、それが 年々私たちを育ててくれる、と感じます(係り:パール一年生とパール三年生とでは、その違いがすぐ分かります)。

声2: 会議で10分以内のスピーチを済ませるのは、本当に訓練あるのみ です(係り:従来、のめり込んで15分を越えた方もありました;それ以外は 自発的に8分前後で 取りまとめておられます;短すぎる発表なら 討論時間を長くして納めます)。

声3: 10分間という制限は 短いようで長いです;その中で発表することの緊張感を学んでいます(係り:これが社会生活の中で すごく役立つのです;制限時間を無視したスピーチは それだけで不合格です)。

声4: カン・メイ・ビ(簡単・明瞭・美しい)3, 4) と学びましたが、私は しどろもどろ です(係り:カン・メイ・ビ は あくまで目標です;テレビで見るように、賢い官僚が 人を食ったような 分かりにくい答弁をするのを真似てはいけません)。

声5: 「自分の考えを持つ」「限られた時間内で発表する」を改めて確認しました(係り:専門的な脳の分析言葉で言えば:自分で考え 時間配分をするのは「前頭葉」の、言葉を選び しゃべるのは「側頭葉」の、そして みんなを見つめて反応を確かめるのは「後頭葉」の役目ですね;たかが“発表”、されど“全脳活動”なのです)。

参考:  3、4) パールの安全管理: # 7 : 観察と予測。 # 16 : マニュアル敬語。

(186) 介護における自由と秩序

 (186) 介護における自由と秩序   

 200年前のフランス革命で「自由・平等・友愛」というモットーが掲げられました。今 私たちは 当たり前と思うモットーなのですが、人類の歴史の中で ここまでたどり着くのは大変なことでした。

♣ たとえば 2000年前のローマ帝国の時代、自由で平和な生活を謳歌(おうか)したのは良いが、その結果、人は子を産まなくなり、深刻な「少子化」に悩み、皇帝アウグストスは、いろんな対策をねりました1) 。その一つは 独身中の男性、離婚したままの男女、へ課税する、または社会的昇進を制限する、などでした。要するに、男女は結婚して子を設けよ、です。また三人目の子を産んで、初めて一人前のローマ市民の権利を与える、とする「自由の制限」も考えていました。

宗教は これ以前にも 以後にもありましたが、なかなか「自由」というものは 扱いにくい代物だったようで、どの国の宗教でも 中世から近代にかけ、不自由と不平等こそあれ、広い意味での人間の尊厳は、口に出して言及されにくかったようです。だって、高い立場の人にとって「自由」を讃えれば 現存の「秩序」が失われかねなかったからです。

♣「自由」もあって「秩序」もある、とは得難い社会環境であり、現在の先進国でさえ 努力を積み重ねて やっと手に入れられるものでしょう。両者は 互いに矛盾する概念ですが、この二つはどちらも、パールにとって必須なアイテムです。そのために必要な能力は 優れた「バランス感覚」ではないでしょうか?バランス感覚とは、何事にも、互いに矛盾する両極端にある事柄の中間に腰を据えることです。バランス感覚とは、両極の間を“行きつ戻りつ”を繰り返して、しばしば一方の極に接近する場合もありますが、問題の解決に適した、ある一点を探し求めるという、ある種の 永遠の移動行為なのでしょう

♣「自傷・他害のおそれ」がある高齢者について、私はしばしば、この「自由制限とバランス感覚」について考え続けています。教条的な「一般解」はない と思っています。

  参考: 1) 塩野七生、ローマ人の物語 VI: p141. 少子対策(新潮社 1997年)。

職員の声

声1: 自由と秩序は互いに矛盾するものだ」という趣旨が、すごく良くわかりました(係り:ご利用者にも、また職員全部にも通用しますね)。

声2: 私は自分の子供に「自由には責任が伴う」と教えます;人さま迷惑を放置してまで自由を求めません(係り:あなたは 立派なお母さんです;このところ 相変わらず見られる「モンスター!!」2) 、自由を求めた欧米諸国でも、かって こんなモンスターがいた時期があったのでしょうかね)。

声3:ご利用者の「信頼」は職員の「秩序」の上に成り立つ と思います。

声4: 修羅場(しゅらば)のゴミ御殿、「私はここで死ぬ !! 」と言い張るご利用者の拒否行動を、職員たちの熱意で乗り越え、ケアの受容に導かれた理事長グループのアクションを感嘆の目で見つめています(係り:ものごとは考え、かつ“場数”(ばかず)を踏まなければ なりません)。

声5: 「自由と秩序」を勝ち取るために不可欠な要素、それは「愛の存在」です;事務的・教条的なアクションによっては 「自由と秩序」はもつれたままになるでしょう(係り:福祉とは、「自由も秩序も」失うことなく、バランス感覚を磨いて「人の尊厳」を尊ぶことなのでしょう)。

参考: 2) パールの安全管理 # 54:モンスター。 # 110 : 2013年の危機。
 
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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