(674) 三 つ の 言 語 障 害

(674) 三 つ の 言 語 障 害

新年度に入って五月、気分を改め その昔の新人時代を思い出そう。皆さん方は 超高齢者とお話する機会が多いと思うが、彼らの話し方の特徴はいかにも「老人風」であることに気付くだろう。

♣ その理由は、齢をとると、認知症の頻度が「85 歳で 4 割、100 歳で 8割」と増えることを反映する。高齢者であっても、認知症でない人なら普通のお喋りであるし、認知症になれば認知症風の話し方になり、後者を 「老人風」 と呼んでいるわけだ。今日はその二つの違いを勉強する。

♣ 近年、65 歳以上の人(厚労省の言う “老人”) であっても 「自分は健康だ」 と思って 活動的な人が うんと増えた。でも同時に 老人の総数も増え、高齢者との日常的な会話で、従来 知られることの少なかった 異変 に出会うことも増え、私たちを戸惑わせる。今日の話題の 「失語症」 も その一つである。

♣ 日帰りの デイ・サービス の M 様( 81 歳女性 要介護 3 )は脳卒中後、失語症が始まったと言われている。私の新聞知識であるが、「失語症の方は、平仮名は苦手で五十音は混乱する」 と記載されていた。ナゼこのようなことが起こるのか?

♣ さて、言語障害には 3 種類 がある。 運動性失語 (ブローカ失語、ブローカとは医師の名前) :「運動性」 とは、言語発声に関する顔や喉の筋肉運動のことであり、そこが故障すると言葉の異常が起こる( * 。故障の起こった脳の場所は 「前・左側頭葉」 にあり、言葉の命令が出なくなる; 特に 「最初の言葉」 が出ない。

♣ さらに、形容詞が無くなる(例: チチ…カネ…ナイ 、など) 。まるで 電報の文章のようだから 「電文様」 と表現する。また、とつとつとしているから 「非流暢性」 とも言う。読む漢字は苦手、仮名はもっと苦手である。ちなみに、左側の脳梗塞後には、ブローカ失語が伴いやすく、その場合、体の麻痺は 「右側」 に現われる。

三つの言語障害

感覚性失語(ウェルニッケ失語、ウエルニッケも医師の名前): 「感覚性」 とは、言語を理解する脳機能が故障することであり、その故障場所は やはり 「左側頭葉」 ()にある。他人の言葉を聞いても理解できない。自分の言葉は出るけれど、文法はグチャグチャである (例: 私 お芋 青い 渋谷 暑い、など) 。言葉は するする出るので「流暢性失語」という名前もある。もちろん、本人は自分の言ったことを覚えていない。

♣ これら脳の障害の主な 原因疾患は 「腫瘍・外傷・脳梗塞・脳出血」 であり、障害範囲は 「限局性」 である(病巣の大きさが “栗 ~ 卵” 程度と小さい)。多くの場合、失語 以外の症状は軽度であり、お喋り以外は一見 正常な人である。

♣ 失語症はこれら「二つ」であって、名前が有名な割に、実例は案外に少ない。もし失語が「運動性 + 感覚性」両方の特徴を持っていれば 「全失語症」 と言う。

認知症の言語障害 は驚くほど多い … ナゼなら 日本では高齢者が年々増加し、認知症もどんどん増え、今では 500 万人、やがて 800 万人に倍増していく。さらに上記の失語症は比較的に安定しているのに反し、認知症の言語障害は年々進んで行き、最後には 「全失語」 に至る特徴がある。

♣ 認知症は人間の人間たる理由の 大脳細胞の減少 によって起こる。つまり上記の ① ブローカや ② ウェルニッケは 図 に示すように狭い範囲の脳障害であるが、認知症での障害は大脳全体に広く浅く起こる のだ … このため その特徴も異なる。

♣ 認知症の周辺症状である 「大声・多弁・寡黙(かもく)常同(じょうどう) 」も一種の言語障害であり、その原因は 大脳の全範囲に及ぶ脳細胞の脱落に基づく。それ故、認知症の言語障害は 失語症 とは言わない。

♣ 中核症状の 「失見当識 = 時・所・人」 の判別不能がこの順で起こり、認知症の進行に伴って 動物と同じように「時」が分からなくなるから、「死」の恐怖もない。「所」も「人」も分からなくなるから、言語障害なのか 意識障害なのか曖昧になって、トンチンカンな会話となる。

♣ 「失」 (しつ) の文字がついた認知症の症状例を挙げてみよう: 「失読」(しつどく) = 字を見ても意味が分からない。「失書(しっしょ) = 自発文字が書けない。「失行 (しっこう) = 意味ある一連の行動ができない(ライターを渡しても、なで回すだけで、火をつけられない—— この失行の点でヒトとサルの違いがよく分かる)。「失認」 (しつにん) = 見えたり、聞こえたりするが、その意味を理解しない。

♣ 「あーうー」 と言うだけで喋れないのは 「運動性」失語症、「きょとん」として意味を分かって貰えないのは 「感覚性」失語症。「運動性」と「感覚性」失語症の両方の特徴があれば全失語症」と言って、認知症の末期にはこうなる。ただし「難聴」は「耳」の問題であって失語症とは区別される。

♣ 失語症の治療・リハビリは言語療法で対応するが、一般の「麻痺」のリハビリと同じように、その道はけわしく、忍耐を要する。 1966字

要約: 言語障害は、 一見 正常に見える人が 「しゃべれない」 = 運動性失語。 他人が しゃべっているのに 「意味の理解がない」 は 感覚性失語」である。① = ブローカ と ② = ウエルニッケ の名前はよく知られている割に 実地では 少ない。これに対して 認知症による言語障害は日常的に多数 経験される。これの原因は大脳細胞の全般的減少によるものであり、特有の「失見当識」(しつ・けんとうしき**を伴う。これは また「老人風お喋り」の特徴でもあり、認知症の目印とも言える。

参考:  看護のための症状 Q&A  https://www.kango-roo.com/sn/k/view/3518. ** 失見当識 = 時・所・人の見当が付かない状態。

職員の声

声1: ブローカ失語・ウエルニッケ失語なんて初めて聞いた … デイ・サービスには大声の人はいないが、「多弁・寡黙(かもく)・常同(じょうどう)」 の人をよく見かける(答: 福祉関係では 「認知症」 による言語障害が圧倒的に多い ! )。

声2: 脳の左側や脳全体に及ぶ障害によって、こんなにも言語障害が異なるとはとても勉強になった(答: ふつう、言葉の違いなんて 「その人の個性」 くらいにしか思わないが、キチンと原因場所による理由があるのである)。

声3: 言語障害の元は 神経細胞の脱落 にある、とは怖いことだと思った(答: そこに存在する細胞が腐ったり癌になったりするのなら まともな対応方法も考えられる… しかしそこに有る脳細胞が消えてなくなる認知症なら、「困る」以外の対応法はない)。

声4: 私は認知症の方の会話を失語症の観点から考えたことがなかった … お話を聞けば、なるほど 脳細胞が脱落 することに原因があったのか(答: 言語障害には 脳の問題と構語(発音器)の障害 があるけれど、認知症の言葉使いにも関心を示して理解をしよう)。


(681) 美 し い み ま か り

(681) 美 し い み ま か り  

 20 世紀半ばまで 日本の人口構成 パターンは 完全なピラミッド型 (図 左)であった1)

♣ それの老人問題の特徴は:―― 人口は年齢別に 毎年 約 1 % の割合で減る; その結果 老人の数は若者より必ず少ない、 数の少ない老人の老後は 数の多い若者で看て貰うのが楽(らく)だった、 老人の眼で見れば ピラミッド型の人口構成は “極楽”、しかし若者から見れば毎年 一定数の仲間が死亡して行くのだから脅威(きょうい)であった。

経済の発展により人口構成はピラミッド型 (図 左) からその後 茶筒型(図 中)を経過して 凧(たこ)型(図 右) に変わる 1 ) 。近年の 茶筒型 の場合、老人問題の特徴は:―― 70 歳まで中年代の人々の数は減らず、どの年代もおよそ同じ数であるがーー団塊時代の二山を除くーー、以後は直線的に 毎年 3.3 % ずつ減って 100 歳に至る 1 ) 幼若者はどんどん減り、老人の老後を看る若者の負担が増える。

美しいみまかり

♣ 元気な老人も 70 歳以上生きれば さすがに弱って来る人が出始める。若者は 老人が認知症で自立生活ができなくなっても生き続ける様子を見て、ヒトはナゼ衰え、ナゼ死ぬのだろう?と自問自答する。

♣ 近年の科学の進歩により、長寿の説明は ヘイフリックの回数券 50 枚説や ガン細胞は永久に死なない事実が紹介され、ヒトの寿命はコントロール可能の灯りが見え始めた。だが長寿に関して介護現場の人たちの顔は決して明るくない ―― なぜって、「長生きできれば 本人は満足だろうが、その人の生活の面倒を誰が看るの?」という疑問が真っ先に来るからだ 2 )

♣ その老人は戦後 総人口の 4 % 程度 だったものが 今 28 % と 7 倍に増え、少し後には 40 % になる計算だ ―― その上 老人の面倒を診る若者の数は 1/2 に減る ―― 差し引き、若者の負担は 14 倍 に増える のだ。もし老人が 「病気」 で 「長生き」 すれば、納税者がどうなるか、あなた 考えたことがある?昔 「子沢山」 で国は栄えたが、今 「老沢山」 で国は、北欧諸国のように しっかり頑張らねばならない。

♣ ここで 演習として、要介護予算の代表ケースとして “要介護 2 ” を選んでみると―― 毎月の予算はお一人様約 20 万円だ。この額は大学卒初任給料 20.2 万円(厚労省)とほぼ一致する。つまり大卒初任者一人が給料全部をはたいても やっと 介護 2 お一人 の予算を賄える に過ぎない…しかし、もしそうすれば、自分が丸裸となるから、仲間 5 ~ 6 人と組み お金を分担し合って要介護 2 お一人を支える必要がある。

♣ もし、要介護 5 (毎月約 35 万円)お一人分の予算を賄うとなると、大卒初任者が 10 人ほど必要となる。パール特養の入居者定員 50 人を養うとなれば、500 人の大卒初任者の関与が必要となり、入居者維持に要する大規模な経費に驚かされる。

♣ 働かない多数の人権を守ることは このような大事業であるが、当の老人たちは何も知らずにお過ごしだ。「病気で長生き」 をする人の 「尊厳」 を守るために こんなに大規模な経費が掛かることを見て、若者たちは “自分の場合はピンコロで逝きたい” と洩らす 3 )

♣ そこで、その 「ピンコロの実態」 を見てみよう。 ピンコロ とは、持病がない老人の急死であり、1 時間 ~ 1 日 の経過で逝く。これは 「藪から棒にポックリ」 という急死ではなく、その実態の 7 割は 自分の心臓病に気付いていなかった人の 最後の突然死である。

美しいみまかり

事故死でピンコロを希望する人はいないだろう。

♣ 老人の本筋のピンコロは (イ) 風呂溺れ ―― パールの在宅介護で毎年事例が発見されている。これは今や 交通事故死の年間数 5,000 人を越えており、圧倒的に高齢者の事故、特徴は お湯の中の居眠り死である(上の図 = 風呂溺れの数下の図 = 入浴中 寝ている時間)。 ナゼ 高齢者で年々増えるのだろう?

美しいみまかり


♣ 次に多いのは、 (ロ) 大動脈瘤破裂であり、パール 19 年間の観察では、92 歳女子 1 例のみだった(前夜まで症候なし、翌早朝 大動脈破裂で即死)。 三番目の (ハ) 大動脈解離(かいり)は、同じく 19 年間で 95 歳男子の 1 例だけだった(胸痛発作で救急病院へ、苦悶(くもん) 4 時間後 大動脈解離で死亡)。 (ロ) (ハ) は稀であって、希望しても叶えられるものではない。よく引用される 「急性心筋梗塞」 は近年 初回 の発作は大抵 助かり、以後 何年かの経過で亡くなる。

♣ 多くの若者たちはロマンティクに、夜 寝る時はふつうに床につき、朝 冷たくなっている “美しい みまかり” を夢見る….「でも私の体がすっかり腐敗した後の発見はイヤよ ! 」などと冗談をおっしゃる。

♣ どこまで本気かな? 夢を語るのは自由だが、ナゼそれほどにピンコロ願望が強いのだろう? 認知症の死と異なり、若者のピンコロならきっと 「美しい みまかり」 と思うからだろうか? 1984字

結論 : 介護に ヒト・モノ・カネ の物入り、あげくの果てに “美しい” とは言えない最期の姿がある場合、若い介護士の心は晴れない。 人々がピンコロに過剰な興味を誘われることのないように、「死が 美しい」 と思えるような条件を求めたいと思う。 お年寄りだけに限らず、私どもみんなが 「美しい みまかり」 で世を去ることが出来ればなー、と私は念じる。

参考: 1)  新谷:「屈折年齢と福祉」;福祉における安全管理 # 579、2016. 2 ) 新谷:「長寿、え?1,000 歳?」;ibid # 582, 2016. 3 ) 新谷:「図説:ピンコロで逝きたい人」; ibid # 627, 2017 

職員の声

声1: 風呂溺れは 「気絶」 による、と聞いたことがある――温度や血流の変化で梗塞・心不全におちいり溺れるのではないか?(答: それは有り得る… でもその死亡診断を 「気絶」 とは書けない、そのためにはいちいち煩雑・高価な 病理解剖の分析 が必要になる)。

声2:  「美しいみまかり」 とは綺麗な日本語――私は自立して生活を続けながら、美しく身罷りたい(答: 最後まで現役を、というあなたの主張は素晴らしいことだ)。

声3: 寝たきりの在宅ご利用者、どのような人生の締めくくりを望んでおられるのだろう?(答: パールでは寝たきり 10 年の胃瘻患者が一人おられるが、枕元で 「みまかり」 についての会話はありません)。

声4: 美しいのはやはり 「老衰死」 ではないか … 穏やかな眠りに就いたその姿は 「神聖」 にも見える(答: ほぼ誰もそう思う…しかし一部の権威者は直前まで 「生の尊厳」 の手を打て、と意見を引かない… スパゲッティ賛同者は案外に強硬なことがある)。




(680) 3度目の 「六つのべからず」

  (680) 3回目の 六つの 「べからず」

  先週のヒヤリハット・レポートから一例を示す:―― 

♣ 「私は K さん( 96 歳女性)を夜間のトイレ付き添いをしていた時、外で人声とアラーム音が鳴ったので、座を外してこれに対応した ―― アラームは 「不眠」 の訴えだった――対応を済ませ 3 分後にトイレへ戻ってみると K さんは便器の外に転倒、強い痛みを訴えていた。救急搬送で病院は運ぶと、診断は 「大腿骨骨頭骨折」だと判明した()。

♣ 近日の夕刻の申し送りでは別の事件が報告された:―― N さん( 87 歳男性、アルツハイマー)は「ずり落ち・尻餅」の多い人で気をつけていたが、夜間のトイレ・ケア中に、遠くから呼び出し音があったので手助けにおもむき、すぐ帰ってみると N さんはトイレの傍でもう転倒していた … 幸いに怪我はなかった。トイレ内のケア中には外部対応に気をとられてはいけない、と教育を受けていたのに、迂闊(うかつ)であった。

3度目の「六つのべからず」

♣ このような報告は後を絶たず、悩みの種である。さて、「六つのべからず」 をお話しするのは これで 3 回目となる … 現場の職員にも言い分はあるだろうけれど、それほどにこの問題は深刻なのである。おそらく、各部署で語られた教訓はいっぱいあると思う。その教訓を 門外不出 にせず、集めてみんなの教訓にしたいものだと考える。ごく単純ながら、ここに復習してみよう。

ぐずぐず すべからず :――ナースコールが鳴る… これで何度目か?居室に行ってみたら P トイレ前で A さん( 98 歳女性)がベットの傍に倒れていて痛みを訴える … 同輩の協力を得て救急車を呼ぶ …左大腿骨骨頭骨折の手術となる()。今まで何度も転倒で呼ばれたかただったが、今回が “万年目の亀” 1 ) となってしまった。

後ろから声を掛けるべからず :――後ろから名前を読んで声を掛けたら、O さん( 84 歳女性)は、振り向きざま ゆらりと横転、左上腕骨折、病院で手術。お年寄りの三半規管の機能(平衡感覚)は落ちていることが多い。老人には加齢現象として「無自覚の微細骨折」が必ず存在し、それがちょっとした機会に本物の骨折に至る。まさに ”万年目の亀” 2 ) であって、不運を嘆かないようにしよう。

まさか ! と油断すべからず :――デイサービスの朝、流れ作業で送迎バスから玄関へ人の流れがある。お一人の M さん( 90 歳女性)が玄関のマットの縁につまずいて転倒、救急で病院の診察により 「鎖骨」 にひび ! .骨折でなく「挫傷」ですみ、ホッと胸をなでおろす。畳の「縁」の足を取られて転倒する老人はよく知られているが、玄関マットにも同じ問題があった !

外部で呼ばれても、持ち場を離れるべからず :―― Y さん( 88 歳女性)のトイレ・ケア中、遠くから呼び声がする … 氏に「動かないでね ! 」と念押しして、呼ばれた声のほうに行き、対応をすませ、元のトイレに戻ったら、氏はその場から移動していて、しかも転倒・骨折 ! … 考えてみれば、認知症の人に 「念押し」 しても “聞く耳” はなかったのだった。

押し問答すべからず :―― D さん( 79 歳女性)のトイレ介助、氏は私の同室を拒否 … 危険を感じたものの、やむなく氏を一人にして、トイレの扉を閉めたところ、氏は中ですぐに転倒、大腿骨骨折。私は責任を問われてしまう ――本人の意思を尊重したら事故になった … どうすればいいのだろう? 

♣  日頃 杖歩行でも、安心すべからず :――デイサービスが終わり、腰かけて帰宅順番を待っている時、A さん( 94 歳女性)は、ちょっと目を反した隙に、突然立ち上がり、一人で杖歩行を初めて 3 m 行ったところで、杖に足をからませて転倒・左大腿骨の骨折。ご家族は施設内の骨折であることを理由に 許して下さらず、医療費の全額支払いを求めた。

①~~⑥ は 何とみんな高齢の女性の認知症であった ! 認知症の最大の特徴は「意思が通じない・ 待てない」事であろう。こちらが言った事は相手に通じていないし、時間の観念が消失しているから 1 秒も待てず、発作的に立ち上がり転倒だ。初心者は高齢女性の 「このリズム」 を早く習得して欲しい。

事故への対応 (A) いちはやく上司へ相談、救急車も考慮、 (B) 家族やキーパーソンへ連絡、 (C) 家族への報告は “事故の事実だけ” を伝えること … 余分な解説や状況判断を付け加えてはいけない。個人の判断で善意に伝えても間違っているかも知れず、まして弁解やウソは絶対に言ってはならない――裁判沙汰になると苦境に立たされてしまう。

♣ 参考までに数値を述べる。パールの特養では大腿骨骨頭骨折の頻度が … 70 歳代で 20 %、80 歳代で 30 %、90 歳代で 60% … 90 歳代の過半数は骨折しており、さらに左右の両側骨折はすべて 90 歳代。つまり女性は高齢になるにつれ、まずは骨折する運命にある、という覚悟で介護に当たらねばなるまい。それだけに 「六つの “べからず” 」 という教訓は 「介護の金言」 とも言えるだろう。

♣ 人間は、動物の中で ムリな 二足歩行 を選択した生き物…それが有用なのは還暦の 60 歳頃までだ。戦前は人生 50 年の時代であり、還暦を遥かに超えた 90 歳代で二足歩行をするのは 付き添い無しでは危険だ、と気付いて欲しい。にも拘わらず本人たちは 無意識に 自分はいつまでも一人で歩ける、と錯覚し、その結果 転倒・骨折に至る。

♣ 現場での 色々な教訓は教科書に書いてないから、上記の 「べからず」 を うまく介護に活かして欲しい。2133字  

要約:   介護をしている目の前で骨折を起こした 2 例を述べた。 初心者でなくても、我々はつい気を許して骨折事故に出会ってしまう … 事前に注意する 「六つの “べからず” 」を述べた。 超高齢で “二足歩行” をする経験は、人生 50 年の昔にはなかった … 甘く見て些細なことで起こる骨折は後を絶たない … “べからず” を心に銘じて欲しい。

参考: 1 ) 新谷: 「万年目の亀」::; 福祉における安全管理 # 1、2010. 2 ) 新谷: 「しつこい腰痛と微小骨折」、 ibid # 647, 2017.

職員の声

声1: 「待っててね」、と言っても相手は 1 秒後には忘れ、転んで骨折だ(答: 思い出せ ! 中核症状の第一番目は「時間観念の喪失」だ… 認知症の人に「待つ」という時間観念は消えている)。

声2: 私は 18 年間勤務して、やっと「べからず」の気分が分かった――「心」では分かっていたが、「体」が覚えていなかった(答: 「べからず」に共通なことは「認知症とは何か」をキチンと理解し直すことだ、その中核症状とは何だったかを)。

声3: ① ぐずぐず、② 後ろから、③ 油断、④ 持ち場を離れる、⑤ 押し問答、⑥ 安心 … これら六つを守れば事故は激減するだろう、が、心せよ ! 人は失敗を起こすものである ! (答: 失敗に関しては「ハインリッヒの法則」というのがあって、失敗に気を取られ過ぎると、かえって失敗をしでかす)。

声4: 注意に注意を重ねても、転倒は年に何度か発生する(答: 二足歩行の高齢女性の転倒はごく当たり前だ… 問題は後ろに控えておられるご家族に 状況の申し開きが立つか否かだ… 分かっていただけるか?)。

(676) 介 護 寿 命 を 短 縮 す る

(676) 要 介 護 期 間 を 短 縮 す る  
    
 厚労省やマスコミは 近年 「全寿命は変えないで、 介護期間だけを短縮する方法」 を手探りしている。ここでお願いながら、頭の混乱を避けるために、「平均寿命」を「全寿命」と置き換えることを お許し下さい。

♣ 問題になっていることは、日本の全寿命は世界一長いが、要介護期間もなかなか長いことだ(図1)。ここで述べる平均寿命(全寿命)とは、健康寿命と介護期間の合算であり、それぞれ男女差があり、男性・女性はそれぞれ介護期間が 9 年・ 12 年ある。

♣ ここで問題になる 「要介護期間」 の定義は三つあり、日常生活で他人の援助が必要となる「依存寿命」、 「護保険のサ-ビスに頼る要支援1以上」、 「寝たきり」の病気になった状態、の三つである。

介護期間を短縮する

♣ しかし ① ② ③ は 互いに重複する期間があるので、客観性のある ② を介護期間とすることが多いようだ (中には要介護 2 以上と定義することもある)。しかし北欧諸国では 「寝たきり」 の存在を受け入れないので ① と ② のみが対象となる。

♣ 戦前の日本の全寿命は 50 歳、他人の手を必要とするような (老人のオムツ、食事介助など)はほとんど実効は無かった。 の 介護保険も無かった。 の「寝たきり」は主に結核があったくらいで、その経過も長くはなかった。したがって、戦前の人々は主に健康寿命のままで世を去った わけであり、介護需要があってもその期間は短く、「全寿命」も「健康期間」だけに限定されていた。

♣ 現在でも健康寿命だけで 男 71 歳・ 女 74 歳であり、戦前よりも 20 年以上増えている ( 図 1 )。 もし今の時代が 70 歳近辺で逝く時代だとすれば、皆さん方は不満だろう。健康寿命の後に介護期間が加わってこそ、現在の日本は世界一の長寿になっているのだ。これはパラドックス (逆説) のように聞こえるが、健康寿命が たとえ今のままであっても、介護期間が長びけば、その分だけ 死期 も だらだら 延びる。

♣ ところが、介護保険の導入でせっかく伸びた介護期間だが、それを短くできないものか、と世間は思い始めた。その主な理由は 、老人が増え過ぎて介護費用が莫大になったこと、さらに 介護期間の人々は社会貢献が乏しく、不健康になっている、と考えるからだ。

図1 で分かるように、女性は 12 年ほど要介護の「他力本願」で生存した後 世を去る ―― 他力本願の期間が世界一長い ! ここに手を付けよう … そんな考えがある。その根拠は、ここ 10 年間で 「介護認定者数」 は 2.2 倍に増えたことである。別な言葉で表現するなら、病弱な老人が 2.2 倍増えた訳だ。仮に老人が増えても「健康」であってくれさえすれば、要介護の人達は増えない。

♣ ここで 「人々の生活と福祉の関係」 について考えてみよう。戦前は「人生 50 年」、つまり健康寿命の 50 年が終れば逝く、のが普通の運命であった。だけど、戦後 生活水準が上がって「衣食住」が豊かになるにつれ、従来 考えの外であった「長生きしたい」という夢を追うようになった。その夢は確実に満たされるようになって、人々は長命になって行く。

♣ 世界の人々の「長寿曲線」を眺めると、日本は先進諸外国の一番下から、見る見るうちに登って 1985 年には世界一の長寿国になり、今でもそのレベルを死守している。それは誇らしいことであるけれど、人間に限らず「動物の寿命」というものは おのずと「種 (しゅ) 固有の限界」を持っているものだ1)

♣ 人間の寿命限界はどこにあるかは、戦前には分からなかった。が、日本が世界一になった頃から、高齢老人の不思議な痴呆現象が日本社会の中で気付かれるようになった ―― その典型が 有吉佐和子の作品 「恍惚の人」 1972 年であった。

♣ つまり 「長生きし過ぎた」 と解釈されるような痴呆老人の社会問題が積み重なってきたのだ。かくして 2000 年には 「介護保険」 が始まり、有効な対策とされた。ところが 介護期間はどんどん延び、ついに世界一長くなってしまった。これは、福祉対策と長寿実現が悪循環の関係に陥ったから、とみられている。

介護期間を短縮する

♣ この問題は介護期間を減らさなければ解決しないのか? いや、健康寿命を延ばすことで代用する方法も叫ばれている。しかしながら、事 健康寿命に関する限り「医療・福祉」はもう限度いっぱいの努力をしているから、それを満たす 他の唯一の方法例として図 2 で示すような 「個人的努力」の 10 ヶ条をお示しする。

♣ この 10 ヶ 条 を ① から ⑩ まで丹念に検討してみよう ...... この 10 ヶ条 が満たされれば、全寿命を維持しながら健康寿命を延ばせるし、所定の夢が成就する、と 期待される。だが、あなた や ご利用者は この個人的努力の 10 ヶ条 をどれほど多く満たせるだろうか? 自分ですべき努力を 「他人まかせ」 にしていないだろうか?

♣ 人間の 「天然の全寿命」は 具体的に何歳くらい なのだろう ? 2) 完璧を求めず、ほど良いところで手を打つ必要があるのではないだろうか? 1944字

要約: 

男女の全寿命 (= 健康寿命+介護期間) を眺め、介護期間が相対的に長すぎるのではないか?の印象があった。 全寿命が長いことは人々の希望に一致するが、国は介護期間の短縮を念頭に置いている。 私どもは その案よりも、健康寿命を引き延ばす別の案を考え、図 2 の 10 ヶ条で検討した。その案の有効性は、むしろ読者ご自身が判定なさるだろう。

参考: 1 )  新谷:「ライオンの3 倍も生きる」; 福祉における安全管理 # 616, 2017. 2 ) 新谷:「3 倍ではまだ不足か?」、ibid # 665, 2018.

職員の声

声1: さんざん 「吸う 飲む 食べ遊ぶ」 をやったあと 65 歳になって「健康」寿命を考えても もう遅いでしょう?(答: 考えないよりマシか? … しかし、65 歳は すでに脳卒中・ガン年齢だし、続いて認知症だ …若い頃は 無関心だったものなー)。

声2: 重介護・寝たきり の介護期間を短縮するって、日本では難しいと思うけど(答: スエーデンでさえ難しい…だから そもそも彼らは 要介護 4 ・ 5 の分類を作らず、したがって寝たきりはいない、と報告される)。

声3: 全寿命 が健康寿命であれば良い訳だ ... 昔はそうだったのでしょう?(答: ならば、女性の健康寿命は 74 歳だから、その齢でピンコロ(頓死)するのが理想となる。だが、誰も 74 歳でピンコロになる気はさらさらなく、特に認知症が加われば、この後の全寿命を豊かな介護の下に過ごす… それが現実である)。

声4: 日本の 「豪華な介護の長期化」 は生命の尊厳には役立つが、財政は誰が負担するの?(答: 「借金」 と 「若者依存」 以外の方法は無いだろう。 一般に、「社会の進化」は 「適者生存」 の原理で進む。しかし日本では「適者となった老人」はもう子を産めず 「多々老少子化」 し、世は進化の路を離れて退化する方向に進むのか?)。

(671) 救 急 車 を 20 回 呼 ぶ

(671) 救 急 車 を 20 回 呼 ぶ
    
  皆さん方 は、高齢者の突飛 (とっぴ)で実力行使的な行動を目前に、唖然(あぜん)として手をこまぬいた経験はないだろうか?

♣ 手を こまぬいた理由として 「この方にも私と同じように人間としての尊厳があり、彼の行為は自分で十分考えた上で、理由があっての行動であ り、それはそれなりに尊重すべきである」 という 人間尊重の姿勢 である。パールの「三つの基本理念」を思い出せば 「尊厳・個性・相互の愛」であり、相手が誰であれ、この三理念は守るべきであろう。今日は そのような症例を二つ ご紹介する。

♣ 症例 S.氏 ( 91 歳男性、要介護 1) は独居。妻は 30 年前に他界、子供はなく同居の姉は半年前に他界。その頃から急に情緒不安定となる。主な症状は、便秘が進みトイレとベットの間を往復、不安気分で睡眠障害があり、抑えきれず夜になると自分で救急車を呼び病院を受診。

♣ 診察・検査で、どこを受診しても異常がないと言われるが、更に都心のもっと大きい病院を救急受診し、やはり入院治療は適応とならない。これを半年の間に 20 回 繰り返した。たまたま、パールのショート・ステイの話が進み入所した。

♣ 診ると、ナース・コールを押しっぱなしだ。トイレの誘導を頼む、その後すぐにまた誘導の重なるコール。浣腸を希望、自分の傍から離れないで欲しい、腰を押して欲しい . . . その状況を観察すれば、この人の問題点が見えて来た。

♣ 施設は夜間 職員一人で 20 床の対応であり、このままではトラブルが倍化してくる。そこで、ご親戚に連絡、先方様のご希望により専門の老人ホームに移られた。

♣ この状況は 精神科嘱託医K 先生にお伺いし、ご意見を伺った:―― 年齢を聞かないで症状だけを聞けば 「強迫神経症」 かも知れない。 救急車は一回 ¥45,000 経費が掛かる。これをタクシー代わりに 20 回 利用すると、莫大な経費の乱用になるが、それを遠慮して救急車をさし控えるような配慮はない。 強迫神経症は若年者の脳の病(やまい)である()。しかし、この方の年齢が 91 歳であることを知ればこの病名は消える。つまり 91 歳の脳は 91 年間の人生を経験した 「一丁前の人間の脳」のハズだ。

救急車を20回呼ぶ

♣ その脳が(ことわり) ある説明や助言を無視し、救急車を呼び、これを繰り返し、学習することを知らない ―― この状態は 脳の理解力レベルの低下、つまり 「進行した認知症」 と見るのが適当である。  治療は精神科医の下で 抗不安薬のスタートの適応だろう。

♣ 皆さん方の経験の中にも、お年寄りの 実力行使的な 「困ったちゃん」 に出会うことがあるだろう。この例に似た例を もう一つ挙げよう:―― デイ・サービスで 95 歳のご婦人、トイレに行って 2 ~ 3 分後にまたトイレを願望 ! 排尿はほとんどなく、それが午前中 続く。その間、職員はトイレに付き添い、他の仕事はできない . . . ご婦人の「聞く耳を持たない不安」 を取り除くのは困難至極であった。

♣ 多くの高齢の認知症では「 感謝・迷惑・思いやり 」 . . . そういう人間に特有な抽象観念は一切消失しているから、注意して対応を考えよう。認知症で大脳が壊れると他人のことを慮る(おもんばかる)知恵が出てこない。つまり 「人格の崩壊」 であり、大脳がない状態、すなわち 「蛙のような状態」 に近づく 1 ),、2 ) 。蛙に説法しても通じるハズは無い。

♣ 認知症は言葉の響きから、 もっと高級な病気だと思う人があるが、正常脳の人と対等・平等な尊厳ある扱いをするのは「間違い」である。たとえ「ワシを気違い扱いにするのか ! 」とわめかれても、おびえてはならない。きちんと精神科医に相談する姿勢が正しい。認知症の人に親切心を期待してもムリだ ! また、その逆も真である。つまり、親切のできない高齢者を見たら 認知症を疑うことを忘れてはならない

♣ 同じ「病気の脳」であっても、「そこに実在する脳組織」なら治療法の開発余地があるが、そこに存在しない脳 (つまり、脳細胞の脱落 = 認知症)を治療することはなかなか困難である。

♣ 教科書で学ぶ認知症の症状は たいてい 「他人迷惑」 について詳しい説明がない。そこで、今日は皆さん方の感想を述べて頂きたいと思う。1691字  

要約:  救急車を 20 回呼んで、21 回目にパールショートステイに入所した 91 歳の男性の事例を述べた。 症状としては 「強迫神経症」 が疑われたたが、91 歳の社会経験をした人が脳の理解力と他人への 「思いやり」 の完全欠如がみられ、進行した認知症であった。 認知症は高級な病気などではなく、「ワシを気違い扱いにするのか ! 」とわめかれても、おびえてはならない。きちんと精神科医に相談する姿勢が正しい。

参考: 1 ) 新谷:「蛙の認知症」;福祉における安全管理 # 150、2011 2 ) 新谷:「親切な蛙」; ibid # 145. 2011..

職員の声

声1: 「またこの人か?」 と救急隊でも困っていた人でしょう? … 「おおかみ少年」みたいに思えるけれど、認知症であれば学習なんて出来ないしね(答: 狼少年の物語は “認知症” なんて無かった昔の物語だ … 老人社会は複雑になった)。

声2: この方が、もし精神科入院にならなかったら、次々と病院巡りをしただろうか?(答: もちろん、そうだろうが、むしろ、ここまで巡った過去 20 の病院が彼を怪しまずに放免したことの方が不自然だ … どこかで 「認知症 ! 」 と判定されるべきだった)。

声3: 高齢者の問題行動の場合、まず認知症を考え、受診を勧めるのが良いのか?(答: 昔は ガンコ爺 と言う言葉が使われていたが、今なら 2 ~ 3 の質問で、たいてい 「認知症」 と判る)。

声4: 認知症の対応は難しいが、いずれ我が身の将来と思うと、感慨深い(答: 一般論で、 85 歳人口の 4 割、100 歳で 8 割、110 歳なら 全員 が認知症になる運命だ … ワシは違うだろう、は 浅はかな希望に過ぎない)。




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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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