(675) 非健康寿命にも特異な価値

  (675) 非健康寿命にも特異な価値  

  大抵のお年寄りはこうおっしゃる:寿命がどんなに長くても 「健康な長生き」でなくては意味がありません、と。至極もっともなことだ。だが 「健康と不健康との境目」 をどう見分ければ良いのだろう?

♣ この点に関して、WHO (世界保健機関)は大きく二つに分けた: ① 健康: 心身障害のない期間を指し、その人の基本的 ADL (食事・排泄・入浴・更衣・整容・歩行・交通利用・金銭管理など)なんら支障がない期間である 。実務的には「要支援・要介護でない期間」に相当するが、この定義に沿う「健康な老人」は齢と共に減って行く。しかし 「健康」と言えなくても、「元気だよ」とおっしゃる老人は少なくない。

② 非健康: すなわち、生活上の何事かを他人へ依存する期間、つまり病気治療・介護などがある期間。病気は その程度に応じて、寿命の年数を統計計算の上で 割り引いて計算する (例:不妊や慢性リュウマチは健康寿命の期間を 2 割減、認知症なら 3 割減、など … (この計算法にクレームがたくさん付くようだが)。
非健康寿命にも大きな価値

♣ 健康寿命 について具体的に例示しよう()。計算の年度によって詳細は少し異なるが、男性の場合 平均全寿命は 80 歳、そのうち 71 歳が健康、続いて 9 年ほど「病気を抱えて生きる期間」の後 世を去る。

♣ 女性の場合 平均寿命は 87 歳で、そのうち健康な時期は 74 歳、続いて病気を 12 年抱えながら生存した後 他界する。

♣ さてここで問題が 3つ ある:―― (イ) 「病気を抱えて生きる期間」という表現はこれで納得できるか? これは、あたかも健康な人が、いきなり事故や重病に罹り、「まだ死ねないで生きている」と取られかねない。正しい意味は「平均寿命から健康寿命を指し引いた期間」であり、 以後、本文では「非健康寿命」とする。

(ロ) 次に、非健康寿命について、一般の女性は他界するまでにおよそ 12 年間 “病気を抱えた後、死ぬ” という実感をあなたは持つか? それは誇張し過ぎではないか?在宅で、または施設で介護を受けて長生きする寿命だって生きる価値jはあるだろう。パールでも 19 年の入所期間の方がお一人あったが、一般的に病気期間は こんなに長くはない――数年以内のものである。

(ハ) 上記の図式では危険な錯覚に導かれる ! :―― 寿命には、あたかも「健康寿命と病気寿命」が別々に実在するかの如くであるが、その昔にはそんな区別などなく、あるのは “普通の寿命” だけだった。昔の医療には抗生物質や延命処置などはなく、また福祉による寿命延長なども存在しなかった。だから昔と今の寿命を比べるとすれば、“普通の寿命” だけで比較するのが公正ではないか。つまり 人生 50 歳の昔の寿命が現在の健康寿命に相当するのだ。

♣ 図を見るとあたかも、本来 男性の平均寿命は 80 歳であり、非健康寿命の 9 年 を引き算で間引けば、健康寿命は 71 歳となる。 だがそうではない … 実際は昔の寿命 = 50 歳が戦後の環境整備によって延び、71 歳になったのである。更に、近年の医療・福祉の恩恵によって 9 年が加わり合計寿命が 80 歳になる、と “足し算で“ 解釈するのが正解であろう。

♣ 同じく女性の天寿も遺伝的には本来 74 歳であったものが、近年の医療・福祉の恩恵で 12 年ほど加わり 87 歳に足し算されたのである。ところが人間の欲張りは天を知らずで、病気 の12 年を健康寿命に変えて下さい、と多くの方がおっしゃる。え?医療・福祉で得られる寿命は そもそも 健康寿命を終了した人が利用されるハズだったのだけど?。

♣ 繰り返すけれど、我々の本来の健康寿命は昔 50 歳だったのが、戦後 の平和と環境整備によって男 71 歳、女 74 歳まで伸びた。 女性の命が 74 歳まで伸びたあとも すぐに死ぬことなく、 87 歳まで命が続くのは 「非健康 (病気) 寿命がそれをバトンタッチしでくれるから」でしょ ?.... つまり現代の女性の長寿は非健康寿命の 12 年が追加されたお蔭で世界一になったのですよ !

♣ 介護の対象となる老年期では、若い時期と異なり 健康寿命が延びることは決してない。だから、「長生きしたい」のなら 病気期間 を長引かせる以外の方法はない。平均的な人は 「長生きの後 ピンコロで逝きたい」と希望するが、 イザ となれば 「ジワコロ願望」に宗旨替えをする。老人施設は その使命上、ケアによって ”病気寿命を長引かせる” のが本筋だ。西欧での延命事情はこれとは違うようだが、日本ではこれが王道であり、世界一の長生きになる。

♣ 我々は今、延命対策に関しては最高のレベルに到達していると思う。「非健康」期間は さげすまれているが、どっこい「生きず・死なず」の長い非健康のお蔭で人々は 「ジワコロ人生」 を享受 している。これを短かくしたい願いなんて思い違いの錯覚であって、このいきさつを反省すれば、「長生きとは 非健康寿命をより長くすることである」と、正しく目覚める必要があるだろう。1986字

要約:  「平均寿命」は、「健康寿命 と 非健康寿命(= 病気を抱えて生きている寿命)」の合算である。 「非健康寿命」とは、医療・福祉により戦後になって初めて獲得された貴重な寿命である。この歴史を人々は軽視 し、非健康寿命は不要で質の悪い寿命とみなしている。 ところが この非健康寿命が存在することによって初めて 「全寿命」 が延びる。ここに非健康寿命の特異な価値があるのである。
 
職員の声:

声1: や っぱり健康でなければ長生きの意味はないよ(答: つまり、男は 70 歳・女は 74 歳で一生を終るのが自然だとでも? 現場で聴いて御覧なさいな …. 「長生きできれば 病気でも構わない」 が現実なんだから 1)

声2: 病気寿命を短くするのが理想である(答: あれだけ本文で説明しても、分かって貰えないんだなー…戦前に戻って人生は 50 年、老年期なんていらないのですかね?)。

声3: 健康寿命を延ばし、病気寿命を減らすべきだ(答:健康寿命は遺伝子寿命であって 本来 50 歳程度であったのものを 人間は 20 年ほど延ばした。また、人生を 3 倍も長く生きる方法を知恵によって開発したが 2) それでも 100 歳を越えれば、誰でも心身ともにヨレヨレだ。3) 。「長寿」の夢も 107 歳で実質ゼロ、目標をあまり神聖視 しないほうが良いよ)。

声4: 病を抱えて老後を過ごす人は多いけれど、何とか助けてあげたい(答: 人間の「生きざま」を観察してみる … みんな若い頃には「ピンコロ」で死ぬよ、と言うが、いざとなると「何が何でも長生きしたい」と願うもの。若い頃と違って、90 歳・100 歳で “麻痺している・ ものが見えない・ 食べられない…”、これをエス様のように、何回助けてあげられるだろう ?。 感傷だけではダメ ! 助ける手段を考え、具体的に困難を克服しよう)。

参考: 新谷:「健康寿命を長くしよう」; 福祉における安全管理 # 628, 2017. 1) 新谷:「長生きできれば 病気でも構わない」; ibid、 # 599, 2016. 2) 新谷:「 3 倍でもまだ足らない」;ibid # 665, 2018. 3) 新谷:「普通の百歳とは?」; ibid # 636, 2017.

(672) 正 し い 血 圧 

   (672) 正 し い 血 圧 
   
  明治38年(1905年)、ロシアの軍医・コロトコフは、ゴム袋で上腕を圧迫し、それを緩めて行くときに 心拍に同期して発生する血管雑音 を聴診器で聞き取った。

♣ 研究の結果、その血管雑音は 「収縮期血圧」 によく一致していた。彼の発見に因んでその音は 「コロトコフ音」 と呼ばれ、現在も血圧測定の基本原理となっている。

♣ 戦後、日本の医療は結核などの感染症治療から脱皮して、高血圧などの慢性疾患を対象とする余裕ができた。高血圧は、放置すると 脳・心・腎の血管病変 が進み、寿命が短くなることが知られていた。しかし血圧は、どのレベルに保つのが生理的に正しいのかは いまだに議論が百出(ひゃくしゅつ)している。

♣ 動物の実験で、持続する高血圧では「脳出血」が必発、これは人間の高血圧に似ていた。我が国でも「秋田県」などの北国で「高血圧+脳出血」が頻繁であり、血圧を下すと脳出血も少なくなる経験があった。

♣ 降圧薬の進歩とともに、血圧の望ましい生理的なレベルが研究され、それは時代とともに 160 (ミリ水銀柱) から 150 → 140 → 現在 130 へ、と だんだん降ろすことが可能となった。その勢いが続いて日本では今、血圧を 120 まで降ろしたらどうか、という意見があるほどである。
正しい血圧

♣ しかし、ここに来て人々は、血圧値はナゼいろいろ変動するのかを真面目に問い始めた。 をご覧あれ。上段から、1 時間ごとに、動脈から直接記録した 心拍数・収縮期血圧・拡張期血圧 である。血圧は 昼間 体の動きに応じて高く、夜間 寝ていれば低くなることが見てとれる。

♣ このように変動する血圧なのに「私の血圧は 130 / 80 です」 なんて言えるはずはない。この変動は自動車のエンジンの動きを想像すれば 容易に理解できる。つまり、血圧もエンジンも 必要に応じて馬力が変動する からである。

♣ このことは台所の水圧でも同じこと、必要に応じて水の流れは水圧によって調節されるのである。つまり、必要に応じて、ちょうど良くなるような調節が人体でもなされているのだ。

♣ 健康な人の血圧はある幅の値の範囲内にある。それがいわゆる正常な血圧とされるが、それは のように変動するのが常である。その上限は昔 160 と、以後 150、140 のように下げられてきたが、いったいどの数値が正しいのか? それは何を基準として決められたのであるか?

♣ 従来の基準は 「寿命」 が一番長くなるような血圧であった。その結果、血圧は低いほど長生きするらしい、との成績が得られた。そこで 「血圧が高いことは “悪” 」 という考えが我々の頭の中に刷り込まれたようである。しかし、近年 次のような反省が沸き起こっている。

♣ 人間はいろいろのストレスに適応して生きて行かねばならない。これは車の運転で 「アクセルとブレーキ」 の関係になぞらえられる。車は必要に応じてアクセルを踏み(血圧を上げる)、またはブレーキを掛ける(血圧を下げる)。

♣ 同じく人の体でも血圧が刻々変動するのは、身体の都合によって血流の需要・供給の関係が調節されているからである。血圧を電気の 「電圧」 に置き換えて考えよう… 電圧が高いときは多くの仕事をしている時ではないか?もし電圧を下げたら、仕事は止まるだろう。へたすると停電の憂き目に合うかもしれない。

♣ 日本は老人性の脳梗塞や認知症が多いことで知られている。そこで近年、新たに問題化したのは 「血圧の目標値」 である。それは 「高すぎない血圧、低すぎない血圧」 である。ナゼ低い血圧が問題になるか、それは老人の血圧が若者の血圧と同じ基準で判断されることを避けるためである。近年は 還暦の齢までの収縮期血圧は古典的な 「90 + 年齢」 が見直されているのほどなのだ。

♣ 戦後の一時期、北の国々で血圧は高く、元気は良いが脳出血が多くて「短命」の人が少なくなかった。ところが近年は、まるで逆の現象が起こっている … 降圧療法の普及で血圧は下がって寿命は延びたけれど、意外なことに 脳梗塞・認知症 などが増えてきた。

♣ この原因は血圧だけではなかろうが、血圧が下がり過ぎれば「脳循環」にも影響が及んでくるのは当然である。短く言えば、「血圧と脳症状の二律背反」が近年の検討材料になっているのである。どちらが選ばれるかの問題ではない ―― どちらも大事だ、脳症状のない長生きが良いに決まっている。

♣ ここが知恵の出し所 … お年寄りの血圧を下げ過ぎてはいないか?を考えてみよう。「130 を越えたら始めましょう … 」などの訳の分からない モットー で人生を誤らせてはいけない。「血圧は低いほど有難い」という妄想 もここで一考を要する時代になったのだ。

♣ このままにしておくと、「血圧は 120 を目標にしよう」 などの誤った考えが導入される怖れが大いにある現今なのである。 1983字

要約:
血圧の目標値は 高い所・低い値 が乱れ飛び、降圧療法の目的もはっきりしないことが多い。 従来「高血圧は悪、降圧療法は善」とされていたが、正しい血圧とは「寿命を延ばし、かつ脳梗塞や認知症などの副作用を招かないレベル」のことである。 老人の血圧が下がり過ぎていないかどうかをよく観察してみよう。 参考: 新谷:「心拍数と血圧の日内変動」; 図説・色素希釈法 pp 85、南山堂 1986.

職員の声

声1: 2 メートルの大男と 30 キロの小女で、年齢が同じなら 標準血圧は同じなのだろうか?(答: 同じである ! たとえば、スズメ・ ウサギ・ ウマ の血圧は同じであり、およそ 120 mmHg くらいだ。温血動物の血圧は一般にほぼ同じである)。

声2: 同じ降圧剤の治療を もう 20 年以上、受けて血圧は安定しているが、最近 めまい が頻繁だ(答: 同じ血圧値でも、それが 40 歳のものか 90 歳のものかによって 意味が全く違う... 齢をとれば 同じ血圧でも環境変動への適応力は著しく落ちて、動悸・めまいなどが生じる ... 治療による血圧は高すぎても、低すぎても良くない)。

声3: 血圧を測ってあげて ”良い血圧ですね” と告げても、高齢者はしばしば ”早くあの世に行きたい” とおっしゃる ... そして 1 億円余の税金支出を受けて長生きなさる…矛盾だなー(答: スエーデンではこの矛盾が解決され、寝たきり老人の存在は許されていない … でもそれは better ですかな?)。

声4: 血圧を下げる飲み物がテレビで勧められ、「130 を越えたら飲みましょう」と言っている(答: 130 を血圧とは言っていないのが ミソ ! もしそれが血圧なら厚労省に取り締まられる ... 製薬会社は合法的な商売熱心だが、130 は頂けない)。


(665) 3 倍 で は ま だ 不 足 か


(665) 3 倍 で は ま だ 不 足 か

皆さん方は、介護保険が過去 19年間行われ、そのお陰で老人の寿命が延びたと思うだろう ―― ところが、そんな話題はウェブを開いてみても、どこにも ない ! つまり 介護保険が始まって以来、日本女性の平均年齢の延長は 「鈍化・停止」 しているのだ 1 )

♣ さて、生命一般は 「発育・成熟・繁殖」 … このサイクルの繰り返して行う。ところが人間だけは、更年期の 50 歳頃までは子孫をつくり、その後は老年期に入って子を産ままない 50 年を過ごす。

♣ 生命の進化の観点から見ると、子を産まないまま繁殖期の 2 倍にも及ぶ老年期を持つ動物は「人間のみ」だ。子を産まないのだから、老年期の動物は 営々と続いた生命の進化機序に決別した 不思議な存在となる。

♣ 動物実験で延寿の試みは様々に行われている。「線虫」 という “みみず” のような動物は寿命を 6 倍に延ばすことが出来た;そこでその発見者は「人の寿命だって 6 倍にすることは出来る」と意気込んで人間の長寿化に取り組んでいる。

♣ しかし、仮に人間で 6 倍 の延寿が可能となれば、それに必要な生活費は 一人の老人につき 約 25 億円掛かり(= 1 年 500 万円 × 500 年)、税金を担当する若者は死ぬ思いをするだろう。しかも長生きする老人は 100 歳から 600 歳の間 “要介護 5 を越える認知症” から醒めることなく、 呼吸している ミイラ状態 のままだろう。

♣ 私らは 「老いる」 とはどういうことなのかを知っている。それを司る原則は 「普遍・内在・進行・悪化」 の 4 原則 2 - 3 ) であり、復習しておこう。

① 「普遍」 とは、誰の体にも起こり、例外はないことだ。ソクラテスは死んだ、ナポレオンも死んだ、でも私だけは例外にして下さい… それはムリである。

② 「内在」 とは、老化の機序はその人の体の内側にあることである。つまり他人様はどうであれ、あなたの老化はあなたの DNA の中で進行する。

③「進行」 とは老化は必ず進行する、という意味であり、後戻りすることはない ! テレビで「若返りのサプリ」が宣伝されるが、それは不可能であるにも拘わらず、多くの人がこれに引っ掛かる。

④ 「有害」 とは、老化現象は健全の反対、つまり害をもたらす現象であって、白髪・老眼・難聴などの例を挙げるまでもなかろう。つまり老化とは、日々健康から遠ざかることであり、それゆえにエジプトではピラミッドが建設され、日本の「前方後円墳」もつくられて、永遠の命が追及された。

♣ これら ①~④に反対意見を出す人は 「大きなビジネス」 が約束されるほどである。

3倍ではまだ不足か
♣ ところで、人間は いろいろな動物の中でどんなに高級な位置を占めているのだろうか?図 1 は「動物の体重と心拍数」の面白い関係を示す 4 ) 。体重の一番軽い カナリア の心臓は一分に 1000 回も拍動する。ハト・ラット(ねずみ)など、体重が重くなるにつれ心臓はゆっくり打ち、ゾウは毎分 30 、クジラは毎分 20 くらい、… 拍動というよりも地鳴りというイメージになる。

♣ そして体重が 60 kgの 人間 は 図のちょうど中間体重の ヒツジ と似ていて(○印)、毎分 70 回ほどの心拍を打つ。つまり、人間は高級な動物であるから、なにか「心臓に特典」がありそうに思えるが、実際には他の動物たちと何も変わらず、平等に自然そのもの中に収まっている。

3ばいではまだ不足



図 2 は「動物の体重と寿命」の関係を示す図である 5 ) 。小動物のネズミ・モグラの寿命は 1 年余しかない。体重がもっと大きいウサギやキツネはもっと長生きになり、ウマ・ライオンの体重で 30 歳くらい。更に体重が何トンもあるカバ・ゾウになると 50 歳くらい生きる。

♣ さて、人間の位置も他の動物と平等な自然態であるか?よく見よ ! 青い基準線を何度も折り返した遥か下、90 歳ほ どの別格な位置に人間はいるではないか ! 象を越える人間の場所は明らかに特典であり、これは 「人の知恵と努力」 = 大脳 の所産と言えるだろう。

♣ この位置にあるお蔭で人間の心臓は一生の間、対応する動物の 約 3 倍の鼓動を打つことができるようになった。他の動物の心拍数は一生のあいだ、およそ 10 億回、これに対して人は 30 億回以上にも及ぶ。神様、有難う!と言うべきではないか?

♣ 老人たちは「長生きは辛い」とおっしゃるが、同時に「もっと長生きをしたい」と矛盾することをおっしゃる。すでに 3 倍もの特典付きの心臓を持つのが人間なのに、もっと もっと、と熱望される。それは罰(ばち) 当たりの欲張りではなかろうか?

♣ 人間の得意技は大脳の中にあり、平和を愛し医療・福祉に励むのだから、「知恵と努力」できっと「更なる延寿」を切り拓いて行けるかも知れない。

♣ ただし、ここでみんな よく考えて欲しい――昔の 50 歳が今の 100 歳に増えたときは 確かに「幸せ」 が訪れた。でも、それが 200 歳 以上に延びた時、はたして人の心に 「幸せ」 が留まってくれるだろうか?人も動物の一種であるから、あまり無茶な望みを求めず、「特典は 3 倍」ほどで こらえる のがよいのではなかろうか? 1988字 
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要約:  人間は厳しい「老いの 4 原則」の下でありながらも長生きを重ねてきた。 心臓は、人間も動物も全く同じ原理で働くが(図1)、有難いことに、人の心臓は 3 倍もよぶんに打つ特典を持つ(図2)。 振り返って図 2 をよく見よ… 人間の特典ある位置が他の動物よりも更に下方に離れて 、なお一層長生きするようになれば、老人の心に もっと多くの幸せが訪れて来ると思うか?

参考: 1) 新谷:「長生きの秘密」、福祉における安全管理、#428, 2013. 2 ) Strehler BL, General theory of mortality and aging. Science Jul 1960: 132 (3418), pp14~21. 3 ) 新谷:「加齢と老化の今後」;ibid # 626, 2017. 4 ) 新谷:「心拍数と寿命」;ibid # 520, 2015. 5 ) 新谷:「ライオンの 3 倍生きる」、ibid # 616, 2017.

職員の声

声1: 仮に 100 歳を越える長寿を得ても、本人は認知症で長生きを感謝することを知らず、しかも社会負担は激増する … 誰が得をしているのか?(答: 得をするのは、老人長寿を建前(たてまえ)として選挙に勝つ政治家である …スエーデン等では 「寝たきり」 などを作らず、このような矛盾は存在しない)。

声2: 急速かつ特異な進化を遂げた人間ではあるが、老人の公的扶助は予算限度一杯だ、私費で長生きして下さい(答: 老人問題のすべては 「他力」本願 が原因である… もう少し 「自力」 で生きる姿勢を示して欲しい)。

声3: 人間は知恵のゆえに 3 倍も長生きが可能となった …. ならば、知恵を働かして ピンコロ で逝く方法を発明して下さい(答: 統計によると、女性は 12 年ほど病気をした後でなければ死ぬことは出来ない… だけど、もしこの病気の 12 年を取り除いたら、厚労大臣のクビが飛ぶよ。ジワコロは辛いけれど、「死んではいない」ほうを有難がられるのだ)。 ( cf: ジワコロ = ジワリ ジワリ 生き続けた後 逝くこと)

声4:今以上にヒトが長生きするのは遺伝子的にムリがあるのか?(答: 視力・聴力・歯の寿命・骨折など多くの生命力は 100 歳でさえ もう遺伝子の保護を受けていない。そもそも子を産まないまま、進化論の点では意味が付けられない老後の 50 年は、ただ慣性だけで生きているのではないか。それだけに病気も多く、また老後という期間がある動物は人間だけに限られているのだ)。

(666) 長 命 の 業 (ごう)

  (666) 長 命 の 業 (ごう)

  私が学生だった頃、「介護福祉」 なんて言葉は存在しなかった。その頃は大戦の後片付けが求められた時代であり、福祉は「救貧」と「結核対策」で追われていた。

♣ しかし 10 年も経つうちに 日本はバブル経済の始まりを迎え、世間は将来の夢を見て沸き返ってきた。赤ちゃんがどんどん生まれて人口が増え、これに加えて老人が死ななくなったため平均寿命は 50 歳から上へ ぐいぐい登ってきた。その頃、私の叔父は 60 歳の還暦を迎え、家族一同は「赤烏帽子(あかえぼし)と赤い “ちゃんちゃんこ” 」を贈ってお祝いをした()。
長命の業
♣ 彼は畳の上に正座してにこやかな顔で一同にお礼を言った: “こんな不肖(ふしょう)の私も、元気で ご先祖様よりも長生きし 皆さん方にも祝ってもらい 嬉しいこと この上ありません . . . 有難うございます” 。私は今でもその時の様子を思い出す。その頃は 60 歳の還暦でこんなに 興奮・感謝 したものだった。

♣ あれから半世紀 ! 叔父はもう逝ってしまい、華のバブル景気も終わったが、国民の長寿は目を見張るほど延びに延びた。もはや 60 歳の還暦は児戯に等しく、70 歳の古希(こき)は簡単に突破され、88 歳の傘寿(さんじゅ)でさえ 単に国民の “平均寿命” に過ぎない数値になり下がってしまった。

♣ 私はまさに今昔の念 ここにあり、を実感している。その上 長寿の実態は少々変わり、2000 年の介護保険と共に、その人の晩年寿命の内、男 の 9 年・女の 12 年は “健康寿命” ではなく ”病気寿命” であることが判明した。つまり 日本の長寿を短く言えば ”元気で長生き” ではなく、“病気で長生き” に変わったのだ。

♣ お年寄りたちの語り口も変わってきた。ある 92 歳の男性ご利用者からの聞き取りを紹介する:―ー 92 才と言えば戦前の 45 才寿命の二人分の長生きに相当するが、今の社会を風刺しておっしゃるには「人間、自然が一番良い――太陽と水の恩恵だけで十分だ。 私の若い頃は “電気や石油依存” などの不自然な事はなかった; 科学技術に甘えた生活は ロクなものではない」、と。

♣ これを あまり自信たっぷりに言われると、「もしそれでいいのなら、あなたは 42 年前から もうこの世にいらっしゃらないですよ」と言いたくなる。男が 92 歳まで生存するためには「衣食住」のほか、「電・冷・熱」など知恵の蓄積が必須であることを彼は失念している  。この方は環境の好転が人の寿命を倍増 したことを理解していない、と私は思った。
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♣ 特養のある 96 歳の女性ご利用者は幸福についてこうおっしゃる:―ー 「長生きなんてするもんじゃないわよ; 長生きしても、幸せなんて来やしないんだから ! 」1) 。でも私は思う:人間、60 歳から 100 歳までの生存経費を計算すると:―ー 毎月の生活費 20 万円 × 一年 12 ヶ月 × 40 年 = 9,600 万円 +医療費と小遣いなど ≒ 1 億円);つまりこの方の生存経費はおよそれだけ掛かっているのだ。

♣ しかもこの 1 億円の大部分はみんなの月給から天引きされて賄われる税金だ; 他人のお金が 1 億円も掛かっているのに、「長生きなんてするもんじゃないわよ」とつぶやかれては 納税者は戸惑うばかりだ。社会に感謝する気持ちはどこにあるのだろう?

長命の業

♣ そこで私は思う: ここに挙げたお二人の例は わざと皮肉を言っているのではなく、それは認知症のなせる業(ごう )なのではないか? 認知症は、85 歳で半数の人が、100 歳なら 8 割の老人が罹患する 2) 。つまり 今の老人たちは 自分の置かれている環境がどんなに恵まれているのか を認識できなくなるようだ。

♣ 認知症の特徴は 「見当識」 (けんとうしき)の欠如、つまり 「時・所・人」 がこの順に認知できなくなることだ。「時」の概念が分からなくなるから 動物と同じように いつかは 「死」 が訪れて来ることが分からない。そこで 私は 「有難うと言わない」 と 「笑わない」 を 共に「認知症の初期症状」に加えたい 3) 。だって、「長生きなんてするもんじゃないわよ」 と真面目顔でつぶやかれては、一生懸命 彼女をお世話をする若い職員たちが可哀そうではないか。その言葉は本心から出たものではなく、認知症という病気がなせる業(ごう)なのだろう。

♣ 私たちは 延寿希望の有無に拘わらず、現代の社会機構では “病気で長生き” 以外の選択肢は許されていないように思う。つまり、長生きに伴い、向こうから老人の方へ認知症がすり寄って来る。そして上記の計算が示すように、延寿にはお一人 1 億円もの社会経費が掛かり、その上 その経費は自己の貯蓄からではなく、若者から徴収する税金で賄われている。

♣ これらすべては「長命の業(ごう) 」であろう。業(ごう)とは 「避けようとしても避けにくい宿命」 なのだし、「本音と建て前」の違いをキチンと納得して発言する必要もある。これからは、北欧の実情に倣って 長命の業(ごう)を整頓する姿勢が求められるのではないだろうか? 1990字 

結論: 長命を成し遂げた人々は 意外にもそのことを幸せと思っていない。 齢を取るとは すなわち認知症に近づくこと、それは長命に伴う「業」 (ごう) であろう。 長命とは 「元気で長生き」 ではなく、実際は 「病気で長生き」 に落ち着くことだ。終わり見えれば すべて良し … 私たちは将来に待ち受けている 「長命の業」 を静かに受け止め、正しく生きて行こう。

参考:  新谷:「遺伝子の新しい指令」; 福祉における安全管理、 # 600, 2016. 1 ) 新谷: 「長生きの秘訣」; ibid, # 428, 2013.  2) Robert Epstein :「Brutal Truths about the Aging Brain」、Discover October: 48~76, 2012. 3) 新谷:「親切な蛙」; ibid, # 145, 2011.

職員の声

声1: 早くあの世に行きたい、とお年寄りはおっしゃるが、行くに行けず、現実には 長生きして 1 億円の税金出費 … 確かに矛盾だなー(答: スエーデンではこの矛盾が解決され、寝たきり老人は統計上 消えている)。

声2: 介護保険では、老人の感謝の心は希薄だが、認知症と言うものは 「感謝」の意味が分からなくなる病気なのだろう(答: なるほど、老人は “赤ちゃん帰り” をするし、赤ちゃんはオッパイの有難味 を感謝しないものな)。

声3: 今の日本は 「電・冷・熱」 の他に 「医療・介護」 をジャブジャブ 使う幸せな環境である(答: 本当は、これらは生きるための「手段」に過ぎないのに、あたかも人生の「目的」みたいに考えられ、軽薄な幸せである)。

声4: 長命を嘆く高齢者が増えて来た … 何が不満なのか?(答:  自分は他の老人とは違って、まだまだ若いとの自負があり、年寄り扱いされるのは嫌だからだろう。その点、認知症が進んでいる人ならば、サバサバしていて、自分の年齢についてのこだわりが 全くなくなる。

(663) 親 知 ら ず と 親 の 恩

 (663) 親 知 ら ず と 親 の 恩
   
  パールの職員は “若い” 方(かた)が多いので、ひょっとすると 「親知らず」 を まだ知らない方があるのではないか?「親知らず」 とは、「第三大臼歯」 のことだ。

♣ 復習しよう: 歯の列は 上下・左右は対象的だから、右下列だけで述べれば、「門歯」 2 本、「犬歯」 1 本、「小臼歯」 2 本、そして「大臼歯」が 2 本 プラス おまけの 1 本となる。この最後の 1 本は 歯列の一番奥に ずいぶんの痛みを伴って生えてくる。この歯は 「第三大臼歯」 と呼ばれ、「親知らず」の名でも知られている。

♣ ナゼ 「親知らず」 と言うのか? その理由は、第三大臼歯が 20 歳前後に生えてくるからだ。つまり それが生えるころ、大抵の親は平均寿命の 50 歳を越え、生存寿命 を越えていた。だから この歯のことを 「親知らず」 というニックネームが付いたのだ。

♣ ところで あなたの「親知らず」は何歳のときに生えてきたか? え? 生えてこない? そうなんだなー、最近の日本人は柔らかい
食品を食べるせいで顎が小さくなり、「親知らず」が 生えるスペースが狭くなった。このため、4 人に 1 人の割で「親知らず」が まともに生えて来ず、困難な事態が発生している()。その上、「親知らず」が生えても、親が長寿になったので、「親知らず」が「親知り」に変わってしまったのだ。

親知らずと親の恩

♣ 昔と違って、親は長生きするし、あなたも長生きするので、今どきの「親知らず」は昔の人の悪夢だけに変わってしまった。

♣ 話が変わるが、最近の統計によると、「世界人口」は 今年の秋に なんと「 60 億人 → 70 億人」に達するそうだ。2100 年には更に増えて100 億人と推計されている。ところが、日本の人口は だんだん減っていき、2070 年には今の 1 億 2 千万人から 1 億人を割り込み、2100 年には 9000 万人に減るとのこと。

♣ ビックリするのは、そのころの平均寿命は「男: 89 歳、女: 96 歳」と推計される … つまり男女とも、今より 10 歳程度 長生きになり、 したがって “パールの主力顧客層” は 110 歳代になりそうだ。あなたがたも きっと 後期高齢者になってケアの職業を続けるのかもね。こんなに皆が長生きすると、子供の 「親知らず」 の話題は陳腐(ちんぷ)になり、きっと 「総入れ歯」 をいつごろ入れるかの知恵を比べるようになっちゃうかも知れない。

♣ ところで、「親」 と聞けば 「親の恩」 を思い出す。私が若かったころには こんな諺(ことわざ)があった: 「親孝行 したい頃には 親はなし」。つまり、自分の 「親知らず」 が生える 20 歳前後、人は やっと自分なりに一人前の生活が営めるようになり、親に楽(らく)をさせてあげよう、と殊勝なことを思い始める。自分が 20 歳の頃なら、平均寿命が 50 歳の時代だったから、たいていの親はもうこの世にいない。いない親に孝行のしようもなく、それを嘆く残念な気持ちがこの句に表われている。

♣ ところが 戦後、親はグングン長生きになり、還暦( 60 歳)どころか 100 歳に達する勢いである。親が長生きすれば、生えるべき「親知らずの歯」は必ず生えて「親知りの歯」になり、元の意味が失われてしまった。そこで ブラック・ジョーク が現われる: 「親孝行 したくはないが 親がいる」、と。親の恩を感じなかった若者が、齢とって認知症になった親の面倒をみるのはまったく難儀なことであり、諺(ことわざ)まで変更しなければならない現代になったのだ !!

♣ 昔の親は自分の老後の面倒を見てもらうために、ぜひ 自分の長男に嫁 を持たせる必要があった。そのために、自分の財産は全部 長男に相続させた。ところが 「国の憲法」 が変わって、財産相続は 「均分相続」 になり、自分の老後を考えていた親にとってはショックだった。でも幸か不幸か、親たちの寿命は一世代以上 長生きになり、その上 なかなか死ななくなったので 相続問題のトラブルは遠のいた。

♣ そうこうしているうちに、2000 年に 「介護保険」 の恩恵が世に広まり、親たちは たいした貯蓄さえする必要もなくなり、子供たちに支えられなくても安心して長生きができるようになった。今、要介護 5 で概算一年に 500 万円の経費は国がカバーする。もしそれで親が 10 年暮らすと、子にとって 5,000 万円の恩恵となる ! 両親の二人なら 1 億円のボーナスが国から子に貰えるではないか ! なんと有難いご時勢ではないか ! !

♣ 親のほうだって自分で老後の貯蓄をしなくても、また子がいなくても露頭に迷うことはない。子は 「親知らずの歯」 が生えて来るときの痛みもないし、「親孝行の苦労」 もなくなった。今の時代は、親も子も 過去のどんな時代よりも幸せとなった !! これも、日本の 「介護福祉制度」 のお陰なのである !!

♣「親知らずの歯」や「親の恩」に戸惑うことのない 親子の幸せな時代が堂々と訪れた … あなたはそう思いませんか?1999字  

要約:  若い頃の「親知らずの歯」の悩みは 今時代「親知りの歯」に変わってしまった。 親は著しく長生きになって、「親への恩返し」は「介護保険」が代行してくれる有難いご時勢に変わった。  親にとっても、子にとっても、現代は 最高に幸せな福祉時代 だと言える。
 
参考: * 福祉における安全管理; # 133 : 中福祉・中負担。
                                                      
職員の声

声1: 親は、娘を嫁に出す前に「親知らず」を抜歯しておく… 日本にそんな風習があったのを知らなかった(答: 女性が妊娠、親知らずの痛みの診療でレントゲンなどは胎児に悪影響があるだろう… それを予防しておくのだ)。もっとも現代は女性の初婚平均年齢が 29 歳の時代であるから、一件落着(らくちゃく)しているけれど。

声2: 歯の治療は医者にも出来るが、親の長生きは誰にも止められない… 90 代の親の介護を 若い子がするなんて悪夢だ ! (答: 親の “本音” は「迷惑を掛けるために長生きしとるんじゃない、でも勝手に死ぬ訳にも行くまいしノウ」 ―― ところが国や病院は “建前 ” でやっきになって老人の数を減らすまいと している… 本音と建前の大矛盾 ! )。

声3: 両親が要介護 5 で 10 年ほどお世話になると「1 億円」の経費が国から家族へ下りるとのこと、私の将来もそうして貰えるか?(答: そのことを決めた政治家は、次の選挙で自分が当選fできるる法案しか考えない…将来は将来の政治家が考えるだろう、と言う)。

声4: 今の豊かな制度を持続することはとても困難だが、その恩恵を受けている老人は さぞお幸せなのだろうか?(答: 老人は一般に “長生きは辛い” とおっしゃる――つまり、老人は辛く、それを支える若者も辛いのだ… どちらも楽になる方向で協力できないものかなあ ! )。
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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