(626) 加 齢 と 老 化 の 今 後

(626) 加 齢 と老 化 の 今 後

今日は皆さん方がたいてい知っておられる事のお話だが、きっと 改めて聞けばビックリするだろう。

♣ まず「加齢」とは一年に一歳ずつ年齢の数値が増えることであるが、小学生が「加齢する」とは言わない。それは「成長」と言うし、成長が終ったら「成熟」であり、ここまでの年齢は遺伝子によって完全に管理される。

♣ 生命は 成長・ 成熟 とともに繁殖を始め、子孫の確保とともに一生を終える。ただし人間は特殊で、繁殖を終えた時期から「老化」のステージに入る。老化の始まりは「更年期」 とも呼ばれ、以後 子を産まないから、老人の身体情報は子孫に伝わらない。つまり 「老化」 の生命上の特徴は 「適応・ 進化の道から外れること」 と言える。

♣ さて、老化にはいろんな定義があるが、意味する所は 病気ではない「更年期以後の心身機能の低下」 と言えば当たるだろう。病気なら人さまざまだが、老化は誰にも必ずある。びっくりすることに、老化は 自然界の” 動物には存在せず、人間だけにみられる現象なのである ! え ナゼ?とあなたは思う。

♣ 自然界の動物は 「生存と繁殖」 以外に生命の目的は無く、子を産み終えると生命の目的は達成されるので、世代を交代して命を子孫に繋ぐ。これは 「生存と進化」 の王道であり、地上のすべての生命が 過去 38 億年 に亙ってやり続けて来た道である。つまり動物は子を産み終えたら逝ってしまうので、更年期にも老化現象にもご縁がない訳だ。え 本当?

加齢と老化の今後

♣ でも、不思議に思わないで欲しい … 我々人間だって 半世紀前 までそうだったのだ。その頃、人の寿命は更年期の手前で終わり、その後の老年期を迎えられる人は限られていた 1 ) 。「お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出かけました」 と童話にはあるが、その昔は 40 歳 前後で 爺・ 婆 だった()、今なら 80 歳 でやっと 爺・ 婆 と呼ばれる。

♣ では、ナゼ今、世の中に長寿の老人が増えたのか? それは人間には「知恵」 があったからであり、近年の福祉と 「衣食住・ 電水熱」 の環境コントロールにも成功したからである 2 ) 。これらの要素無くして みんなが高齢になることは不可能であり、老化は 「知恵」 の勝利といえるだろう。そこで人間の老化は 「もう、子を産まない」 と宣言する 50 歳頃 の更年期とともに始まる。

♣ がんらい生命は 「発育 ― 繁殖 ― 世代交代」 だけ を繰り返す存在であるから、更年期や老化を保護する遺伝子機序は進化の歴史の中で求められなかった。人間でさえ老年期以後に進む人は少数派で、そんな保護は必要なかった。その上 遺伝子(DNA)は死亡の主因である 「飢餓・災害・病気・捕食」に対してほどんど無力であり、「老いた体を守る役目」は遺伝子の守備範囲ではなかった。では、老化とは人が生きて行くうえで そもそもムリな現象なのだろうか?

♣ 老化は大別して 「病的老化」 と 「生理的老化」 に分けられる。病的老化は、病気・ たとえば糖尿病や高血圧による動脈硬化などで引き起こされる老化であって、更年期以後になって発生する老化とは区別される。

♣ これに対し、生理的老化は更年期以降に遅かれ早かれ、誰にでも必ず起こってくる心身の老化であり、その 4 大特徴 は、 内因性 (遺伝子が決めている)、 普遍性(すべての人に必ずある) 、 進行性 (ジワジワ進行し、後戻りしない) 、 有害性 (常に体へ不利をもたらす 」である。たとえば、老眼、白内障、難聴、女性の閉経、骨粗鬆症などがその代表であって、避ける手立てはナイ !

♣ これを何に例えれば適切だろうか?自然界の動物は繁殖が終ったらさっさと死んでしまう 「ピンコロ型」 である。これに反して私らの平均的な将来は、更年期 生理的老年期 病的老年期 逝去とゆっくり進み、死にざまは 「ジワコロ型」 である 3 )

♣ つまり人間は、このところ 「50 年 の繁殖期と 50 年 の老年期」 を持つ 「ハイブリッド生命4) になったと言える。しかし、人は 前半の 50 年 を十分エンジョイして文句はないが、後半の 50 年 については不満が溜まっている …後半がたった 50 年 では足らない、と老人たちは言うのだ。

♣ 何とおっしゃる ! ! 生き物が子を産まずして 50 年 もの長い間 のうのうと生きていられるって、38 億年 の生命史の中で 前例のない 大きな矛盾 なのだ ... 繁殖しない生き物は ”ヒトの老人” だけだ  ... 永く生きていたかったら、永く産みなさい ... 生き物の宿命である生命進化から離れてはいけない ... 知らなかったの?

♣ そこで私は “空飛ぶ飛行機” を人生にたとえてみる。飛行機はお客や荷物を運び、調子よく空高く飛ぶ … これは人間の繁殖期に相当する。運航上の設定が来ればエンジンは止まり 「滑空」 しながら地上に向かう … これは老年期に相当する。上手に操縦すればグライダーのように長く滞空するが、いずれ空港に降りる … 後は滑走路を滑らかに進んでエプロンに到着する … お疲れさま、だ。

♣ 言葉は 「加齢・ 老化」 と言って好かれないが、人間は 「老年期」 という、野生動物には決してない有難い期間を獲得したのである。老年期は繁殖期と同じだけの長さの 50 年 があり、動物の せわしない 「ピンコロ」 とは違って、ゆったりとした 「ジワコロ」 で幕引きが出来るのである。何の 不満・ どんな不平 があると言うのだろうか? 2023字

要約: 生命は すべて 「発育・ 成熟・ 繁殖」 の道を歩んだあと世代交代をするが、人間だけは繁殖の後に 「老年期」 を迎え、ハイブリッド生命を獲得した。 生理的老化の 4 大特徴 は「内因性・ 普遍性・ 進行性・ 有害性」であり、老年期に入った人間はこれを避けることはできない。 老化の特徴を空高く飛ぶ飛行機の有様にたとえてみた … 「飛翔・ 滑空・ 到着」 が人生の有り体 (ありてい) の現実なのである。

参考: 1) 新谷:「老後の半世紀」;福祉における安全管理 # 512, 2015. 2) 新谷:「遺伝子の新しい指令」;ibido # 600、2016. 3) 新谷:「ジワコロで満足」、ibido # 577, 2016. 4) ハイブリッド = 「異なった要素を混ぜ合わせたもの・組合わせたもの;雑種」; ... ハイブリッドカーは「電気」と「ガソリン」の力で走るので、雑種=ハイブリッドである。

職員の声 

声1: 天然の動物は繁殖に精をだすのに、ナゼ人間だけが繁殖よりも自分の生活をエンジョイすることを優先し、少子化に無頓着なのか?(答:過去の生命史をみると、少子化は種(しゅ)の絶滅に、高齢化は社会の淘汰(とうた)につながっている)。

声2: 親の長寿念願は 「本人と家族j」 にしか分からない熱望なのである(答: もし自費の勘定で長寿ができるのなら、どんな長寿であれ、異議を挟む人はいない ..... 問題はそれに必要な巨大な老齢の「公的予算」をどう賄うか なのである)。

声3: 今の日本では認知症の老人が長生きを享受しているのと裏腹にに、子孫は毎年減りつつある ... それで良いのか?(答:二千年昔のローマ以後、同じことが何度も繰り返されたーー子孫が減る国は没落し、子孫が増える国は興隆してきた ... その舵取りは政府次第である)。

声4: 今の日本の老人は世界一優遇されて長生きだ ...また我々の遺伝子構造から見て、今以上に寿命を延ばすことはムリである ... 老人は今の寿命で満足して欲しい(答: 北欧先進国は老人に 「愛」 を注ぐが、「医療」 は控えている ... 医療で出来ることには限りがあることを知っているからだ)。

声5: 私は「鮭」の一生を思い浮かべる ... 彼らの生まれは「川」、育ちは「海」、ふたたび戻って生まれ故郷の川で産卵した後、やがて死ぬ ... もし知恵ある者が介入して「産卵のあとすぐ死ぬのは可哀そう、施設に連れて行って延命しよう」と言い出せば、親切か? 100 年前、1000 年前の日本人は誰にも介入されず、老いて死ぬ人は自然に死んで行ったけど(答: 誠にしんみりするご意見である ! )。




(623 ) 釦 の 掛 け 違 い

(623) 釦 の 掛 け 違 い

カーディガンやワイシャツの釦を掛けている時、最後になって釦の掛け違いに気付くことがある―― 最初からのやり直ししかない。

♣ しかし、相手のある場合のやり直しは、一呼吸を入れないと面子に関わるだろう。この場合、対処法を一つでも間違えれば険悪な結果に陥ることもある。たとえば、「言った・ 言っていない」 の水掛け論、「頼んだ・ 頼まれていない」 などの些細なことから、会社の業務に差し障る重大な釦の掛け違いも有り得ることだ。

♣ この際、一番 目立つことは 「釦の掛け違いをした 最初の時には一切 “悪意” はなかった」 ハズである … それだけに、もしそれを “悪意があった” と解釈されれば 憤然とした対立が起こり、物事はややこしくなる。誰でもこんな現象が起こり得ることを知っているのに、人はその場に遭遇すると案外に ヘマ をやらかす。パールでは 「安全管理」 を徹底しているので、釦のかけ違いはめったに起こらないが、それでも 「善意」 の混乱が時に起こる。近年 起こった そんな三つの例をお示ししよう 。

① H.S.様86歳男性、アルツハイマー型認知症、要介護 3 。歩行障害と会話能力の低下があり、長女と二人暮し。ある日、デイサービスから帰宅すると脇腹に 青あざ が数か所あったが、何の報告もない。以前にも同様なことがあり、訳を聞いたが情報はなく、ケアマネにクレームを提出した。

♣ 問題は医師の診断まで未解決となったが、長女の勘で 何らかの虐待、 偶然の青あざ のいずれかをはっきりさせたい訳だ。さて、関係者の報告を確認して問題点を洗い出さねばならないが、その際、真実が分かりさえすれば良いのではない。釦 の掛け違いが無いように十分な配慮が望まれるのである。あなたならどうするか?
釦の掛け違い

② F.S.様、91歳女性、脳血管性認知症、要介護 4。早朝に起き出して、人のいない食堂へまぎれこみ、そこで転倒、鼻出血状態 を発見される。その通報を受けたご家族は、憤然として するどい一声:― “ナゼこれを防げなかったのですか?” これを受けて、 職員は “おねぎらい” の言葉を先にかけるべきだったのに、「徘徊・転倒」 の経過を説明したところ、ご家族は烈火のように激怒: “私は街に出て このことを言いふらします” とおっしゃる。

♣ この場合も 「釦の掛け違い」 があった――まず真っ先に 「ご心配でございましょう」 から報告を始めるべきだった。ところがご家族は鼻血の母親を見て気が転倒しており、職員を叱責する強い言葉しかなかった。この職員は ここで 「釦の掛け違い」 をしていた訳であり、自分の迂闊(うかつ)さに気が付くべきだった。相手の気持ちを先に汲み取る余裕が望まれていたのである。

③ A.B.様、88歳女性、アルツハイマー、要介護3。デイサービスで午後を過ごされた後、帰宅の時間がやってきた。足元が不自由なので職員が彼女の腕を支え廊下を案内していたが、本人がその腕を払いのけて自立歩行に移った直後 ドスンと転倒。現場に居なかったデイの上司がすっ飛んでやってきて状況を観察。ところが、上司はご家族に違った報告をした:―― 独り歩きをしていて、ドスンと音がしたので駆けつけてみると、転倒していた、と。

♣ 上司は自分で見ていなかったことを報告したのだった。その後、病院受診で大腿骨頭骨折と診断。責任問題が浮上した時、ご家族は 「足が悪い母を独り歩きさせた施設側の責任だ」 と主張して 200 万円 の賠償金を取得した。上司は後になって説明のし直しをしたけれど、後からの訂正を家族は聞き入れなかった … 相手のある釦を掛け間違えると、後々まで身動きができなかった例である。

♣ 苦情やクレームのほとんどは家族から寄せられるが、私たちは 即断せず、感情的にならず、賢明に対処する必要がある 。苦情には迅速に対応し、相手の気持ちを受け止めることが一番大切だ。揉め事が起こったら、自分サイドについては次の 三つの基本姿勢 をしっかり確認しよう … 。

♣ それは 「 正確な事態の把握 苦情の要因を理解、 相手の気持ちを思いやる」である。そうすれば、間違った釦を掛けることもなくなるだろう。今日述べた 3 症例 は 皆 正確な事態の進行が把握されていなかったし、事件というものは多かれ少なかれ そういうものなのだ。相手も自分も「身贔屓」 (みびいき)の情報だけで対応すれば、「釦の掛け違い」のトラブルに発展するだけである。

♣ 声高に責任を追及する家族もあるが、もし相手の立場に立てば それが正しいのかもしれない。でも、すぐに 「ごめんなさい ! 」 と謝るのは良くない … 自分の「非」を認めてしまうと、上記の 「3 例目」 のように、後に引けなくなるからだ。まずまずは 「大変ですね、困りました」 などの声を掛け、相手方の気持ちをねぎらう言葉を掛ける 心の余裕を持ちたいものである。

要約: 人へのサービスは善意のもとで行われているハズであるが、時に 「釦の掛け違い」 が発生する。 そのような 3 例 を提示し、どこで釦の掛け違いがあったか、対応はどうすべきか、を考えた。 “黄金の三つの心得” は「事態の把握要因を理解相手の気持ち」 であろう。

参考:  新谷」「六つのべからず」; 福祉における安全管理 # 50, 2010.

職員の声

声1 : 強い口調で怒鳴りこまれると カッ となって言い返すことがあるが、やはり “一呼吸おいて” 相手の気持ちを理解すべきだなあ (答: “仏の顔も三度” と言われているから、せめて一度目から火花を散らさない方がいいだろう)。

声2 : ケアにはミスが付きまとう事もあるが、釦の掛け間違いだけはしないように心掛けたい (答: 親の体の事となると つい過敏になって キツイ言葉 になる人もあるが、人ってそういうもんだよ … ならぬ 堪忍 (かんにん)、するが堪忍。)。

声3: 相手の気持ちになれと言われても、慌てている時にはそれが出来ず、その上 すぐ謝ってはいけないとなると、もうどうしたら良いのか迷ってしまう(答: みんな迷うよ … だから 「黄金の心得」 があるんだ―― 事態の把握、 苦情の要因、相手 の気持ち)。

声4: たとえ釦を掛け違えても、初動を間違えしないように 「誠実な対応」 が大事(答: 善意の誤解はお互いに有り得ること … しかし 嘘やゴマカシ さえなければ、必ず和解の道は開かれる)。

(620) 命 の 歩 幅

(620) 命 の 歩 幅

命の階段は一歩ずつ進み、一年を一歩とすれば 一生およそ 100 段 を数える。おっと、100 段 は言い過ぎであって、これには(A)人類ごと・ (B)個人ごとに系統的な変化があるので、それを調べてみよう。

♣ まず(A)「人類ごとの階段」を復習する。動物の寿命はおよそ体重に比例するもので 1 ) 人間の場合、文化・ 文明と無縁の原始生活をしていた時代は 似た体重の 山羊・ 羊と同格 30 歳前後 であり、縄文・ 弥生(やよい)時代がこれに相当している。ちなみに、3 万 年前の ネアンデルタール人 の遺跡で歯の年齢鑑定によると、やはり寿命が 30 歳前後 であった 2 )

♣ さて、日本では時代が進むにつれ、平均寿命は次のように増えて来た:―― 弥生( 30 歳)-室町( 33 歳)-江戸( 40 歳)-明治( 45 歳)-昭和( 50 歳) ➟ 平成( 87 歳)! つまり初期の千年かけてやっと 20 歳 ほど増えた人の寿命 … それが近年 僅か 50 年 で更に 40 歳 近くも増えた … 併せれば、弥生時代に比べて 60 歳 も長生きになった、これぞ 平成の大事件 と言われる所以(ゆえん)である ! もっとも現在の介護施設では 90 歳代 の高齢者はちっとも珍しくなく、それが弥生時代の 30 歳 (図 1)の3倍も延びたという感謝・ 感激などはまったくない。

命の階段

♣ 昔は更年期後の「老後」なんて珍しく、命の階段は 50 歳未満 で止まっていた 3 ) 。「だって社会が貧乏だったからだろう?」という理由が頭を掠めるけれど、ではお金持ちだった貴族の寿命は長かったのか?を見てみる:―― () 裕福な一生を送った 徳川将軍 15 代 の平均年齢を集計してみると、平均 51.5 歳( 8~77 歳)。() 同じく保護と権威を一身に集めた同時代の 天皇 15 代 の集計では平均年齢は 49.4 歳 ( 22~ 85歳 4 )。長命の方々もあったが、なにしろ短命の方々が多かったのである。

♣ 徳川から明治までの、裕福な方々でさえ 平均 50 歳 前後 の寿命という有様だ 。まして大多数の平民は一生働き続け、更年期以後の 「楽な人生」 などが叶うはずもなかった。と言うより、人生の 「更年期 そのもの」 を迎える前に 逝ったのである。私らは、現代女性の平均寿命が 87 歳 と聞いても 「フーン … 」 と聞き流すだけで、長命の有難味を感謝していない。それどころか、もっと長生きしたいと欲張る始末。「極楽蜻蛉」 (ごくらくとんぼ)もいいところだ。

♣ 次に(B)「個人ごとの階段」を検討する。 ① 出生: 女性は およそ 12 歳頃 「初潮」 を迎え、青春が始まる。子孫を確保した 50 歳頃 には「閉経」があり、人生は終る。このサイクルの設定は、個々人の希望ではなく、神様(DNA)のみ手によるもの違いない、だって みんな申し合わせたように同じパターンではないか。神様のお考えが変って、閉経時期が 100 歳 になり、お産も 長生きも 両方が 女性の心に叶うという事は有り得ないのだろうか?

♣ でも、現実の女性は “お産と育児はもう結構、長生きだけ したい” と願うだろう。男性だって自分が 100 歳 になってまで 女性のお産に付き合う気力なんてナイ。人は命の歩幅を緩めず、一歩ずつ苦労して登ってきたが、更年期の後、子孫の進化・存続に関与しない”楽” (らく)を 求めて長生き する道を神様はお許し下さっただろうか? 

♣ 自然界の動物は繁殖期が終わると 「世代交代」 をする ... だから彼らには更年期 も老後も存在しない。しかし人間は 「知恵」 によって子を産まなくなった後の「生き残り術」を開発した 立派な動物であり、楽な老後があってもいいハズだ。事実、更年期を過ぎて得られた 60 歳 の「還暦」などは人生の黄金の日々と言える。ところが現実には、そのあと 年を重ねる順に 「脳卒中、続いてガン」 などで人々は間引かれ、運良く生き残った場合でさえ 「認知症」 を免れることはできないように見える。それはナゼか?

② 加齢: 地球が太陽を一回りするたびに生命は一歳ほど齢をとる。我々は子供のころ、早く大人になって好きなことをしたい … ところが齢をとると することは無いが長生きだけしたい。でも自分の体を眺めると 視力・ 聴力・ 残歯の数・ 肌の皺・ 銀髪 …みな 齢ごとに古びて来るが、唯一新品なのは我が子供たちである。そう、「ナゼ?」の答え、すなわち、命は、自然界の動物と「同じ歩幅で順送り」、古いものは新しいもので受け継がれていく。 … その答えなら分かっちゃいるが ... ほろ苦いなあ !

③ 終焉: 昔、ギリシャの街道に住みつく スフインクス という怪物が旅人を悩まして、問題をふっかけた:―― ワシの問いに答えよ、正しければここを通れ、間違っていればワシはお前を食う … その問いとは 「朝は 4 本足、昼に 2 本足、夕方には 3 本足 で歩くものとは何か?」。 多くの旅人達は命を落としたが、若い賢人エディプスはこう答えた ――生まれた時は四足で這い、長じては二本の足で歩き、老いては杖と併せて三本の足で歩く、それは人間の一生である ! その正解を言い当てられたスフィンクスは崖を飛び下りてしまい、街道にはふたたび平和が訪れた。

歩幅と年齢

♣ あの若い賢人 エディプスは大股で歩いて来たが、齢とった私はあんな大股では歩けない。私も若い頃には広い歩幅で歩いたが、今は小股になった。参考書を読むと、人が歩く歩幅の正常値は男女差もあるが、およそ 身長 cm×0.45、つまり 160 cm の人で約 70 cm(図2)。それも歳と共に短くなり、アヒルのような歩幅で肩を振って ヨチヨチ 歩くようになる。目も弱くなり、転んでは骨折してしまう。

♣ 人は命の階段を一歩ずつ真面目に歩くのだけれど、最後は 短い歩幅 になって逝くんだよなあ ! 1984字

要約: 人は一歩ずつ真面目に歩くが、昔は天皇・ 将軍・ 平民 皆 短命、今は誰も 皆 長命 … 人はそのことに気付いていない。 人は 「出生・ 成熟・ 終焉」 をハンコで押したように同じパターンで歩む―― 個々人の希望は自由だが、基本リズムは神(DNA)が定めていて変えられない。 身体・ 精神能力 は高いまま続くけれど、ある日ふと、自分が 短い歩幅 で歩いていることに気付く。

参考: 1 ) 新谷:「ライオンの 3 倍 も生きる」; 福祉における安全管理 # 616, 2017. 2 ) Rachel Caspari: “The Evolution of Grandparents”, Scientific American, August : 24, 2011. 3 ) 新谷:「長命を支える三つの道」;ibido # 614, 2017. 4 ) Yahoo: 徳川家康~徳川慶喜の 15 代 。後水尾天皇~明治天皇の 15 代 。いずれも 1600 年~明治までの同時代を比較。

職員の声

声1: 江戸時代の 天皇・ 将軍 15 代 は平均 50 歳、まさしく昔は 「人生 50 年」 の短命だったのだ .... このお話、ご利用者とのトークに使わせてもらいます(答: 江戸時代より以前はもっと短かった ... 我々は今を感謝しなきゃね)。 

声2: 本文の怪物 ・ スフインクス の話は 「3 本足」 で終わったが、その二千年後に 「歩幅のない 0 本足」 の時代が来ることを予想できなかったのか?(答:ちょっとの以前・ 昭和 60 年頃 には病院のエレベーター前で車椅子を見ることは少なかった... それほどまでに、歩かない老人(0 本足)が増えたのは ごくごく最近のことなのだ)。

声 3: 子供が走る時、足の蹴り上げが少ない ... 人も齢をとると歩幅が小さくなって転倒しやすくなるのか?(答: 蹴り上げ・ 摺り足・ 揺れ肩 ... 人が 更年期以前 であれば あり得ない現象が次々と起こることを知る)。

声4: 歩幅は老いて狭まり、神様でさえ元には戻せない(答: もしお年寄りが大股をまねたら、その時に 転倒・ 骨折 の災難が降りかかる ... 人間、更年期を過ぎると神様のみ手から離れてしまうのだ)。

メモ: 文中の「神様」は いわゆる "GOD" ではなく、命の「進化・存続」をつかさどる "DNA"のことです。

(619) 百 歳 の 壁

  ちかぢか平均寿命は 100 歳 にまで増える、と聞くが1 ) 、いったいいつの事になるだろう? 確認しておきたいが、平均100歳ということは、90歳と110歳の平均が100歳ということであり、単なる100歳お一人とは大違いなのである ! でも多くのご家族も 「… なんとか うちの母を 三桁 にしてください … お願いです」、とおっしゃる。

♣ それほど 三桁 (100 歳) は魅力的なのであろう。現状で言えば、男女合わせた概算は日本の 総人口=約 1.3 億人、100 歳 = 約 2 万人 であるから その比率は 0.0002 % (人口 5 万人 につき 100 歳 は 1 人 )となる。100 歳 以上の総計は 6 万人 で、毎年少しずつ増えている。今日は、100 歳 の壁が人口的にどんな意味を持つものかを三つのアプローチで概観する。

① 各年代の人口分布図 1):――簡便のために図は男性のみを示す(女性も 70 歳 以降はほぼ同じ)。

百歳の壁

上図: 1920 年  (大正 9 年)
 人口: 5千 600 万人
 人口は 10 歳以降、85 歳に向かって直線的に減少する
  屈折年齢 = 10 歳

下図: 2015 年  (平成 27 年)
 人口:1億 3千 万人
 人口は 70 歳以降、100 歳 に向かって直線的に減少 
  屈折年齢 = 70 歳

♣ 上下の図は時代が約 1 世紀 離れており、人口は 2.3 倍 に増えた。上図では 0 歳児 が 産まれたあと、ただちに 多数が死亡、10 歳 あたりで右下方に折れ曲がり、以降は 85 歳 に向かってほぼ直線的に減少する。したがって、屈折年齢 2 ) 10 歳 で、典型的な古典型の人口パターンである。65 歳 以上の老人部分は極めて僅かなことを観察すること。

♣ 下図では、出生直後の児 が上図の半数に近いが、続いて右に向かい増大する二た瘤が特徴的 (団塊世代の親子)。70 歳 前後の窪みは終戦前後の混乱を表す。そこ以後は右下方に折れ曲がり 100 歳 に向かって直線的に減衰、つまり屈折年齢 2 ) 70 歳 である。上下の図で ”赤い老人部分の驚異な差” を観察することーーこここそが現代の最大の問題点なのである !

♣ → 上下の図を比較して異なる点は、()子供層の数はあまり違わない、()年齢に沿って人口が減り始める点= 屈折年齢は上図で 10 歳、下図で 70 歳、()老人の数は驚異の差 !()老人層の終点が上の図(= 85 歳)、下の図(= 100 歳)。屈折年齢 という現象はどの国にも必ず観察され、日本やスエーデンは 70 歳、トルコは 40 歳、アフリカは 0 歳など、各国の福祉状況によって異なる 2 )

② 64 歳以上の高齢者部分図 2):――各柱の上の数値はその年代の人口を示す(単位:千人)。この図で読めること:-- (a) 64・ 65 歳 の約 220 万人 は日本最高値であり、その右側に終戦前後の揺れがある。
百歳の壁

(b) 70 歳 あたり以後は加齢と共にほぼ直線的に減少して 100 歳 に至る。つまり 30 年間 で 70 歳 の人口がゼロになるので、人口は毎年 70 歳の 3.3 % ずつ減少する。このパターンは日本の他に 北欧 4か国・ フランス だけであり、他の国の屈折年齢はより低い値に分布 する 2 )

(c) NHKは、30 年後 の日本は平均寿命が 100 歳 になると推定 した 1 ) ;つまり上の図で言うと、今の男子平均寿命 80 歳 の位置が図の右方向 100 歳 の位置までへ移動することになる。すると、今の100 歳人口 も20年分ほど右へ押され、移動先で 120 歳 は 大人口となるだろう。フランス女性カルマンさんは 122 歳 だったが、142 歳 の女性 も現れ、世界は 「超々々高齢者」で混雑してくるだろう。

③ 加齢の困難度を最後に示す。 図 2 の柱の上に記載されている数値同志の割り算から、その困難度を推定してみよう。70 歳人口 を 8 0歳人口 で割れば 約1.5、80 歳人口 を 90歳人口 で割れば約 3 …のように演算すれば 図 3 が得られる。つまり 70 歳 が 80 歳 になるときの困難度は 1.5 倍 に増え、80 歳 が 90 歳 になるときは 3 倍 に、90 歳 が 100 歳 になるときは 17 倍 に増える (17 人 の 90 歳 のうち 1 人しか 100歳 になれない)。同じ 10 年 ほど長生きするのに 100 歳 の手前には巨大な「17 倍 という壁」 が見えるだろう ――現代人 は 90 歳 になるまでは なんとか順調に行くが、100 歳 の手前には大きな壁があるのだ。
百歳の壁
♣ ちなみに、特養パールに入所している近年の利用者数の年代別比率をみると:--60 代(0 %)、70 代(8 %)、80 代(54 %)、90 代(36 %)、100代 (2 %)… つまり、80 代 が一番多く、 その代 を乗り越えられた人の多くは99 歳 まで進むが、ナゼか 100 歳の手前で ガクンと減り、「百歳の壁」 という描写は現場の印象をよく反映している。

♣ もし 100 歳 を越えたらどうなるか?以前にも述べたが、100 歳代 とは 「耳に優しい」けれど、実質的な生存上限は 「105 歳」で大部分が終わってしま い、統計的な分析はできない 3 )

♣ すなわち、上記の年齢の所見 ①・②・③ から見て、平均的な人間というもの は 「50 歳 で更年期・ 70 歳 で屈折年齢 そして 100 歳 で生存の壁」という 三ッの臨界年齢 を持っていることが分かる。つまり、人々は屈折年齢の 70 歳 を越えれば 医療・福祉のケアがあろうとも、毎年 3.3 % ずつは逝く、という天命を避けられないようだ。このことは 医療・ 福祉家が活動する際の大事な心得となるのではないか。 

要約:  百年前と今の老人数を目視的に比較すると天地の差があり、多々老少子が明瞭だ(図 1)。 10 年 ごとの生存困難度を比較すると、100 歳 の前に大きな壁がある(図 2・ 3)。 人間というものは 三つの臨界年齢を持ち、それは 「更年期 50歳・ 屈折年齢 70歳 および “生存の壁 100歳” である。

参考: 1 ) 新谷:「寿命の延長はどこまで続く?」; 福祉における安全管理 #516, 2015. 2 ) 新谷:「屈折年齢と福祉」; ibido # 579, 2016. 3) 新谷:「超高齢にたまげない」; ibido #611, 2016。

職員の声

声1: 人類には三つの「臨界年齢」があり、ホップ・ ステップ・ ジャンプと覚える … 四つ目のステップは無いのか?(答: 三つ目を通り越すのは百歳越えであり、これ以上の長命は非常に困難となる)。

声2: 人生の終点は 100 歳 らしいから、自分の年齢を 100 から引き算すれば、今後の自分のビジョンが見えて来る(答: その意味で言うなら 「余命表」 が役立つ … たとえば、今 60 歳 男とすれば 余命 = 23.5 年 と読める … 余命については次回のお話で解説する)。

声3: 105 歳 の人が実質ゼロなのに、平均年齢がやがて 100 歳 になると予想する NHK はどんな根拠なのか?(答: 過去の成績で将来を予測する過誤を犯しているのだ)。

声4: 日本や北欧諸国では 多くの人たちが 70 歳 まで あまり間引かれずに生存できる ―― それが「屈折年齢」 3 ) の考えになったのか?(答: その通りである … 人類および各国の事情は様々であるにも拘わらず、屈折年齢の現象には目を見張らせられる)。

図の出典: 下記の 1. 2. 3. を筆者がそれぞれ改変して意味づけしたもの。
1. http://xn--eckyfna8731bop8c.jp/geinou/%E6%97%A5%E6...
2. http://www.ipss.go.jp/site-ad/TopPageData/pyra.htm...
3. 日本の人口統計 - Wikipedia  ja.wikipedia.org/wiki/

(624) 認知症 と 神様の意見

(624) 認 知 症 と 神 様 の 意 見
  
  「延命・ 長寿は人の望み」と しばしば聞こえて来るが、最近 また聞き捨てにならない発表が次々とあった。

♣ ① NHKテレビのニュース: 百寿者は良い親を選んだおかげでなれる!と(長寿は遺伝子への依存が大) 。② 日本経済新聞の特集: 「延命長寿は自分の希望で選べるものなのか? 」、および ③ 「アメリカの雑誌 1~3 ) “長寿特集で、1,000 歳 の話題” もあった。「長寿・長寿」に関する話題は、やはり どの国 どの時代でも人気があるようだ。
人気の長生き話題
  <会話> 長生きの計画を立てたかい?... 僕は もう長生きしてるよ. 

♣ 日経で一つだけ確認できたこと、それは 「欧米では」 認知症の終末期に余分な水分・ 栄養補給をしないという認識が一般的だが、「日本では」 家族も医師も “餓死させるわけにはいかない” との主張をする。“餓死” とはきつい表現だ ! 食べる意志があるのに “食べさせない” 結果を “餓死” というのであり、本人が老衰で食べる活力がないことは “餓死” と呼ばない。

♣ 実状を述べれば、胃瘻の成績は生命延長効果が 平均 1.2 年、経費は一年に 900 万円 のコスト、I.V.H. は平均 2月 の延長で 100 万円 掛かる 4 ) 。いまパールでは 3 人 の方々が胃瘻栄養で、いずれの症例も意思疎通のできない認知症の方である。

♣ さて、今や先進国での主たる死亡原因は 「ガン」と「認知症」 だけとなった。「ガン」の診断はほぼ正しいと思われ、死因の約 30 % を占める。ところが死亡診断書で「認知症」はまだ珍しく、たいていは「誤嚥性肺炎・ 老衰・ 心不全」となる。将来的には認知症が大半になるだろう。

♣ 有名なところでは、元アメリカ大統領の ドナルド・ レーガン 、および元イギリス首相の マーガレット・ サッチャー が共に「認知症」で逝ったことであろう。つまり「ガン」にならずに長生きすれば「認知症」以外の病名は付けにくい実態がある。そこで 「 肺炎・ 老衰・心不全」 などが選ばれるが、これらは果たして まっとうな「病名」と言えるだろうか?

♣ そもそも生物が元気なまま自発的に死ぬ必然性はない。神様は動物の死を 「飢える、感染症で倒れる、事故にあう、他の動物の餌となる」 、これだけで ほぼ 100 パーセント と考えておられたようだ。認知症で逝く、なんて神様の案にはなかった。人間が子孫を確保して「更年期」に入るのは 50 歳頃 だから、それを遥かに越して超高齢で世を去るのに 「認知症なんて病名は無意味」 ではないか?これについては人間が自分で後始末をつけなければなるまい。

♣ アメリカからの新着雑誌の情報を 1~3 ) お知らせしよう。人の命を規定するものは二つのみだと言う: つまり 「環境--ヒト由来」 と「遺伝子--神由来」 である。

環境」はヒト由来の要素であり、今の日本の生活環境は過去のどの時代に比べても優良である。つまり環境の改変によってヒトの寿命は 30 歳 から 90 歳 に延びた。もし「衣・ 食・ 住 」の基本に加えて、「電・ 熱・ 水」 の補給が断たれれば(ありうる)、ヒトは無人島に漂着したような生活となる。その結果、子供と年寄りはさっさと命を失う。

遺伝子」は天与(神)のものであり、私たちの「受精・ 出産・ 成長・ 思春・ 成熟」を支配している。なるほど、「ヘイフリックの限界」(= 細胞分裂は 50 回 程度)が命の限界だ、と述べられているが 5 ) 一番ビックリなのは今回の次の発見ではなかろうか?:つまり 「遺伝子は人を成熟させる働きを持つが、死なす要因を含んでいない!」 という点である。

♣ つまり、長寿研究者たちは、人間の寿命が 120 歳 だ、いや 150 歳 だ、と研究してきたが、そんな低いレベルではない、実は認知症などを無視して、将来 1,000 歳 に達する可能性がある!と言うのだ 2~3 ) 。本当だろうか? ... だって、神様は人間を 「50 歳で」 世代交代と子孫確保の道を工夫されたハズ ... 老人は子を産まず、進化の点で全くオマケの時期と思われるからだ。

♣ 従来、人間は「努力と幸運」によってのみ「長生きできる」と信じてきた。ところが最近、「努力と幸運」が有効なのは 80 歳 になるまでであり、親からもらった長寿遺伝子のオマケがあれば 100 歳 になれることが分かってきた。更に意外なことは、人間が再びアダムの昔のように 1,000 歳 になる可能性さえ示唆されたのである。

♣ でも皆さん、これを喜ぶのはまだ早い!科学者は人の「命だけ」を延ばすことしか考えない。これら 長命になった1,000 歳 の人々に 「日々の仕事、生きて行く喜び、それに加えて “生活するお金” 」を与えることは彼らではなく、我々の役割なのである。さもなくば、今のように 100 歳 でヘロヘロな健康状態のまま、1,000 歳の夢を貰っても 「猫に小判」 ではないか? 神様頼みは 50 歳の更年期 で終わっているのだ !

♣ テレビも新聞・ 週間紙もこぞって長命の話題を取り上げるが、ここでもう一つ大事なことは長寿技術の問題よりも 「老人ご本人の意向」ではないだろうか?なぜなら、大抵の場合、長生きを問題にするのは「ご家族」であって、当事者のお年寄りは長生きして 「幸せ」 とはおっしゃらない現実があるのだ。

♣ それは高齢者が無欲だからではない … 認知症によって 「将来の展望」 という抽象的な願いが理解できなくなっているからである( = 時間概念の消失)。「認知症なんて神様の案にはなかった」 と私は述べたが、私たちは 神様が興味を持たれていない 「認知症の意味」 をキチンと理解すべきだと思う。 1987字 

要約: 認知症の超高齢で食べなくなるのは「餓死」ではない。 認知症で世を去る運命は “神様の案” ではないだろう。 神のみ手を離れた更年期の後に訪れる認知症、これを神頼みで延寿を願っても効き目は無いのではないか。

参考: 1) Thomas Kirkwood: Why can’t we live forever? Scientific American 10: 42~49, 2010. 2 ) Gary Taubes : Live long and prosper. Discover 10: 80~88, 2010. 3) 新谷:「寿命、え?1,000歳?; 福祉における安全管理 # 582, 2016. 4 )  佐々木英忠:高齢者肺炎における誤嚥性肺炎の重要性、日内会誌 138:1777, 2009. 5) 新谷:「入浴時の洗い方」;ibido
#11, 2010.

職員の声

声1: 認知症は 「病気ではなく、年寄りボケ」 と呼んだ方が 実態に合うようだ … 「長生き」という希望語は今や色あせてしまった(答: 昔の長生きと言えば還暦 60 歳 のこと、いまでは 90 歳 になった … 60 歳 は輝いていたが、90 歳 の長生きでは色あせて当たり前)。

声2: 人は何歳まで仕事ができるのか? 報告されたアメリカの 1,000 歳 はきっと「呼吸するミイラ」なのだろう。(答: 正しい長生きとは “自立・ 自活・ 尊厳” あってのこと … 日本はわずか 100 歳 で、ほとんど全部ダメのようだ)。

声3: 認知症では 「死」 に対する恐怖は消え、ましてや「長生き願望」なんで存在せず、その願望は家族の申し立てに過ぎない(答: 私費の昔はそれほど強い願望でもなかった… 今は、医療・ 介護費用 が保険でカバーされるからムリな願望が増えた)。

声4: 神様が関与されるのは更年期 ( 50 歳 )まで;それを越えた老年期の問題 (認知症や長生き願望など)は神頼みでは解決されない(答: 工業製品には製造者責任があって、自動車ならおよそ 10 年 程度: ヒトの場合なら、 神はご自分の生産責任を更年期の 50 歳 に設定されたようだ … 神の守備範を越えて発生する老年期 トラブルは “使用者責任” 、つまり長生きのご本人ではないか ―― 長生きしたければ、どうぞ自己責任で ! 神はもう守ってくださらない)。

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ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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