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 (758) 独 り 暮 ら し と 介 護

(758) 独 り 暮 ら し と 介 護 
 
いま、社会的に一番 関心のある標語といえば 「安心して暮らせる老後の実現」 ではないだろうか?

♣ 日本は世界で一番の長寿の国になって長くなる。40 年ほど前には(1980 年ころ、バブルの真っ盛り)、「元気で長生き」 が関心のある標語だった。ところが、今では 「病気でも長生き」 、つまり 「何が何でも長生き、病気であっても 治療や介護によって トコトン 長生きを続けたい」 という願望がある。在宅介護で訊くと 「人の世話になりたくない、なんて生意気なことを言ってはダメよね」 という声がある。

♣ この 40 年間で、社会の構造や認識が変わってしまった。統合失調症 (分裂病) や認知症 (痴呆) を患う超高齢者が介護者する人を 攻撃 ・ 損傷を与える、という . . . 以前には考えられなかった事件が発生する今日この頃である。

にあるように、若くて 心身・ 経済的 に独立できる年齢の一人暮らしって 明るく美しく魅力的である。だが病気を患う、ある限度の高齢に達するなどの場合、なかなか同棲できる相棒を確保することは困難のようだ。

孤独と介護

♣ 先年、名のある女優の 飯島愛さん がパール近所の インフォス・ タワー で亡くなり、 大きな反響があった。死後 2 週間ほど経過しており、警察の発表によると 「事件性のない孤独死」 、62 歳だった。病名は ギラン・ バレー 症候群 という特別な病気で、10 年前から、治療に取り組んでおられた由。

♣ この病気は 「自己免疫応答」 の不全によって発病する神経疾患で、筋肉が下肢から上に向かって徐々に麻痺が進行し、最後には呼吸ができなくなって死に至る。年間、10 万人に 2 人の頻度 (東京なら毎年200人発病)

♣ このような 難病 の中には 「筋側索硬化症」 、「筋ジストロフィー」 などの病気がある。それにしても、なぜ、これほどの有名人が一人暮らし だったのだろうか? びっくりである。

♣ 日本の家庭は戦後 20 年ほどを堺にして、ずいぶん変わった。その昔、ある程度の暮らしの家庭では、玄関の隣りに 「書生部屋」、台所の横には 「女中部屋」 があり、住み込みの 書生・ お女中 が居たものだ。

♣ 日本では 1970 年ころから経済バブルが始まり、一日 8 時間・ 週 40 時間という労働形態 が推し進められ、住み込みの 「お手伝いさん」 という労働形態は不可能となった。現在でも、よほど稀なケースでない限り、書生や女中の住み込みを聞くことはない。

♣ 第一、家庭で余分な部屋はふつう存在しないし、住み込みの労働時間から計算すれば 月給を お一人に 50 万円 ほどあげなければならず、今どきの家の主人にそんな余裕がある人は稀だ。では、良き昔を懐かしんで、あの労働形態を復活させようとする動きがあるだろうか? たぶん、誰も その実現は不可能と思うだろう。

♣ 介護保険制度は、今年の 4 月で 19 年目に入った。社会で支え合う目的とは裏腹に、現状は介護の 「安心」 からは ほど遠いところもある。「老々介護」 や、認知症の高齢者がお互いの連れ合いを介護する 「認々介護」 も珍しくない。

 ♣ だって平均年齢は、戦後 55 歳 ―― 今は 87 歳 … 人々は30 歳程 年寄りになって、昔の 祖父母の齢 が今の 父母の年齢 になったのだから 「認々介護」 もやむを得ないだろう。またこれによって、介護疲れによる 殺人・ 無理心中 も跡を絶たないという。

♣ でも、でも 、「老々介護」 や 「認々介護」 は 「二人暮らし」 なのである !! 二人暮らしなら 独り暮らしの孤独に比べれば 「天国」 だと思うべきではないか。東京の、ある区の介護認定審査会でも、提出されるケースの 1 / 3 から 1 / 2 は 「一人暮らし」 が現実である。夫婦が二人とも健在という年齢限度は 85 歳くらいまでなのか?それから先に来る超高齢時代に二人とも健在だとしたら、家事諸般は誰が受け持つのだろうか?

♣ 上に述べた 飯島愛さん は 2 回の離婚歴がある由、しかも 一人暮らし。そして、62 歳にして死後 2 週間での発見 ! それに比べれば、二人暮らしは 「長寿でご生存なのだから最高な幸せ」 と認識すべきであり、「老人は安心して暮らせない」 など、文句を言い始めたら バチ が当たる。いま時の高齢者は 「何が何でも長生きしたい」 と思って 欲張っているのだろうか?

♣ 認知症の夫婦が、または 親子が お互いを介護するって、他人の眼では可哀そうに見えるが、実際には 美しいこと なのである。中には、親の年金を目当てにして自分が食べるために 親の死を役所に届け出ない子供の例もあるけれど。

♣ 歳をとれば 誰しも枯れてくるその不足を補うのが 私ら介護職員 である。私は 「認々介護」 という、他人事のようにふざけた表現は不適切だと思っている。

♣ 古き 懐かしき 「大家族制度」 を横目に見、超高齢社会を求めたのは 私たち国民 なのだ … 誰しも、ある年齢まで二人暮らしの日々を楽しんだ後、「必ず」 一人暮らしになる、という 現実に直面するのだ。そして それは人として 自分で選んだ天命ではないだろうか? 1943字

要約: 人は戦後の努力によって寿命が 55 歳から 85 歳まで 30 年ほど、つまり人類の一世代ほど延びた。昔の 祖父母の年齢 が今の 父母の年齢 になり、心身・ 経済ともに延びたのである。 昔は 四世代・ 三世代 の生活であったものが、超高齢になった今はなんと 二世代 または夫婦二人の、更には 独り暮らし を送るようになった。 それにつれて、いろいろ 沢山の新しい問題 が発生してきたが、その問題は我々自身が望んで獲得した 「超高齢」 に伴うものであるから、我々自身が喜んで解決しなければならないのである。
 

(757) 老 衰 と は ?

(757) 老衰とは?   

今日は皆さん方がきっと興味をお持ちになる 「死亡時の診断名」 について考える。

♣ 今から 65 年前まで、日本人の死亡順位の第一位は 「結核」、第二位は 「栄養失調」 だった: 今で言えば、開発途上国並みの病気で日本人は死んでいたのだ。

♣ その わずか 30 年後の死因順序は 一位からの順で ガン ➞ 心臓病 ➞ 脳卒中 ➞ 肺炎 ➞ 老衰 ➞自殺 . . となった(図 1)。 このうち、65 歳以上だけで統計を取ると、「第一位は肺炎」 である … お年寄りは 「肺炎」 で死ぬと思われた。

老衰とは?

♣ パールでお看取りした方々の病名は ほとんどが 初期は 「心不全」 だった。上記の分類によると “心疾患” となる。しかし、実態は決して心疾患ではなく、無限に 「老衰死」 に近いものだった。では、森繁久弥 (もりしげ ひさや) 氏( 96 歳)・ 日野原重明氏 (105歳) のように高齢の有名人の病名がナゼ 「老衰」 とならなかったのか?

♣ 高齢というだけで ご逝去の理由は乏しいのだろうか? 死亡診断書の病名は、死亡と因果関係が深いものが求められるが、その他に国民衛生の強化のために有用な情報となる病名も必要とされる。「老衰」 の診断だけでは病気なのかどうなのか、国民はあまり参考になると感じないようだ。その訳の一例 …

♣ 以前、東京都は都立老人病院付属施設で 身寄りのない貧困なお年寄りを引き取り、亡くなるまで無料でお世話をした。福祉目的だったが、死後の 病理解剖 をお願いしていた。つまり、お年寄りはどんな病気で死ぬのかを、100 % キチンと研究した訳である。

♣ 病理解剖によって 臨床診断 だけより ずっと正確な病気の診断が可能となり、市中の不確かな 「老衰」 という診断を排除できると期待された。

♣ ところが、あにはからんや、2 % 程度の例で 「老衰」 としか言いようのない症例が明らかになり、頭を抱えこむ事態になった、という。つまり 「老衰」 という実態の存在を認めざるを得なかったのである。

♣ しかし 「老衰」 の 「老」 とは、何歳を念頭に置けばよいのか?昔は還暦 60 歳を迎えて中風や癌になって死ねば 「老衰」 で文句なく通っていた。しかし、今は超高齢社会であり、医療も進歩しているので、たとえ超高齢者であっても正確な 「死因」 が求められている。

♣ 老衰とは 「ロウソクの灯」 が徐々に消えていくようなものである … 体の中のエネルギーをもはや燃やす力がない、という意味であろう。老衰には 二つの種類 がある: 常識的に 超高齢である場合、 慢性的に体格指数 (B.M.I.) が 12 近辺まで痩せ衰えて行く場合。

図 2 は認知症例の B.M.I. 経過記録である。上段の例は 94 歳女性、6 年間平穏で、誤嚥性肺炎をきっかけに 1 年かけて体重低下・ 死亡――老人施設ではよく見かける B.M.I. 形態であり、診断は 「老衰ではなく誤嚥性肺炎」 となる。下段の例は 96 歳女性、8 年掛けて極めて徐々に体重が減少し続け、B.M.I. が確実に死亡域の 12 になっても死に辛かった慢性の例を示し、こちらは 「典型的な老衰」 なのである。

老衰とは?

超高齢の場合については、死亡診断名を肺炎だの心不全だのと書かれると、若い人の本当の病気と間違えられる――高齢者の場合、若者と違って死亡原因名は同時に複数あるのが常で、その序列を決める意味は薄い。 の B.M.I. 低下は体力消耗の一形態であって、老人であれば堂々と 「老衰」 を代表する――この場合は診るべき問題は少ない上、診断エラーも極めて少ない。

♣ さて、上記の 死因病名は、みな 「内科担当」 という特徴がある。つまり、人が高齢で 「死ねる」 病気の範囲は、十種類くらいしかなく 、それらから外れると 法律的に “それ、本当なの?” と思う診断名になる。

♣ だから 「十種類の死因」 うちの ”どれか一つ” を 「「診断」するのではなく、単に忖度 (そんたく) して 「選ぶ」 だけになる。だって、眼科 や 皮膚科 の病名では、事実上死ねないだろう。 最終死因は 「癌・ 心・ 肺・ 脳」 などに限られてしまうが、それは一部 真実であろうけれど 訳の分からない診断名に分散されるのだ。なぜか すごく頻度の多い 「認知症」 も 細かく分類されて 「脳・ 心・ 肺」 疾患とされ、元のアルツハイマー型という存在は 影も形も無くなってしまい、国民に誤った疾病意識を与えている。

♣ また 病院での 「老衰」 ならば、世間様は “検査など手を尽くした後の病名だろう” と思って、疑わない。しかし、家庭や施設で 「老衰」 ならば、“手抜 (てぬ) かりがあったのではないか?” と不審の念を抱かれることもあるし、検察の目もある。まだ日本の社会は成熟していず、家族が家庭で看取ることに問題を抱えているのだ。

♣ パール独自の研究で、「体格指数 (B.M.I.) の経過が徐々に 12 に近づく」 という臨床背景 1~2 ) も非常に有益である (図 2) 。 B.M.I.法 によると、多くの 「老衰死」 は 誤嚥性肺炎 がきっかけで、「飲めず食べれず」 の老衰効果に至ることが判ってきた。

♣ 北欧では 「老衰」 よりも 直接的な 「アルツハイマー病」 の診断が多いようだが、これらと 「誤嚥性肺炎」 の計三つの診断は 兄弟姉妹 のような関係であり、いずれを筆頭にするか迷う事が多い。

♣ 老衰とは、さびしい言葉だが、ほんとに さわやかな たたずまいの老衰を目にすると、哀れながらも 静かな幸せ が感じられてくる。 1965字  

老衰とは?

要約:  厚労省の発表する死因別診断名は上から順に 「癌・ 心疾患・ 肺疾患・ 脳疾患…」 となっている。 癌の診断は相当に的確であろうが、それ以外の診断は必ずしも当を得ていず、診断者による個人差が大きい。 昔と違って、9 割以上の死亡が高齢者で占められている現在 (図 3)、近代的な診断名としての 「老衰」 の意義が適切になりつつある。

参考: 1) 新谷: 「天寿の終点は B.M.I. = 12.0 」; 福祉の安全管理 # 33 , 2010. 2) 新谷: 「BMI から見る生と死のはざま」 ; 老人研究 31 :13 ~ 23, 2010 (パールのホームページ—— {社会福祉法人パール} を呼び出し、“ふじひろのページ” をクリックして見ることができる)。 十種類の病名とは:--癌・心疾患・肺炎・脳血管疾患・誤嚥性肺炎・老衰・事故・自殺・腎不全・COPDなど。
 


職員の声

声 1: 「老衰」 とは明瞭な病気が無くても亡くなられたという意味だから、ご本人は凄い生命力だった訳だ (答: 戦後のひととき、「老衰という診断は 医学の敗北だ」 と息巻かれ、老衰と言う病名が毛嫌いされた時代もあったが、今や 「老衰」 は大長命の正規シンボルとなった)。

声2: 「老衰」 で亡くなっても つまり 「何の病気だったのですか?」 と訊ねられるし、何かしらの病名が付くんでしょう?(答: 同じ 「肺炎」 であっても、老人の場合なら 「誤嚥性肺炎」 の事で老人特有、「肺炎球菌性肺炎」 なら 若少時 に特有、全く別な病気がゴチャマゼにされている)。

声3: 本文に示された死亡原因の統計図、これには年齢が加味されているのか?(答: 全くされていない … 全死亡者の統計図である … もし高齢者老人だけで集計すれば、老衰 70% ・ 癌 10 % ・ 事故 10% などと、大幅な変更となるだろう)。

声4: 老人の余命は B.M.I. (体格指数)が 12 に近づく過程によく反映され、ご家族にも説明しやすく、又自然死を受け入れやすくなる(答:ご家族に B.M.I. の経過図をお見せすると、ほとんどの方が自然死の実態を理解、納得される)。

参考:--
  「ガン」 の死因の半分を占める 「心疾患」 という統計は明らかに事実ではない。意外かもしれないが、心臓が直接死因であるためには ほぼ 「急性心筋梗塞・ 心筋症・ 悪性不整脈」 だけであって、その数は 「老衰」 よりずっと少ない。心不全を言うのであれば、それは 「左心不全」 のハズであり、必ず 「起坐呼吸・ 聴診器で第 3 心音の聴取」 が必発であるが、そんな観察を見ることはまず稀なのだ。

(754) 微 笑 ん で み よ う

(754) 微 笑 (ほほえ)ん で み よ う

  元気な心は元気な体に宿る。でも これは簡単なようで難しい。笑う門 ( かど) には福来たる ! あ、これならいい !

♣ ‘箸が転んでも笑いこける’ のは うら若い女性特有の現象であり、高齢者では、そうそう たやすく 笑顔を見せて頂けないようだ。パール・ 特養の サロン は 3 階と 2 階に分かれていて、3 階のほうは要介護度の進んだ方々が過ごしておられるが、テレビをご覧になっていても 声を出すことなく 大変静か である。

♣ これに対して、2 階のほうは要介護度の軽い方々が過ごしておられ、笑顔が多く、テレビを見ても 声を出して 多くの人たちが どよめく雰囲気が見られ、3 階とは対比的である。2 階も 3 階も、平均年齢は 87 ~ 89 歳であって、有意の年齢差はないが、認知症のレベルには明らかな差がある。

♣ 「笑い」は、喜びの感情と繋がっている “副交感神経反射” によって起こる。人間の脳は ‘二階建て’ になっており、一階部分は 「動物脳」、二階部分は 「人間脳」 だ。「笑い」 は 「動物脳」 がリラックスし、「人間脳」 が ’おかしさ’ を感じた時に発生する。 認知症になると、「人間脳」で ‘おかしさ’ を感じることができなくなり、「笑い」 が分からなくなる。

ほほえんでみよう

♣ 猿や犬・ 猫は ‘喜び’ を感じるようだが “声を出して笑う” ことはない。愛犬家の中には 「僕の犬は笑うよ」 という人があるが、複数の犬が一斉に笑うことは決してない。まして “鳥や蛙” は笑わない。つまり、「笑い」 とは、人間のように発達した大脳の所産なのである。

♣ 皆さん方、日常のケアを通じ、ご利用者が 「どの程度 お笑になるか」 を観察すると 「動物脳と人間脳のバランス」 が理解できるので、ひとつ 注意を向けて見られると良い。

♣ 「笑い」 は 「ストレス解放、免疫強化」 などの理由で健康増進に効く とされる。ならば、高齢者介護で 「笑い」 を誘うような行動をもっと取り入れたらどうか、とさえ思う。しかし 同じ笑いであっても 「空笑い (からわらい) 」 では意味がないとも言われる。

♣ 空笑いとは、笑う内容がないのに、顔だけが笑っている状態であり()、ヒトの場合なら統合失調 (分裂病) の特徴でもある。そこで ナゼ認知症で ‘おかしさ’ が分からなくなるか、の理由を考えてみよう。

記憶の喪失: 落語 (らくご) を思い起こして欲しい ―― ちょっと前に耳で聞いた事と 今聞いた事が矛盾すると 人はハテナ?と思い 笑いが誘われる。膨らんだ 「期待と関心」 が裏目に出ると 思わず 「笑っちゃう」 のだろう。

♣ もし記憶のない人の心なら そもそも 心の中に “矛盾” なんて存在せず、ただ 平坦な 「無」 があるだけ で 「笑い」 の存在する理由は全くなく、仮面状の無表情が続く のみだ。

時・ 所・ 人 の喪失 (見当識の喪失) : 認知症に “時” の概念はない ―― 夏と冬の意味は分からず、8 月に冬服を着て汗を流しているが、本人はちっともおかしくない。 “場所” の感覚が薄い ので、トイレではない場所で排便しても、“変だ?” とは思わない。 “人物” の区別がつかなくなる ので、自分の息子に “あなたは どなた様でしたかのう?” と語って平気でいる。

♣ 要するに 「笑う」 とは高度な感情であり、人間は大脳皮質の発達により、辻褄 (つじつま) の合わない現象に出合うと 「思わず笑ってしまう」 ようになった。逆に 大脳細胞数が減少し、所定の脳細胞の協力機能がなくなる 認知症では、笑う内容が脳の中に発生しなくなるのだ。老人のケアを続けている皆さん方の中で、この 1 ~ 2 年で 「笑い」 が消え、ハテナ? と思った症例 をお持ちの方もあるのではないか?

♣ ある高名な病院の院長先生、75 歳。その年の忘年会で、若者たちが披露する 「お笑い劇」 を一番前の席で見ていて 苦虫を噛み潰したような顔でおっしゃる ―― 「皆はこの劇を見て笑うが、私には何がおかしいのか、さっぱり分からない」 と。案の定、半年後には 「正常圧水頭症」 のために職を辞されてしまった。この病気は 脳細胞数が減少し、“ボケ・ あひる足歩き・ おもらし” の特徴を示すことが知られている。

♣ 別な例で 女性 104 歳の Y. 様 ―― いつも怒りっぽくて機嫌の悪い方だったが、「お化粧の会」 に参加して綺麗にしてもらったところ、カメラの前で 満面の笑み を一同に披露され、周りの人たちを唖然 (あぜん) とさせた。

♣ つまり高齢者は一般に笑わなくなる、とは言うものの、問題は単に “高齢” だけが原因なのではなく、 環境と “認知機能の強弱” で 「笑い」 の存続が決まる のである。 1811字 

結論:   気分にムラのある高齢者でも、介護者が笑うと相手もつられて笑うことがある。 90 歳でも 100 歳でも、笑ってもらえるようなケアができれば この上なく楽しい。 “笑うとボケない; 笑う門(かど) に福来たる” など、介護にとって 「笑い」 は とても大事な雰囲気要素 ではないだろうか?

食員の声

声1: お年寄りで認知機能が落ちると 「笑い」 が失われるとは … 目からウロコだった(答: 廊下ですれ違った時など、ふつうなら 会釈 などをするが、もし 相手が “無愛想な無関心顔” なら そろそろ怪しいと思わなければね)。

声2: 認知症の デイ・サービス で、ドタバタ劇の 「ドリフのお笑い」 を見ていると、ご利用者も職員もある場面では ドット 笑う ―― 笑いの ツボ は認知症の有無に関係ないと感じた(答: 笑いは伝染する性質があり、誰かが笑い始めると周りの人も笑いに釣られる)。

声3: よく笑う人は 不平や不満 も少ない、と思う(答: 落語や漫才も役立つし、一緒に笑うことも大事です)。

声4: 「笑顔」 って気にも掛けていなかったが、それほど高度な認知力の源であるとは … 勉強になった … 認知症で いつも笑顔の人がいるが 「空笑い (からわらい) 」 なのか?(答: もし表情の欠ける仮面様であれば 「統合失調」 を考える、そうでなければ 「笑う」 と言うよりも、穏やかな心を反映する “微笑み” なのだろう)。

(751) ”アンチエージング”を考える

   (751)  “アンチ・ エージング”を考える

  アンチ・ エージング (Anti-Aging) とは、老化 (Aging) に反対 (Anti)、つまり 「抗老化」 という意味の方法である。誰しも 「老化賛成」 とは思わないから、「抗老化」 は我々の当たり前の気持ちであろう。

♣ 老化には、ストレーラーの 4 法則と言うのがあって、それは 老化は万人に起こる、 それは他人事ではなくあなたに起こる、 老化は必ず進行する、 それは必ず害悪をもたらす。これらの内、 にはビックリする。こんなものに賛成は出来るハズはない。

♣ 第二次の世界大戦が収まったあと、この アンチ・ エージング の呼び声は高まり始めた。日本にも 「抗老化医学会」 というのがあって、科学的な根拠に基づくという実践の数々が行なわれてきた。

♣ 先進国では高齢化が進むかたわら 「もっともっと長生きしたい」 という 熱望が・ 美容・ 介護・ 医療 の分野で支えられ、さらに実績を上げているという。

アンチエージングを考える

♣ 日本では、100寿老人が1960 年の 100 人から記録をスタートし、2018 年には 7 万人に達した —— 実に 60 年で 700 倍ですぞ ! (図 1)。 生き残りにくかった人々が 多く生きておられる … こんな おめでたいことはないが、複雑な気分にもなる。

♣ なぜって、増え方が 年々激しくなっているからだ。これは喜ぶべきことか? それとも緊張すべきか?

♣ パソコンのネットで 「アンチ・ エージング」 を当ててみると、ほぼすべてが 「美肌の広告」 である。つまり 若い女性がアンチ・ エージングのターゲットになっており、齢をとっても若い肌の美女になりたいと訴えるのだ。それはそれで了解できるが、社会の深層では医療の進歩によって熟年者の 「ずっと長生きをしたい」 と言う声が支持者を増やしているのである。

♣ 命の終わる原因を死亡診断書の順でいえば、ガン (30 %)・ 心臓 (25 %)・ 脳 (20 %)であり、もしこれらを撲滅できれば、次の死因は 誤嚥性肺炎(60 歳以上の死因なら すでに第 1 位)、自殺(年間 3 万人)などと少ない。病気の数は千も万もあるけれど、死因となる病気とはこんなものである。片や、学者たちはヒト遺伝子の改良を研究し、その解読を進めて不老長寿の実現に迫っている。

♣ 私は危ぶんでいる ―― 皆さん、現在の健康状態のままで 年齢 の「数」 だけを増やす長寿法 (介護・ 看護・ 医療) だけで十分なのだろうか?

♣ 人類の最長寿はフランス人女性の ジャンヌ・ カルマン さん(122 歳)、日本では 福岡市の田中カネさん (116 歳)のように、年齢の数値は大きいが、その生活状況 (容貌・ 生活の姿勢)は 周りの人にとって 公表を阻むほど大変なものである。長寿者の年齢の数を増やすだけの このゲームは健全だろうか?

♣ 人間・ 100 歳の 「身体状況」 を頭に浮かべて欲しい―― 「きちんと歩けるの?トイレは大丈夫?入れ歯をきちんと使ってる?」 。100 歳という数字に踊らされないで、さらに 5 年後の体はいったい どうなるだろうか?も考えよう。

♣ まして アンチ・ エージング が問題で、人が 110 歳になったら 「目は見えてる? 耳は聞こえてるの? お味は分かりますか?」。長寿の 「数字」 を増やすだけのゲームには、解決しておく問題が多すぎる。

アンチ・エージングを考える

♣ 幸か不幸か、図 2 をご覧あれ。この図は平成 27 年に 6 万人余の生存していた 100 寿者の年齢別の死亡状況を示す。ご覧の通り 死亡年が実質的にゼロに陥ったのは 107 歳である。つまりヒトの 「絶対寿命は 107 歳近辺」 で終るとみられ、それは我々の経験とも ほぼ一致している。

♣ 今後 100 歳寿がもっと増えても、大多数の百寿者は 107 歳程度で人生を終えるのであり、それを越える人の総数はあまり増えないだろう。だって、あれから一世紀が経ったのに 120 歳のヒトは まだ一人も現われていないのだ。

♣ その前に、「加齢に抵抗する」 という意味の 「アンチ・ エージング」 という考えは 果たして適正なのだろうか? 今の日本社会では、社会福祉予算の 70 % が老人向け、僅か 4 % が子供向けである。

♣ 現実は こんなに 「多々老・ 少子環境」 があるのに、老人の数が更に増えるだけの アンチ・ エージング 方策は健全な社会展望と言えるだろうか?これは 少なくとも 「国連のアルマータ宣言」 で明らかなように、「身分不相応な支出過剰」 に相当する。

アンチ・エージングを考える

♣ 現在の アンチ・ エージングは 「幸せの 3 要素」 (図 3)を軽視して、「身体年齢の数字遊び」 に凝っているだけのように思う。本当のアンチ・ エージングは 「 身体機能が良好だけでなく、 生き甲斐を持ち、 社会との繋がりを保有する」ことではあるまいか。

♣ 税金補填なしでそれをすることは難しいことであるが、どうすればそれが可能になるか、皆さん方のお考えを聞かせて欲しい。1982字

約 :  アンチ・ エージングの高い声につられて、100 歳寿者の数は指数関数的に急増した。 他方、100 歳を越えた人口は負の指数関数的に急減し 107 歳でほぼゼロになり、この所見は我々の経験と良く一致している。 「平均」 寿命は延びてきたが、アンチと叫んでも 昔とたいして変わらず、絶対年限は 「107 歳」 前後のようである。あまりアンチ・ エージングを煽って事態を複雑にするよりも、「生き甲斐・ 社会との交流」 を考慮する方法のほうが大事ではなかろうか。

職員の声

声1: 医療の役目は 「年齢」 を稼ぐだけ、これに対して 「精神・ 社会性の獲得」 は本人の努力ですね(答: つい、アンチ・ エージングは誰かに して貰うことを期待するが、「精神・社会性」 も指導によって行動が可能になる)。

声2: 長野県では老人を働かせるので 「ぴんぴんコロリ」 、沖縄県では老人を大切にするので 「ねんねんコロリ」 ;どっちがアンチ・ エージングなのだろうか?(答: どっちもこの問題へ熱心に取り組んでいると思う)。

声3: 100 歳で元気な人は 「天然のアンチ・ エージング」 ですか?(答: これには大きい男女差があり、100 歳の男なら ”天然ではなく努力の賜物” と、女ならその人口がほぼ 10 倍も多いので “努力を伴わない天然のアンチ・ エージング” 、と考えられるでしょう ―― 要するに男の 100 歳は稀、女ならザラ)。

声4: みんな 恰好良く 100 歳寿をねぎらうけれど、介護保険なのでしょう?いくら掛かるの?(答: 85 歳から 105 歳までの 20 年間を想定、介護度は 4( 月 30 万円)・ 5( 月 36 万円)で概算すると(33×12ヶ月×20年 ≒) 8,000 万円也、自分のサラリーとは比べ物にならず、高齢維持の経費には驚くばかり)。

(752) 認 知 症 以 前

 (752) 認 知 症 以 前
   
  私は昔の記録を知って愕然 (がくぜん) としている。さてそこで、その 「昔の話」 をしよう。これは 「安全管理 シリーズ」 の冒頭に記録された一節である。

♣ 700 年前:兼好 (けんこう) 法師の徒然草 (つれづれぐさ) の 195 段。時の 久我内 (くがのない) 大臣 (だいじん) が正装のまま、田んぼの中で、泥んこになって木造りの地蔵を田の中の水に浸して ねんごろに洗っていた。「変だな?」 と私が見ていると、遠くから家来の 2 ~ 3 人が駆けつけてきて 「やはり、ここにいらっしゃったのか!」 と言いながら 大臣 をみんなで抱え、御殿に運び込んだ。私はその光景をみて 「何事ぞ?」 と不思議に思った。

認知症以前

♣ 400 年前: 戦国時代を終わらせた徳川家康に可愛がられた 「天下のご意見番・ 大久保彦左衛門」 。登城 (とじょう) するのに駕篭 (かご) を使わず、節約の持論 でもって盥 (たらい) に乗る人騒がせで知られる。彼は歳を取ると重用 (ちょうよう) されなくなり、言動も怪しく、ついに自分の ウンコ をご主人の家の床 (とこ) の間に塗り付け、ご主人に 「爺 (じい) 、狂ったか!」 とお叱り。蟄居 (ちっきょ) を命じられ、寂しく世を去った。

♣ 150 年前: 島崎藤村 (とうそん) の父を摸した青山半蔵 (小説・ 夜明け前) 。幕末から維新にかけ、馬篭 (まごめ) の宿( 長野県) の村長として活躍した人。心労が続き、最期に 「あがき」 と見られる不審な行動が続き、ついにお寺の 放火未遂事件 を起こした。座敷牢 に閉じ込められ、抵抗 空しく死を迎えた。

♣ 40 年前: 私の友人の叔母 70 歳。 「元気が衰え、足の力が無くなった」 と病院を受診、「甲状腺機能 低下症」 と診断された。実際には、街を 徘徊し、交番で自宅の在り場所を教えてもらう 「事件」 が何度もあった。夫の献身的な介護もむなしく、数年後、病院で亡くなった。

♣ これらの 4 症例は、21 世紀の知識で振り返ってみると、すべて 「認知症」 であったことは容易に分かる。それどころか、まだ認知症が 「痴呆」 または 「年寄りボケ」 と呼ばれていた頃だったのだ。有吉佐和子の著作= 「恍惚 ( こうこつ) の人」 が映画の演題になり、世にも広く知られるようになったほどである()。

♣ つまり、世間がこのこと (認知症) を 初めて知ったのは、1972 年 (昭和 47 年)なのであった。日本では その年に やっと 「福祉元年」 が発足し、老人医療が無料試験になった時代でもある。
認知症以前

♣ 私たちの身の回りには、まだ 「病気として気付かれない病気」 がある。それにしても、今ぞ ‘はやり’ の認知症が何百年まえから存在しながら、気づかれなかったことは オドロキ ではないか。

♣ この発見も、正確な 行動の記録 が残っていたからこそ、後で判明したのだ。私たちの介護でも、「正確な記録」 の大切さが しみじみと望まれる。ここで 「職員の声」 を少々述べてみよう。

昔は認知症と言わず、「痴呆 (ちほう) 」や 「年寄りボケ、恍惚の人」 などと呼んだとは ! 厚生省が 「認知症」 と 柔らかい名前に変えたのは2004 年、わずか 15 年ほど前 のことなのか。

しかし外国では今でも 「痴呆」 (dementia) である。認知症は 「症」 という文字が付くので 「病気」 と解釈されるが、認知症の 99 % は 「老化」 の症状であり、したがって昨年の 8 月、フランス では認知症の薬は 健康保険給付 から外された ほどである。

やはり認知症は昔からあったのか; 牢屋に入れられたりしたのか?と尋ねられる。例えば、映画・ アマデウス・ モーツアルトを見た人は覚えているだろうが、教会の入り口に 痴呆の男たち が鉄枠の中に入れられたり、頭を鎖で縛られたりしていた。わずか 200 年ほど前の物語だ。

♣ 平成の一桁の頃、「痴呆」 の家族は ひたすら 「恥ずかしい、隠す」 というのが常だった。現在はみんなで苦労を語り合える場ができている。

♣ 他人事ではなく、今昔の感があるね。 1663字

要約:

認知症状は日本でも 700 年前から実在したことが歴史的事実として記録されている。

半世紀前 (1967 年、昭和 42 年)、有吉佐和子の 「恍惚の人」 として認知症状は世間にデビューし、特殊な老人問題として映画の演題にも取り上げられた。

その 28 年後、我々は 「介護保険」 と 特養・ パール の出発を見たのだ。思えば、歴史の大部分は 「認知症以前」 であったし、今の高齢者たちは夢のような幸運に巡り合ったのである。

職員の声

声1: 認知症は年齢と共に増えるのが現実、なら、100 歳でも治療が必要ですか?(答: 認知症 イクオル 老化であり、老化は常に進行し、有効な治療法は存在していない)。

声2: 高齢になれば、機械と同じく 「壊れて行くのは当たり前」 … 問題は壊れたものを大切にする方法にある(答: 人間の望みは 天井知らず だから、どんなに良い方法であっても不平は収まらない)。

声3: 「うちの婆さまがボケた」 と言って昔はそれを受け入れたが、近年、親・ 祖父母 の認知症は受け入れられない(答: 祖父母にも言い分があるかもよ ―― 昔の祖父母はナ、60 歳、今は 90 歳 ... 人生の 「格」 が一世代大きいよ、と … つまり 60 歳 と 90 歳を比べるナ ! )。

声4: その方面の知識あればこそ 認知症は受け入れられるのであって、大抵の人は知識に無関心で、受け入れていないと思う… 認知症に対する人々の知識の深さが求められる(答: 諦めず、「認知症の実態」 に関心を持ち、また人々はすべて齢とともに 「誰もが認知症になる運命」 という現実を啓蒙して行きましょう)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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