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図 説: 正 し い 延 寿 年 齢 の 設 定

(736) 図 説: 正 し い 延 寿 年 齢の 設 定

ヒトの平均寿命がやがて 100 歳になるという明るいニュースが広まっている。あなたが観察する 90 歳の人・ 100 歳の人、両者の健康度合いを比較して、このことが実現するかどうかを見てみよう。

 アメリカ: 平均寿命 100 歳が 2080 年 に実現すると言う 1 ) 。1880 年から 2000 年までの過去の資料を観察すると、平均寿命は毎年 3.4 ヶ月ずつ延びている。これを基に将来を 外挿 すると、100 歳に届くのは 2080 年である。

図説:仇しい延寿年齢の設定

問題点:1880 年の平均寿命が 40 歳という資料は信じ難い。これは 「人口ピラミド」 の言葉通り、 大量の乳幼児死 がそのまま平均値計算に組み込まれたからだ。

日本: NHK は平均寿命 100 歳が 2045 年に実現すると言う。
NHK スペシアル (2014 年 1 月)の ネクストワールド (予測する未来) はこう述べる:―― 先進国の寿命は過去 1 日 5 時間と云うスピードで延び続けたので、2045 年には平均寿命が 100 歳に達し、若くて健康な老後時代 が来る、という将来を語る。
結論:――
アメリカ も NHK も、ヒトの命は 「過去の資料を将来へ外挿することによって計算できる」 という姿勢である。外挿法が適切かどうかを次の別資料で併せ見てみよう。

図説:正しい延寿年齢の設定

過去の資料は幼若死が多数 (図下)、これでは平均寿命の数値が著しく少な方へ引っ張られる。平均寿命の定義は「0 歳の新生児が将来 何歳まで生存できるか」 を計算するものである。つまり で見られるように、戦後の計算寿命は著しく低めに計算され、逆に近年のそれは 幼若死の影響が微小になるのだ。
(例) 100 歳・ 0 歳 各一人ずつ亡くなれば、平均 50 歳の人が二人が亡くなった計算となる。つまり昔の高齢者寿命は低めに計算されていたことが分かる。昔の寿命 70 歳は幼児死亡を除くと 80 歳など。

図説:正しい延寿年齢の設定

現在は老人死が主体であって (図下)、幼若死は少数;よって死亡者年齢はおよそ老人そのものの実数値。近年は幼若死の影響はほとんど無く、死亡数といえば老人の死亡数のこと、つまり老人死の実態が幼若死によってほとんど影響されていない。故に、統計的に計算された老人の数値は実際の数値に近づいている。

図説:正しい延寿年齢の設定

 ヒトの資料は過去の傾向を将来に向かって外挿 (がいそう) することは危険である。
身長 男: 15 歳以後になると身長はもう延びず、水平となる!
身長 女: 13 歳以後でもゆっくりと水平に変化する。
問題はある年齢以後の延び率を、それ以後の年齢に外挿できないことだ。

図説:正しい延寿年齢の設定

100 歳寿は急速にふえるが(下図)、年月と共に 107 歳に向かって急速に減衰する(更に下図)。

図説:正しい延寿年齢の設定

図説:正しい延寿年齢の設定

 過去の資料を正直に図面化した場合。
アメリカ や NHK の資料では 「平均寿命」 は毎年延伸する」 という前提で分析されていたが、ゆっくり観察すれば 図下 のように “水平” に近い。寿命は無限に延伸するものではない。ヒトの健康状態の観察から見て、我々は平均寿命 90 歳の限度にほぼ近づいているとみられる。

図説:正しい延寿年齢の設定

結論:
日本で 「平均寿命 100 歳の時代がやってくる」 は間違った幻想であって、そんな日はたぶん来ないだろう。 日本女性の平均寿命は今 87 歳、今後 5 歳程度増えて、92 歳あたりで停止するだろう。 100 歳でない人が 100 歳を達成成するのは 2000 人に 1 人 2 ) 。特養 「パール」 で良質な介護を重ねた現在の最大寿命は108歳がお二人、平均寿命は 91 歳で止まっている。

参考: 
1 ) Gigazine 「平均寿命100歳の世界で人はかつてないほど充実した人生を送れる」;2004.9.22. 2 ) 新谷: 「100歳の壁}、認知症 なぜ なぜならば、p152, 2019.4.7 ドメス出版。

職員の声

声 1 : 過去の資料は多数の 乳幼児死亡数 と少数の 老人死亡数 とを併せ平均したので、不当に死亡年齢が低い結果になったのか?(答: そうだ … 現在は乳幼児死亡が微小なので、老人死亡年齢がほぼ現実の値を反映している)。

声2: 平均寿命は 「毎年上がる」 と信じている人が多いので、キチンとした説明が必要だ(答: 毎年 平均年齢が微増するのは事実のようだが、カーテンを窓いっぱい 横に引くようなもので、最大値が上がるような現象ではない。ヒトという動物の天寿は 他の動物のそれと似て およそ定まっているとみられる。年齢数値というよりも健康状態で観察せよ。

声3: 100 歳達成にはコストが馬鹿にならないし、みんなが 100 歳の実現希望なら世界の経済は破綻するだろう(答: 70 歳~ 100 歳の 30 年間の経費を概算 … 月 20 万を 12 ヶ月 30 年 = 7,200 万円; もし要介護 5 なら 1 億 3 千万円掛かる…病気や事件なし、みんな能天気に 100 歳 と叫んでいるけれどね)。

声4: 長生きは素晴らしい事だが 「幸せ」 は別物です(答: 脇から見る皮肉ながら、超長生きは 「辛い」 という人が少なくない… それが軽減される唯一の道は 「認知症」 の合併であり、認知症なら中核症状の 「失語・ 失認・ 失行」 によってそれが苦にならなくなるのである。

(737) ぴんコロ ・ じわコロ の 現 実

   ぴんコロ・じわコロ の 現実

  「ぴんコロ」 とは 死亡経過の短さ を言い表した表現で、老人が 病気で苦しむことなく元気に長生きし、最後は寝付かずにコロリと死ぬことの標語である。

♣ 対義語 として、寝たきりが著しく長くて、じわりじわり死ぬ 「じわコロ」 があり、その中間の 「並みコロ」 という表現もある。

♣ あなたはどんな姿で逝きたいか?を尋ねられることはあまりないだろうが、2003 年に 第一生命 (経済研究所) が日本全国の 40 ~ 79 歳までの 男女 792 名 を対象に行った調査がある (図1)。

♣ 64.6 % が理想の死に方として 「心筋梗塞などである日突然死ぬ」 を選択しており、ピンピンコロリ を理想とする人が多いことを伺わせる。

ぴんコロ・じわコロの現実

♣ ぴんコロ を選択した理由としては、「家族にあまり迷惑をかけたくないから」 (85.9 %)、「苦しみたくないから」 (62.3 %)、「寝たきりなら生きていても仕方ないから」 (54.3 %)が挙げられている。

♣ ぴんコロ の場合、死亡診断書の発行が困難になると、病理解剖 に回されたりして、周辺の人たちの対応が大変なことがある。

図 1 のように、昔 心筋梗塞 は突然死が多かったが、今はすぐには死なず、3 度目の発作までは生き残れる時代になった。医療の進歩 で ピンコロ の病気は 「重症不整脈か大動脈瘤」 のような稀な病気だけに限られてしまった。

♣ 超高齢社会の現在では後記の 「じわコロ」 がほとんど、「並みコロ」 が 1 割以下、「ぴんコロ」 に至っては極めて稀になった。その意味で、図 1 の 「理想の最期」 に見られるパーセンテージはあくまで 「自分勝手な妄想」 に過ぎず、現実は 「じわコロ」 が大部分であって、それでこそ平和な日本と言えるのである。

♣ 「じわコロ」 はご存知のように 「老衰死」 の典型であり、ある意味では 人類 最高の理想死とも言え、しかも事故死ではないのだ。

♣ もし 「事故」 による 「急死」 を問題にするなら、図 2 を参照あれ。最近は 「交通事故死」 が 著しく減り、年間 一万五千 件 もあった症例が 1/3 に減少した 。

ぴんコロ・じわコロの現実

♣ それに代わって 「老人の三大事故死」 が表に躍り出た:つまり 「誤嚥」 (窒息)・ 「転倒」 (外傷)・ 「溺死」 (家庭風呂)である。要するに今の時代、死因のトップは老人の 「三大事故」 か、さもなくば 「じわコロ」 によるのだ (「ガン」を除く)。まさに我々は老人介護死の新時代をまざまざと見ているのである。

♣ 話 代わって、「じわコロ」 に移ろう。これは 「じわりじわり」 と長い死の床に就いた後逝く、という意味であり、現在の高齢社会を総代表する死亡パターンである。大抵の人は 「じわコロ」 は嫌だ、と言うけれど、日本では 「じわコロ」 以外の道で逝く方法は非現実的である。

♣ だって、人は 具合が悪ければ病院に しげく 通うし、齢をとれば各種の 「老人施設」 に入って、何としても長生きしたい ―― だから 「ぴんコロ」 はますます減り、 「じわコロ」 がどんどん増えるのは当たり前のことだ。

♣ 国も 20 年前に 介護保険 を設立し、その説明で、“病気であっても長がー く 生きていなさい (じわコロ) ”、を推奨している ... 介護寿命の延伸だ。もし、本当に 「じわコロ」 が 「嫌」 (いや)なのなら それを断ればよいが、どっこい 事実は逆 なのだ。

♣ お役所での介護認定は 障害数値 の高いものが切望される (例えば、要介護 2 より 3、3 よりも 4 など)。だからもし介護レベルの低い数値に認定されたら クレーム が起こり得る ―― 人々はもっと素直に 「じわコロ大好き」 と言えばいいのに、実際は逆なのだ。

♣ ヒトは案外に 「天邪鬼」 (あまのじゃく) であって、現実には極めて稀なピンコロを欲しがる。事実を見れば、超高齢社会の現在で 圧倒的に多い病気は 「老衰関連病」 であって、その多くの終末は 「誤嚥性肺炎」 と その後に続く慢性の 「フレイル・ 体力衰弱」 である。

♣ しかし大多数の我々は普通の矛盾多き人間でもあるから、「口」 (くち) では「ぴんコロ」を願うけれど、現実には 「じわころ」 を切望し、それもできるだけ永い期間の 「じわコロ」 を求めているのだ。例を挙げれば、パールでも、「胃瘻で 10 年間」 、および 単なる 「じわコロ」 19 年 と 17 年という 超長期の 3 人の方々が 昨年 やっと世を去られたほどである。

♣ 若年時代の医療は 「健康回復」 が目的だからそれも建設的と言えるが、老齢期の 医療・ 介護 は人生回復ではなく 「ヒト・ モノ・ カネ」 のたっぷり掛かる慢性延命の目的とも言えよう。

♣ 私が不思議に思うことは、西欧では 「老人医療と食事介助」 には 案外に 消極的なことだ。想像するに、そんなことをしても 「じわコロ」 期間を延長するだけの 「慢性延命処置」 だ、と思うからだろう。事実、スエーデンなどでは 「寝たきり老人」 がいないという定評がある 。

♣ 思えば、「じわコロ大嫌い」 なハズの日本が 「血液透析 や 胃瘻」 などの 「ジワコロ手技」 に強く固執するのはナゼなのか?(西欧ではあり得ないことだ)。つまり 日本社会の本音は 「じわコロ大好き」 なのだ。今をはやりの 「ぴんコロ祈願」の寺社参詣は本心ではないのであろう。

♣ だったら、「じわコロ大好き・ ぴんコロ大嫌い」 とはっきり公言したらどうか?その方が素直だし、対応も し易いのではないか?1841字

結論:  多くのヒトは 「ぴんコロ願望」 と言うが、こと高老になってからの 「ぴんコロ願望」 は 「無いものねだり」 の典型である。 国は介護保険で念入りな 医療・ 介護 を奨める。そして 国民は建前の 「ぴんコロ」 を忘れ、本音の 「じわコロ」 を強く求める。 そんなに思うのなら、あっさり 「じわコロ ダイスキー ! 」 と明言したら 正直なのになー?


職員の声

声1: 戦後日本は 「人生 50 年」 だったが、近年 政府支払いの老後援助によって 「人生 100 年」 に変わった(答: ただし健康な長生きもあるが、特徴的なことは 「介護寿命」 が著しく延びたことである)。

声2: 老人の代弁をするのは家族であり、親を思う気持ちが 「じわコロ」 を選ぶのでしょう(答: 昔には 「じわコロ」 が許されるほどのお金は無かった … 今は親孝行を他人の財布で行うようになったから 大繁盛 ... 死ぬまでの お一人の経費は、10 年間で 5 千万円、20 年間なら 1 億円 掛かるのである)。

声3 :  日本の高齢者は 実質ほぼ 「じわコロ」 希望だから、その経費調達たるや大変(答: スエーデン は寝たきり老人がいないことで有名だ… つまり彼 (か) の国は 「じわコロ」 が 許容されにくい国なのである)。

声4: 私は 長寿は幸せと思っていたが、いざ長寿になってみると、死にたくない という 辛い気持ちでいっぱいのようだ(答: 佛さまでさえ、80 歳で食中毒のとき、死にたくはなかった と伝えられているよ)。

(740) フ レ イ ル ーー 老 人 性 虚 弱

 フ レ イ ル ―― 老 人 性 虚 弱 

現在、日本の平均寿命は世界一の国と言われている。男性 81 歳 … 女性の方は少々高くて 87 歳。

♣ しかし寿命の終末期は介護依存時代とも言われ、男性 9 年・ 女性 12 年間の病気状態を過ごす。それはなぜか?

♣ 人は年を取ると段々と体の力が弱くなり、外出する機会が減り、病気にならないまでも手助けや介護が必要となってくる。このように 「心と体の働きが弱くなってきた状態」 を フレイル と呼ぶ。この言葉は、海外の老人医学界で使用されている言葉 「フレイルティ」 の日本語訳と言われている。その意味は 「虚弱・ 老衰」 である。

フレイルーー老人性虚弱

♣ この有様を 図 1 に示す。虚弱 (Frailty) は普通・ フレイルと呼ばれ、三つの要素より成る :―― 身体 のフレイル (筋肉の減少など) 、 心 のフレイル (ウツ、認知機能の低下) 、 社会性のフレイル (閉じこもり、 孤食)。

♣ フレイルは齢を重ねて衰えて行く心身の全般を指すので、出来るだけ防ぎたい。元気で生涯現役、それが私たちの願いでもある。思い出せば、W.H.O. (世界保健機関) が述べる 「健康の定義」 は 図 2 に示すように、「身体・ 心・ 社会」 の 3 要素を示すものであった。だから、フレイルとは これら 3 要素が危うくなった状態とも受け止められ、健康 → 病気 への橋渡しでもある訳だ。

♣ 家に閉じこもり勝ちになれば 記憶も衰える。体力低下は、生活の質を落とすだけでなく、様々な合併症を引き起こす危険もある。脳梗塞や転倒などの事故により、突然に介護が必要になる事もある。身体の問題のみならず、加齢による 認知機能低下・ 「うつ」 や 不安による 精神的・ 心理的問題 はもちろんの事、経済的不安など社会的な問題も含まれ、フレイルとは多面的な概念であることが知られる。

フレイルーー老人性虚弱

♣ フレイルを具体的に再現すれば、 筋肉の減少、 関節や運動器の機能低下、 孤立感から始まる認知機能障害である。

の筋肉減少症は 「サルコペニア」 と言われ、全身の筋肉の量と力が落ちる。がんらい正常の 25 歳の筋肉を 100 % とすれば、誰でも、75 歳で 1 / 2 へ、100 歳で 1 / 4へ 減って行くのだ。サルコペニアでは日常生活の不活動によって、筋肉量は上記の数値よりも更に減り、歩行困難・ 転倒・ 骨折 の原因となる。

♣ の運動器の故障は 「ロコモーティブ症候群」 (略称 ロコモ) と言われ、脊椎関節・ 股関節・ 膝関節 などの不調によって身体の活動性が制約される。

♣  の孤立感は 「人との交流・ 社会との繋がり」 が欠損すること、つまり体も心も ニート (孤立)になってしまう。 ① ② ③ を併せて 「フレイル」 が完成に近づく。私たちは温かい心を伝えあい、共に生きていける地域にして行き、100 年間 現役、元気で長生きすること、これがみんなの希望であろう。

♣ フレイルの原因は齢と共に起こる肉体の変化が主な原因であり、その予防について触れてみる。70 年前までは 結核が亡国病であり、病人の半分は命を失った。現在は、医学の進歩で結核は治癒できる病気になった。現在 問題になる病気は:――およそ 50 歳で 糖尿病、60 歳で 脳卒中、70 歳 なら 癌、85 歳を超えるとその半数が 認知症 と言われる

♣ しかしその前に、加齢に伴って変化を起こす状況を考えてみよう。まず 「脳」 の変化。大脳の細胞数は 150 億個、その内 10 万個の細胞が毎日減って行く。だから齢を取ると若いときほど頭が回らなくなる。覚悟しよう。

♣  頑丈なハズの骨細胞 は毎日入れ替わり、50 歳を越えると、出来る骨より消えて行く骨が増え、骨粗鬆症は避けられない。神経と筋肉 の細胞数は減りこそすれ、訓練しても決して増えない ―― それどころか上に述べたように毎日減って行く。

フィレイルーー老人性虚弱

♣ 血液の赤血球は 4 ヶ月使われると寿命が来て新品と入れ替わるが、毎年薄くなって行く。リンパ球は身体に外敵が侵入すると直ちに現場に行って闘い、その場で消えていく。このように、身体部品の減少の実態を知るとがっかりすることもあるが、でもこれが我々の体なのである。

♣ 人にも喜ばれ、自分も喜びを見出すことが出来るような所作、それが社会の為にもなっている。 図 3 に示すような 三つの工夫 (栄養・ 身体活動・ 社会参加) を重ねて、何としてもフレイルの予防に励みたいものだ。 実地の例では 「パールライフ活動」 は、お年寄りたちを集めて それを率先して行っている。1718字

要約:

「心と体の働きが 年齢と共に 弱くなってくる状態」 をフレイルと呼び、その 3 要素を図で示した。 ヒトの肉体は 50 歳を越えると機能の減退は避けられないので、その減退を一つずつ臓器ごとに認識しよう。 フレイルを、あるがまま放置してはいけない ―― ここで、それを 栄養・ 身体活動・ 社会参加 の三方面から防止することが大事である。

職員の声
 
声 1: フレイルの三要素 (体・ 心・ 社会性) のうち 「心」 ほど大切なものはないと思った(答: 「心」 は生きていることの 楽しみ・ 生き甲斐 を表す … 多くのお年寄りは 「心」 と 「社会性」 の点で落ちこぼれやすいものね)。

声2: フレイルの防止は 「栄養・ 身体活動・ 社会参加」 の三分野で乗り切る(答: 誰かに必要とされる、これほど大事で嬉しい 社会参加 はないようだ )。 

声3: ご本人が 「ピンコロ」 で逝きたいと言っても、家族から見れば 「ジワコロ」 のほうが 覚悟・ 恩返しの点 で有難いが … (答: スエーデンは 「寝たきり」 を嫌うが、日本ではもっぱら 「ジワコロ」 が主力である … 「ピンコロ」 の線で行くと、いろんな トラブル が発生するのだ)。

声4: 家の中に閉じこもらず、パールライフ・ サークル に参加して人の交流を楽しみたい(答: このサークルは、介護保険 の等級を貰っていないレベルの人達が、「体 = いろんな運動」、「心 = みんなでお話しし合う」 のほか、「社会性 = バザーなどのお手伝い」 にいそしんでおり、加入時と活動時では 見違えるほど 人物が美しく見えてきます)。

(735) 骨 折 が 治 る ま で

 (735) 骨 折 が 治 る ま で   
 
  超高齢者は 「転倒 → 骨折 → 寝たきり」 が宿命のようである。

♣ しかも、高齢女性方の間では 「骨折したら、もう人生は楽しめないわよね」 との会話がしばしば聞かれる。 「折れた ! 」 と慌てるだけではなく、先々の事まで気を張っておかなければならない。

♣ だから、もし私たちの周りで骨折が発生したら、単に慌てるだけでは済まされない。それが治るまでの 時間経過 を予想しておく必要があり、また簡単な 用語・ 予備知識 も知っておくべきであろう。そこで、パールの 嘱託医・ Y先生 に一つの症例を元にして相談し、骨折全般について 教えて頂いた。

♣ 症例はデイサービスをご利用の Kさま (82 歳女性) 。今月の初めに室内で転倒され、左肩~上腕にヒビが入り、「胸鎖(きょうさ)関節障害」 と診断され、自宅で安静に過ごしておられる。先週には 包帯姿で デイサービス に参加された。

Y 先生: 「骨のヒビ」 も骨折の一種であり、程度は番軽い(非裂 (ひれつ) 骨折)とも言う。一般に、骨折の治療方針は 「保存療法が基本」 であり、その人の自然治癒力に頼る。若い人の骨はよくくっ付くけれど、50 歳を越えた女性は 骨粗鬆症 が進行し、保存療法だけでは治りにくくなる。もし、保存療法が有効でないとの見通しがあれば 「観血 (かんけつ) 療法 (手術) 」 をする。

♣ 骨折の 治癒期間 は、骨折の場所により大きく異なる。骨折の治癒は 小さい骨で早く、大きい骨では遅く治る; その期間の “目安” は下記の通りであり、暗記しよう —— (治癒の単位は “週、week” )。骨折回復の全体像をよく見取り、ご利用者のケアプラン作成時に役立てよう。

1-w : なし。 2-w : 指骨。 3-w:肋骨。
4-w:鎖骨。 5-w:前腕骨 1本なら5-w、2本なら6~7-w、
6-w:上腕骨、 7-w:下腿骨、 8-w:上腿骨、
12-w:大腿骨頚部 。

ご自分の人指し指で部位と数値を呼びながら復唱すると、楽に覚えられる。こうしてみると、高齢者に多い 「大腿骨頚部骨折」 が いかに治りにくいかが実感されよう。

骨折が治るまで

♣ 良好な治癒のためには、いくつかの条件がある。最も大事なのは 「安静」 であるが、安静を保ち過ぎると 「関節の拘縮」 が起こる。栄養と感染防止も重要であり、リハビリも同じように大切である。一般に 「高齢・ 骨そしょう症・ 癌・ 低栄養」 の場合は治りにくい。

♣ また、骨折治癒と言っても、完全に元に戻るわけではなく、機能的に問題が無ければ ”良し” とするしかない。なお、上記のように 「完治」 (かんち) を待つと時間がかかるので、実務的には 運動量を半分程度に制限した回復を 「略治」 (りゃくち) という折衷案もある。大腿頸部骨折のように、くっつくのに 12 週、リハビリを加えて 24 週、つまり 半年近く かかる場合は 「略治」 で代用しなければならないこともある。

♣ 骨折後は、しばらく骨折部を動かさなかったため、関節が硬くなっており、“以前のようにスムースに動かない” とか、 “痛い” とかの何らかの 機能障害 が起こる。そこで、リハビリを行い、「略治」 を経て 「完治」 に向かい、完全な回復を目指す訳だ。すなわち、骨折を完治させるためには 「骨がくっつくまでのリハビリ期間 × 2 」 が必要となる。

♣ 高齢者で最も深刻なのは “大腿骨の頸部 (けいぶ) 骨折" である 1, 2 ) 。治療の概念図を上に示した。

♣  日本の 90 歳代の方々は一年間に 約 3 % が同部の骨折を経験される。90 歳代の方々を 約 100 万人とすれば 約 3 万人の骨折、東京都なら毎年 何千人もの 90 歳代の骨折となる —— 莫大な損害と経費 ! が掛かる。一人で左右の 大腿骨・ 骨頭と もに骨折される方も少なくない。

♣ パールの大腿骨骨頭骨折は、右だけの人= 6 人、左だけの人= 4 人、左右とも骨折= 5 人、計15人(全体の 30 %)である。

♣ 治るのに時間がかかり、問題がこじれれば、責任追及・ 慰謝料・ 経費負担 の問題がからみ、大変やっかいになる 4, 5 )  。なんとしてでも骨折を防止する工夫が求められる。 1682字

 参考:  1) 新谷: 「万年目の亀」; 福祉における安全管理  # 1, 2010. 2) 新谷 : 万年目の亀、 ibid # 126, 2011. 3) 新谷: 「転倒に備えて」; ibid #209, 2011. 4) 新谷: 「過失と責任」、 ibid # 64, 2010.  5) 新谷: 「二つの人権 」;ibid #177, 2011.

職員の声

声1: 90 歳の男性、先回 転倒 し 鎖骨・ 肋骨 を骨折、高齢のために 手術ではなく 「安静」 第一の生活になったが、治った後 歩けなくなった(答: 治るまでに 4 +3 週の安静が必要だったでしょう…高齢の骨折はこれで しばしば命取りになります)。

声2: 生きて行く以上、体を動かす必要があり、老人が動けば 転倒・ 骨折 のリスクが必ず伴う … ご家族に十分理解して貰わないと(答: パールではご入所の時 「説明と同意の書」 でこのことを入念に説明し、ご理解を得ています)。

声3: 骨頭骨折とは何とも酷い話、二足歩行を選んだ人間が野生時代の 3 倍も長く生きたことの代償か?(答: ヒトに似たサルは骨折をしない… 一つの理由は二足歩行ではないから、もう一つの理由はきちんと天然寿命を守り、高齢のサルはいないから)。

声4: 骨折をしても リハビリ があるではないか?(答: 若者のスキー骨折ならその通り――しかし、老人の場合は 骨粗鬆症 を伴い、元通りの回復をせず、結局 命取りの結果になることが少なくない)。

(734) 長生きなら 病気でも構わない?

   (734) 長生きなら 病気でも構わない?

以前の “安全管理” で、「福祉は “じわコロ” を推奨するのか?」 を話した 1) 。「じわコロ」 とは “ぴんコロ” の反対語で、“じわりじわりと世を去る" という多くの我々の有り方である。

♣ ご存知、人はある年齢まではたいてい自立しており、食事・ 排泄・ 入浴・ 着衣 などの “身の回り” を自分で行うが、この時期を
「健康寿命」 と呼ぶ (図1)。やがて齢をとり、自立が困難になって他人のお世話に依存しながら暮らすようになるが、こうなった時期を WHO (世界保健機構) の呼称により 「病気寿命」 と呼ぶ。

♣ 健康寿命と病気寿命を併せたものが 「全寿命 (平均寿命) である。病気寿命は近年、思いのほか長く、男 9 年、女 13 年という長期間である(図 1)。多くの人は 「病気寿命がそんなに長いとは気付かなかった … じわコロは嫌だ、ぴんコロで逝きたい」 と不満げである。

長生きなら 病気でも構わない
♣ 人間、誰しも 「元気で長生き」 を望むものだが、現実は厳しい。ほとんどの人は 「自立で元気な健康寿命」 の後、やがて 「病気寿命」 を余儀なくされ、そのあと “じわりじわり” と世を去るのが慣わしである。健康寿命の後には必ず病気寿命がくっついているのだ。

♣ では病気寿命がなくて、いきなり 「突然死」 でも宜しいのか?そこで訊ねてみると、多くの人が意外にも 「ぴんコロが良い」 と希望する。「ぴんコロ」 とは 「ぴんぴん長生き、コロッと往生」 という意味である。

図 1 をよく見て欲しい… もし病気寿命の 9 年 ~ 13 年の部分を短かく削れば、その分、全寿命も短くなってしまう。 現実には、病気寿命がこれほどの長さがあるからこそ、初めて全寿命が長く保証されているのだ。

♣ そこで人は初めて考え直す … 「いや、ぴんコロも良くないな …病気寿命のせめて一部だけを健康寿命に振り替えて元気な時期を長くしようかな、と 「足し算・ 引き算」 を試みる。

♣ しかし賢明なあなたなら “それは困難だ!” と即座に気付くだろう … だって、もしそれが可能な日本であったのなら、街を歩く元気な老人が著しく増えているハズだし、老人施設の整備も少なくて済むハズ ―― 現実の我々は すでに限度いっぱいの健康寿命で生活しているのだ。

♣ 当たり前のことながら、ヒトは建て前として 「健康のまま逝きたい、病気はイヤ、 仮に病気になっても良い治療・介護を受けて末永く生きていたい」 。要するに 「何が何であれ、生きていたい 。

♣ でも、世界一の長寿を誇る日本でありながら、その実態が “世界一長い病気寿命” であるのでは威張れないではないか。

♣ 人類は寿命に関して過去の 20 世紀後半に著しい好転をみせ、日本で言えば、戦前の昭和 15 年の女性・ 平均年齢は 43 歳であったものが、現在は 2 倍の 86 歳に達している。だが、それでもまだ満足できず もっと長生き したい。

♣ 念のため、昭和 15 年のその昔を振り返ってみよう。その頃には 「健康寿命・ 病気寿命」 の概念もなく、現在の女性のように病気寿命のまま 13 年も生存ということは不可能だった。昔にも 結核 などの病気寿命はあったが、医療レベルは今よりも各段に低く、介護保険もなかったので、仮に病気寿命があったとしても 短期 なものだった。その後、全寿命が延びるにつれ、影のように病気寿命がくっついて来て、現在 それが男 9 年・ 女 13 年に延びたのである。

長生きなら 病気でも構わない

♣ では、今後はどうなるだろう? 仮に全寿命が 100 歳以上 に延びても、その年齢の老人に 「自立」 を求めるのはまずムリだ ―― つまり、人間、ある年齢 (たぶん 90 歳頃) を越えると もう健康寿命は期待できず、残る寿命のすべては病気寿命と化すだろう(図 22 ) 。どんなに健康寿命が延びても、病気寿命はほぼ 13 年間のまま、帽子をかぶっているように そこに居座っているのが現実なのだ。

♣ 人々は簡単に 「病気寿命はイヤ、健康なまま一生を過ごしたい」 とおっしゃる。だけど我々がどんなに介護に勤しんでも、ご老人たちに増える年月は病気寿命だけなのだ 3, 4 ) 。それは残念な事だが、では 他にどんな選択肢があるのだろうか? 老人のピンコロなんて、事故以外には事実上 あり得ないのだ。

♣ 皆さん方、我々は、長生きできれば 病気寿命でも構わないと思う。そしてそれに必要な予算は、「弱者は強者」 と言われるように、働ける若い強者たちが受け持つ。これは若者たちの将来像でもある ... 老いた弱者のために 若い強者は頑張るーーこれ以外にどんな選択肢があるだろうか?1750字

結論:   全寿命は戦後 目覚しく延びてきたが、それにつれて病気寿命も延びてきた。 病気寿命は現在男 9 年・ 女 13 年に及ぶが、ヒトは何とかしてこれを短縮し、その短縮分を健康寿命に繰り込みたいと願う。 ところが、健康寿命の長さは今、ほぼ限度一杯に達しており、今後 長生きできる寿命は 「病気寿命しかない」 という現実に直面している。 長生きの弱者は健康な強者に支えられて当たり前なのであろう。

参考: >1) 新谷: 「福祉はジワコロを推奨するのか?」 ; 福祉における安全管理 #507, 2015. 2 ) 新谷: 「健康寿命の最大限界値」 ; ibido # 514, 2015. 3 ) 新谷: 「じわコロ」で満足」; ibido # 577, 2016. 4) 新谷: 「長生きできれば 病気でも構わない」 ; ibido # 599, 2016 5 ) 新谷:「五箇条のご誓文と胃瘻」、 ibido # 290, 2012. .

職員の声

声1: 私の場合 「延命医療」 をして貰うつもりはないが、もし認知症になったら延命中止を決められないし、どうしよう?(答: 認知症は本人のせいではないから、率直に長生きしましょう… 認知症のほうが普通の人よりずっと長生きですよ…普通の女性平均寿命は 87 歳、認知症なら 93 歳以上 ! )。

声2: より良い介護を受ければお年寄りは長生きになるが、その結果は辛くて長い病気寿命、それが果たして幸せか?(答: 何と言っても長生きほど幸せなものはナイ ! と信じられている)。

声3: 病気寿命の男 9 年・ 女 13 年はお金が掛かり過ぎだ、国力低下、ケアの劣化が心配される(答: そもそも戦前は 「病気寿命」 など存在せず しかも 国は保たれていた … 今だって病気寿命なんて廃止すれば良い… だが選挙民は病気寿命を高く評価している、果たして廃止出来るか?)。

声4: 欧州では延命医療や胃瘻をせず その結果 病気寿命を短縮している… 日本だって残酷な延命習慣を止めれば病気寿命を減らせるだろう?(答: すでに明治維新のとき 「五箇条のご誓文」 で日本は立派に成功したが 5 ) 、平成の平和な御代ではそれができなくなった … なぜだろう?)。
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Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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