(655) チ ビ 漏 れ へ の 対 応

(655) ち び 漏 れ へ の 対 応   
 
「おしも」のトラブルのうち、自分でなんとか処理できる範囲のものなら 内緒ごと としてすまされるが、高齢者介護の場合、ここが問題となる。

♣ お年寄りは赤ちゃんとは違って、羞恥心 は残っているのに 「ちび漏れ」 を他人に知られたくない思いが強いのだ。だから、ちび漏れしたパンツを引き出しの奥に隠す、などの行為は ごくありふれた行為である。

♣ そもそも、私たちは生まれた赤ちゃんの時 100 % 「お漏らし」である。体の発育とともに 膀胱も大きくなり、排尿を司る神経も発達し、お漏らしの頻度が減る。その頻度は 「2 歳で 2 人に 1 人、3 歳で 3 人に 1 人 . . . 5 歳で 5 人に 1 人程度である。夜尿症の頻度の目安は :- 幼稚園年長で 15 %、小学校 6 年生で も 5 % 程度はある —— 小学 4 年生だった頃のあなた、世界地図を物干し竿(さお)で干されて みじめだった記憶はないだろうか?

♣ これほどに排尿習慣は生後 遅く完成する代物なのである。そして、高齢になれば、何事によらず 「赤ちゃん帰りをする」 のはやむを得ない。つまり 我々は、特に女性は、再び「ちび漏れ」()から 「全失禁」 になる。長生きすれば 誰でもこれを経験する。
チビ漏れへの対応

♣ ここで「尿」に関する生理学を二つ三つ。尿は血液が腎臓で濾過(ろか)されてできる。濾過とは血液が「濾し取られること」で、赤血球や白血球などを残した水分が「原尿」 (げんにょう)となる。これが体格にもよるが毎分約 100 cc。原尿の中には まだブドウ糖などの栄養素がたくさん含まれているので、腎臓はそれを再吸収し、最終的には 毎分約 1 cc の尿を膀胱へ送る。

♣ 時計で一日は 1440 分、つまり、尿は「毎分 1 cc、一日 1440 cc ≒ 1.5 リットル」と覚える。もちろんビールを飲んだかどうかによって尿量は変化するが、基礎は「一日 1.5 リットル」だ。

♣ さて、あなたは 一日何回排尿するか?そんなことを考えたことない? では 考えよう。(1) 起床時、(2) 勤め先に到着時、(3) 昼食前、(4) オヤツの頃、(5) 退勤前、(6) 夕食後、そして (7) 寝る前——全部で 7 回、こんなものだろう。 では、一回に何 cc の尿が出るか? 入院すれば 測られるが、計算上は 1500 cc / 7 ≒ 214 cc … オー!これで常識に一致した成績が得られた。水洗トイレでは約 200 cc の尿を流すのに10 倍の水( 2 リットル)が使われる、すごいことだ !!

♣ そこで症例の相談に移ろう。デイサービスを利用される A 様(86 歳 女性 認知症 要介護 2)はトイレに 5 分前に行ったにもかかわらず、すぐに「漏れてしまう」と言い、一人でトイレを独占するほどである。家庭でもそうだとの事。私たち職員の正しい対応法はどうするか? 

♣ 答えは目指す病気の種類によっていろいろだが、いま腎臓・膀胱・尿道の病気がないものとしよう。すると 二つの状態 が考えられる:――

① 神経因性膀胱 = 膀胱に尿がどれだけ溜ったか、いつ排尿しようか、などの情報は「自律神経」が操作しているが、この神経が高齢になると弱まって「尿漏れ」となる。これを神経因性膀胱と呼ぶ。これに対しては 膀胱訓練・薬物療法などの かなり有効な治療法がある。

② 認知症 = もし認知症と共に「お漏らし」が現れたのなら、認知症の特徴 = 性格の先鋭化 が関係してくる。つまり がんらい 頻尿の傾向があった人なら、その傾向がより強調されるようになったと考えられ、程度の軽い認知症、とくにデイサービスでしばしば見られる。「お漏らしに塗り付ける薬はない」から “恥ずかしさ” を理解してあげる。この場合、大事な事は病気の理解と本人への配慮であろう。どんな場合でも、本人の精神的な負担を軽くしてあげる 「言葉掛け」 が大切である。

♣ とくに あなたは介護のプロなのだから、頭の中で暗算してみよう —— 5 分の間に生じる尿量は 5 cc、つまり大匙 2 杯くらい? そんなものを いきんで排尿できると思うか?無理だね。つまり、A 様は「身の置き所のない無目的な行動」をしている訳だ。こんな場合、認知症の対応として「体に危険の無いように見守る」ことが大事だろう。言うは易く、行うは難いことだ。私どもの失敗例をお伝えしよう:――

♣ 95 歳のチビ漏れの女性が先月、私とトイレに同室することを拒み、一人にしたとたん、中で 転倒・骨折 という例に出合った。入院・手術・リハビリで何百万円かの請求書が回ってきた(保険で対応) 。これもすべて私の一瞬の気の緩みのせいだったのか? 

♣ あっさり 「失禁」 なら こんなことにならないだろうが、「ちび漏れ」 は心理的にとても危険な状態である。上記の尿生成の生理学を思い出して賢く対応することにしよう。1923字

参考: 新谷: 「天寿の終点はB.M.I. ≒ 12 」;福祉における安全管理 # 33, 2010.

職員の声

声1: ご紹介の A さん は私をトイレから追い出し、内から鍵を掛けてしまうので危険この上ない … 自尊心や羞恥心を尊重したいのだが、難しい(答: もしトイレ内で転倒や骨折が発生したら、その責任は重大であり、対策を練っておくべきだ)。

声2: 「吸尿パッド」 は多種類のものが売られており、チビ漏れに悩む女性の多さがわかる(答: 生理用ナプキンと同じくらい種類が豊富で、調べてみて驚く! )。

声3: 尿が一分 (いっぷん) で 1cc 出来るとは知らなかった … 老人のトイレは実にデリケート、他の点では呆けてくるお年寄りながら、この点で敏感なのは不思議なほどである(答: トイレ問題は、人生始まりの赤ちゃんと、人生終わりの高齢者にとって そびえ立つ難所である)。

声4: 私もチビ漏れを感じる齢になった ... 誰にでもあることながら感慨深い(答: 膀胱から先の尿道は男女で著しく異なり、男 18 cm、女 4 cm ... だから女性にチビ漏れの大問題が発生する ... 逆に男性には前立腺肥大という難所があり ”尿の切れ” が悪くなる)。昔は 「人生 50 年」 だったから、何にも問題が起こらなかった のだ ! !

(652) 認 知 症 は 死 因 の 第 一 位 と な る か ?

(652) 認 知 症 は 死 因 の 第 一 位 と な る か ?

今から 85 年ほど前 (1930 年 …昭和 5 年頃)、赤ちゃんの出生数は今の 2 倍ほど多かった(約 200 万人)。

♣ 当時は「人生は 50 年」の時代だったから、これら多数の赤ちゃんは生後 50 年で(1980 年…昭和 55 年頃)世を去る運命であった。

♣ ところが戦後の 「長生き時代」 を迎えて、人々は死期が約 30 年ほど猶予され 1) 、2010 年頃(平成 22 年)になってやっと遅れた死期が近づき、身罷り (みまかり) 始めた。それはごく当たりまえの現象だが、マスコミはその現象を 「多死時代」 と名付けて騒いだ。

♣ さてさて「死のパターン」は、昔と今ではすっかり変わった。昔(図 1の左半分2 ) : 主な死因は幼若年者の 肺炎・胃腸炎・結核 であったものが、今(図 1の右半分): 超高齢者の 癌・心疾患・肺炎・老衰 で置き替わった。近年の死亡者の大部分は老人であり 、死因を分析すると:―― 

♣  死因のトップは (図1) 、全死亡者のおよそ 1/4 を占める。先進諸外国でも癌死亡率が 一・二位 の国は多く、日本も主要死因のトップを癌が占めていることはうなずけよう。

認知症は死因の第一位となるか?

死因の 2 位は、図 1で見る限り 「心疾患」 であり、癌の半数に及んでいる… だがここに問題があるのだ。ご存知かどうか、「死因統計」とは医師の書く「死亡診断書」の直接死因の病名が統計の基礎資料である。この病名が医療政策の基礎となり、また国民の社会認識を形成している。

♣ そこで諸疾患の年代別推移を、図の左半分と右半分で見比べてよう。戦前の死因では、癌と心疾患が 低いレベルで ほぼ重複しているが、両疾患とも戦後になってにわかに増えてきた(図 1)。ところが 「本当の」心臓病死の増加はこんなに多くない実態があったので、厚労省は 1995 年(平成 7 年)に次のような “勧告” を行った―― 「老衰末期の死因として軽々しく 「心不全・呼吸不全」 等を、死亡診断書のトップに置くべからず」、と。

♣ すると直ちに「心疾患」の報告数はガタ落ち した(図 1)… しかしそれは直後の 3 年間だけ、すぐに元の木阿弥の多数になった。つまり戦後の「心不全」という診断は、必ずしも「心臓病」を表すものではなかったのである。でも それはナゼ?

その第一原因は 「ものぐさ」 である。つまり、死の三徴とは「心停止・呼吸停止・瞳孔散大」であるから、“心臓が止まった イクオル 「心不全」” という 安直かつ “ものぐさな思考” で病名が妥協されて しまうようだ。診断書では死の ”原因” が尋ねられているのに、答は「心不全」 という ”結果” で お茶が濁される。これでは 死に係わる幾つかの疾患が あたかもすべて 「心疾患」 であるかの如く認識され、 国の医療行政の狙いから外れるだろう 3 )

♣ そもそも、心不全の意味が誤解されている … 心不全とは 「心臓の働きが体の血流需要に追い付けず、バテている状態」 を意味し、その臨床上の特徴として「起座呼吸」と、聴診で「第3音」の存在が必須である。ところが、そんなことにはお構いなく「心不全」と書かれ、情報がウヤムヤの内に放置されてしまう。

第二の原因は「忖度 (そんたく) 」だ――日常会話の「心不全」なら ご家族も世間様も診断名を問題視 しないだろう、という “忖度”である 。しかし、死亡の原因をどうしても「心疾患」としたいのなら その基礎疾患として 「心筋梗塞・心筋症・重症不整脈」 等の存在がほぼ必須であるけれど、これらが通常の老衰末期に存在することは まず無い。

♣ 加えて図 1を見ると、右上がりに上昇する平均寿命の曲線と心疾患の曲線は 「並行上昇している」 ではないか。忘れてはいけないーー戦後に獲得された寿命延長の期間は 30 年以上に及び 1 ) 、したがって 平均死亡年齢は 50 歳代から延びて 80 歳~ 90 歳代を越える 超高齢 になったのである。その結果、死亡原因が 幼若年 対 超高齢で これほどまでに大きく変わって しまったのだ ... なるほど... なるほど 目で見て良く分かる。

♣ さて近年、先進国では認知症」を死因として取り上げる傾向が強い。日本では従来この習慣がなかったが、驚いたことに今年 「初めて」、それも 「女性に限って」、“認知症” が死亡順位の 10 番目として取り上げられたのだ (図 2)。

認知症は死因の第一位になるか?

♣ ところで、日本で癌の患者数 約 100 万人で死亡順位は 1 位だ、 これ対して 認知症は患者数が 5 倍の 約 500 万人と高いのに死亡順位は 10 位にも満たない ... つまり日本では 死因を認知症だとするケースはまだポピュラーとなっていない。

♣ 参考までに、外国の認知症死亡の順位例は、オランダ・フィンランド(1 位)、 アメリカ (5 位)、日本の女性データのみでやっと 10 位という実状 4 ) ... つまり日本では、死因としての認知症は まだまだ遠慮されているようだ。

♣ 事実、日本の元首相や有名人の死因が認知症だった、なんて聞くことはない。ところがアメリカの元大統領の ロナルド・レーガン や イギリスの鉄の女首相のマーガレット・サッチャー は周知のように 「堂々と」 死因 = 認知症だった。日本でもキチンと診断すれば、今や死因のトップが 高齢認知症になった時代であることはほぼ間違いないだろう。現今の認知症の蔓延はそれほど日本社会を変えてしまったのである。

♣ なにも死因の一位争いをする必要はないが、国民の健康上の脅威が認知症であることを 今や社会のみんなが知っておくことは大事なことではなかろうか? 1887

要約: ①  日本の上位死因は 現在 「癌・心・肺・老」 とされる。 その死因第二位の 「心疾患」 は必ずしも心臓病ではなく、単に 「死の三徴」 で “忖度 (そんたく) ” されているに過ぎない。 日本では今年 初めて女性の認知症が 上位十番目 に採択された。もし現在の 「心・肺・老」 の死亡診断の幾分かを認知症とすれば、日本でも上位の死因が「認知症」になり、その社会的対応も変わってくるのではないか。

参考: 1) 新谷:「死期猶予 30 年と介護界」; 福祉における安全管理 # 460, 2014. ) がん登録・統計:「2017 年のがん統計予測」;国立がん研究センター・がん情報サービス、2017. 3 ) 広田直樹: 死亡診断書; 院長のここでしか言えない ; 2013.3.20. 4 ) 石原藤樹:「フィンランドがワースト、 認知症はなぜ寒い国に多いのか」;現代ヘルスケア、2017.
*: 60 歳以上の死亡者率 ーー 男 92 %、 女 96 %

出典:――
図1: 主要死因別に見た死亡率をグラフ...http://www.garbagenews.net/archives/1892740.html
図2: 日本人の死亡原因の 1 位は男女とも「ガン」、部位別では「気管支および肺」;シニアガイド、[2017/9/25 00:00]
: Yahoo 各年齢までの死亡率;Copyright © 2005-2017 保険マンモス株式会社


職員の声

声1: 認知症の終末にナゼ心停止・呼吸停止が来るのか?(答: 認知症の末期には老化が著しく進み「嚥下困難・誤嚥性肺炎・外傷骨折・寝たきり」などの生命活性が高度に低下するから)。

声 2: 死亡診断が「認知症」と「老衰」ではどこが違うのか?(答: 「認知症」は若年性でもあり得るが、「老衰」は超高齢が背景として必要である。また厚労省は単なる 「高齢の死 = 老衰」 よりも、原因素性が推定される病名を求め、よって国民の病識高揚を図りたい、としている)。

声3: 癌患者 100 万人の死因が 1 位、これに対して認知症患者 500 万人の死因は 10 位にも及ばない… これってやはり診断姿勢が偏っているよ …どちらも確実に死ぬ病気だし(答: 日本では、まだ“ 認知症” を死因とすることは遠慮されている)。

声4: 超高齢者の死因が認知症であっても、恥ずかしいことはチットモない ! 社会の認識を改めよう(答: いずれ 天皇や総理大臣 が、諸外国のように、認知症と診断される日が来れば、事情は一変するだろう)。

(659) ま だ ら 呆 け

(659) ま だ ら 呆 け
  
デイサービス・クラスのI様(アルツハイマー認知症 要介護 2 )は、きちんと歩ける方だが、 トイレで「パンツを脱ぎましょう」と言っても全く聞き入れて下さらない。

♣ しかし、同じクラス・同程度の J 様(脳梗塞後の認知症 要介護 2 )は「家の財産が盗まれたので、困っている」と深刻に解決法を考えておられる。認知症の方々は職員の言葉に反応できる方、できない方、いろいろだ。ここで 二大認知症 と言われる ① 「アルツハイマー 認知症」と ②「脳血管性 認知症」とを対比してみよう。

① アルツハイマー認知症 は脳血管に原因があるのではなく、脳細胞そのものが “まばらに消えて行く病気” だから、全般的な脳の機能が徐々に低下し、初期には気付かれることもなく、滑らかな認知機能異常をもたらす(なだらかな丘の裾型低下)

② 脳血管性認知症は これに反して 「脳梗塞・脳出血」などの脳血管の故障後に発生する認知症である。つまり脳細胞は時間で言えば 「4 分間」 以上 血流が滞ると死滅する。したがって、脳梗塞などで血流が途絶えれば、その血管の支配流域の脳細胞は壊れてしまう。木の枝を連想すれば分かるように、太い場所で梗塞が起これば起こるほど、被害は大きい。脳底動脈などの太い場所での梗塞では命そのものが危ない()。

まだら呆け

♣ 一般に病変が末梢であればあるほど、臨床的には被害が少ないと言える。しかし、末梢型の脳梗塞の場合、多くは間欠的に あの枝・ この枝 というように、何年かおきかに梗塞が続発する。そのたびごとに症状が積み重なり 「まだら呆け」 というような状態になる。つまり、全体的にボケるのではなく、ある部分は全く正常、別な部分は信じ難く異常。これを 「まだら呆け」 と呼び、脳梗塞の初回発作のあと 半年 ~ 一年 などの間隔をもって 病状が進行する。最終的には 「“ まだら ”とは言えないほど均一な要介護 5 」に発展する。

♣ ある人のボケが「まだらボケ」かどうかは、一回の診察では十分に明らかにならない; むしろご家族や介護者のほうが気付くことが多い。元来 脳梗塞がある方に 突然、また新しい麻痺や意識障害が加わったならば、新しい脳血管性病変が加わわったと考えてよいだろう (多発性脳梗塞) 。他方、3 年~5 年~10 年掛かって症状がなだらかに荒廃して行くようなら アルツハイマーとみられる。

♣ 両者は対応法が違う: 脳血管性なら動脈硬化と年齢に対応するし(生活習慣病の治療)、アルツハイマー性なら さしずめ 「有効な薬物」とケア が求められる。しかし、念のため申し添えることは:―― いったん消失した脳細胞が再生することはない。よって、お年寄りが介護者の指示によく従うようになることを期待すると、疲れてしまう。介護者は 何度も同じ指示をする・ 話を聞く・ などを続け、我慢強く対応するほかいい方法なない。

♣ なお、以上の二種類 以外の認知症の分類は「パーキンソン、レビー、ピック、. . . 」などの認知症があるが、これらは病理診断であって、生存中に確定できるものではない … 介護者は あまり迷わないほうがよい。「まだらボケ」は差別用語に聞こえるけれど、まだ「まだら認知症」という言葉は定着していない。要するにアルツハイマー認知症なら “まだらでなく”、脳梗塞性なら “まだら” となる? 1338字

参考:  新谷:「無謀な介護」; 福祉における安全管理、 # 214 : 2011.

職員の声

声1: 私は言葉としての「まだらボケ」を知っていたが、改めて 脳梗塞の進行程度との関連で理解できることを知った。

声2: 大脳に穴が空くように、少しずつ脳機能が脱落すること、その有様が「階段状に見える」訳か?(: Yes, yes ! )。

声3: 抜け落ちた機能の回復は期待薄とのこと、これを知っていれば、取り組みの展望が見えてくる(答: もちろん、リハビリの努力は大事である。例えば、あなたが鉄棒にぶら下がるとき、ふつう 10 本の指を使うだろう? でもリハビリによって、9 本でもキチンとぶら下がることができる;その違いがリハビリの力なのだ)。

声4: 「階段状の低下」と「なだらかな丘の低下」 … なるほど、いい事を聞いた(答: ボンヤリと対応していれば、“まだら呆け” に気付かないこともあるよ)。

(656) 暴 力 も 平 穏 も あ り

 (656) 暴 力 も 平 穏 も あ り  

 「暴力」の話題は世の年中行事であるが、介護の世界でも例外ではない。

♣ 若いパールの職員たちが 初めて介護の仕事に就いたとき、あたかも 「癌」 を宣告された人のショックのような心理学を学ぶ。それは 静かなハズのお年寄りが案外暴力に訴えることがあるからである。例えば、ある若い職員、訪問介護で S 様(90 歳女性 要介護 3)のお宅に伺ったら ケンもホロロに追い出され、それでも家に入ると 「来てくれて有難う」 とおっしゃる … まったく認知症のお年寄りに翻弄(ほんろう)されてしまう。

♣ N様 (79 歳女性 要介護2)はデイサービスをご利用だ。時に不穏か?と見られることもあるが、午前の全体遊戯には協調性があり、食事の会話もごく普通の方だ。しかし、最近、自宅に帰ると、息子様に手を挙げて引っ掻く、叩く、蹴るなどの暴力で ご自分の意思を通そうとされ、手が付けられないほど興奮されるようになった()。怪我をされると困るので、興奮が収まれるまで、狭いスペースに押し込めて静かになるのを待つ。
暴力も平穏もあり
♣ 職員たちは、初めはビックリ、ついで平静になり、やがて 考えるひと時を持って肝が据わり、最期には余裕のほほ笑みを浮かべて仕事をこなすように育って行く。 この心の流れが福祉との出会いの一つ、学生のインターン時代には経験できなかった情景である。

♣ 認知症の進行とともに暴力行為がエスカレートすることがある、と時々聞くが、こんな場合の対応法、とくに「拘束することの意義」について、精神科の O先生 にご指導頂いた。

♣ <O先生>:―― 推測するに、この方々は自宅で暴れても、他人の目がある施設では “よそ行き行動” が出来ているのだから、息子や職員と他人との弁別(べんべつ)する社会性が保たれているようだ。一般に、認知症が進行すると、この弁別能力が弱まって行き、体力も衰弱し始める。もし 周りの人の「優しい心・配慮」が通じる状態であるのなら、精神病患者と同じように、暴力を振るう力も弱くなることが期待される。

♣ しかし、現実に暴力行為が進行して行くようなら、薬を使うか 拘束せざるを得ない。福祉の世界では、身体の物理的な拘束は厳禁とされる 1) が、20 年前まで、驚くべきことに認知症は精神科の病院で扱っていたのだ。なお「認知症という言葉」は、介護保険が始まった 2000 年よりも 4 年遅れて作られたもので(2004 年)、それまでは 「老人性痴呆」 (ちほう)と呼ばれ、福祉の病気ではなく 精神科の病気とみなされていた。

♣ だからその頃は、治療計画に沿って椅子に縛りつけることもよくあった。だが、近年では認知症の人が激増 したため、医療の目がある精神科病棟に長期入院することもできず、福祉がそういう方々のお世話をする流れになった。だが暴力行為に及ぶ認知症は福祉の重荷になっていることは確かである。

♣ 精神科の目でみれば 「拘束」 は治療選択の一つなのである。ちなみに 精神保健指定医は、「自傷・他害の恐れ」がある場合に限って、「隔離」 (一日のみ有効)または「拘束」 (1 週間ほど有効)を行う権限を持っている。

♣ 丁度、警察官が 手錠 などで犯罪者を拘束する権限があるのと同じである。精神科の拘束は「差別」ではなく、病気による「区別・治療」であることを理解して欲しい。拘束の延長が必要な場合は、必要に応じ、その都度、延長の回数を重ねる。

♣ ただし、これは 指定医 が常駐しない福祉施設では行えない。だから、目に余る暴力行為が続く場合には、やはり精神科病棟に入院して「自傷・他害」が収まるような治療 を受けたあと、福祉施設に戻って、介護を受けるのが妥当な線だと思う。

♣ O 先生 の」お話を聞くと、時の流れがしみじみと伝わってくる。なにせ、認知症の統計によると、日本での認知症の患者数はいま 500 万人を越え、やがて 800 万人に届くだろう、と推計されている。死亡数のトップである癌患者数が今 100 万人であることを併せ考えると、その 5 倍も多い認知症への対応は日本の主要な大仕事となることは明らかだ。私たちもしっかりと頑張って行きたいと思う。 1673字 

要約:  初心者の職員がタマゲルような暴力の 2 事例を提示した。  福祉ではそのような人を「拘束」することは出来ないが、精神科なら 「拘束を治療として行う」ことが出来る事情を述べた。  今、ガン患者数 100 万、認知症患者数 500 万越え――このことを踏まえ、「暴力」の問題を収めるためには医療と介護の協調した努力が更に必要となるだろう。

参考: 1) 新谷:「身体拘束の問題」;福祉における安全管理 # 166, 2011. 2) 新谷:「痴呆以前」、 ibid # 2, 2010.

職員の声

声1: 訪問介護で、玄関のチャイムを鳴らすと(介護なんて) 「頼んでいないから、帰ってください」とケンもホロロ; それでも家に入ると 「来てくれて有難う」 とおっしゃる; 認知症の不穏とは 本当に不思議でならない。

声2: 自宅で暴れても、デイサービスでおとなしいのなら、「社会性」 が残存している証拠だと思う; でも 20 年前まで「認知症」は精神科で扱っていたなんて初めて聞く (答: 介護保険の開始は 2000 年だから、それ以前は 精神科の領域だったのだ。なお、認知症という言葉は 2004 年に作られた言葉で、それ以前は「痴呆」 ( ちほう)だった)

声3: 暴力とは 結局 「大脳」 の制御能力不足の問題なのか?(答: 暴力とは “藪から棒” に発現するものではない。ふだん ケチ であった人が さらに ケチ になる … 要するに 「性格の尖鋭化」 の現象なのである)。

声4: 介護の現場では、おしも に手を入れて便をこね回すのを防ぐために 「つなぎ服」 を着せたり、椅子からずり落ちるのを避けるために 「紐で椅子に縛る」 というのもあると聞いた(答: 昔には 色々の拘束があったが、今の介護施設では 拘束は一切 禁止であり、工夫によって 十分良い介護がでるようになった)。

2012-02-06



(653) 拘 縮 と は 何 か ?そ の 対 応

  (653) 拘縮 (こうしゅく) とは何か? その対応

  認知症デイサービスの K 様(85 歳 女性)は、半年前から 左右とも上肢の拘縮が進行し、肘の伸展がほとんど不可能な状態になった。リハビリをすれば どの程度 治る のだろうか?これは職員たちの率直な疑問だろう。パール嘱託医の整形外科 Y先生 にご意見を聞いてみた。

Y先生のご意見: 関節の中で 接触する骨同士が固まった状態を「強直(きょうちょく) と呼ぶ。その前段階が 「拘縮」 である。麻痺・高齢などによって、筋肉や関節を使わない状態が続くと、関節嚢 (かんせつのう … 二つの骨があい接触する関節部を袋状に包む組織) の軟部組織が 廃用萎縮によって硬くなり、その結果 関節嚢内にある骨の動ける範囲が狭まってくる。

♣ 関節の周辺に付着する筋肉は「拮抗筋群」であり(伸びる筋肉、縮む筋肉) 、人体では 「屈筋」 のほうが強力であるため、屈筋が伸筋の力を負かして収縮状態で固まろうとする——この状態が「拘縮」である。つまり拘縮とは四肢の関節が「屈曲位」で拘縮する訳だ。これが高度になって固定化すれば「強直」となる。



拘縮とは何か?その対応

♣ 時に、ご利用者の入所時の所見として、両膝を曲げ しかも両膝がくっついて開かない高齢者を迎えることがある()。こういう方の “おしも” のお世話には苦労が重なる――その実態は「拘縮」を通り越して「強直」のことが多いが、もし対策があるとすれば、硬化した腱を切開することの適応がある――が、ご家族は大抵困惑されてしまう。

♣ 初期のうちは、観察者 ご利用者の肘や膝を動かそうとすると、滑らかさのない「ギー」と感じる抵抗を感じる。それが進行すると「拘縮」、さらに進行すると「強直」である。強直の場合、収縮した筋肉が「腱組織」のように硬化し、関節はビクとも動かなくなる。典型的な姿は 「子宮内の赤ちゃん」のような 縮みこまった四肢状態の姿になる。

♣ ご家族は「動かせば動かすほど良い」と注文されることがあるが、運動やマッサージなど、「何ごとにも適度がある」 と知るべきだ――やり過ぎの運動はかえって逆効果を生む。拘縮は 大きい関節のほうが小さい関節より先に起こる。また、下肢は通常 座った姿勢であまり動かさないから上肢よりも先に拘縮が起こる … つまり膝と腰が先、続いて肘と肩、要するに 「動かない水は早く凍る」 ということだ。

♣ これを防ぐための対応は、「関節を使い、その血液循環をよくすること」に尽きる。自分自身で関節運動を行うのが一番良いが、それが困難であれば 他動的に マッサージ などで補助する。関節運動は 「やり足らないのはいけない」 ;しかし やりすぎるのは最悪だ ! なぜなら、やりすぎると、仮骨(かこつ)ができ、筋肉炎を起こし、かえって拘縮が進行してしまう。適度な運動量は個人別に定めるほかの名案はない。

♣ ご質問の K 様 (85歳 女性)の場合も 基礎疾患の脳梗塞・本人の意欲・周辺の協力程度などに応じて対応するのがベストのようである。ご家族は、「寝たきりにすると拘縮が訪れる」という理由を良く理解しよう。そこで整形外科の知恵では誰もが学ばなければならない 「ルー(Roux)の法則」 をおさらいする 1~4)

要約: 適宜な運動量を設定するための法則は、三つの叙述より成る:- 身体(筋肉)の機能は 過度に使えば障害を起こす; 使わなければ萎縮(退化)し、 適度に使うと発達する。
......この 「ルーの法則」 は筋肉生理学の教えであるが、実際には私たちの生活の どんな行為にも応用の効く法則だと思われる。たとえば、勤勉・娯楽・ジョッギング・脳トレ・食事・睡眠 … 大抵のことに応用が利く法則である。 1490字

参考: 1) 新谷:「ルー(Roux)と智恵」;福祉における安全管理 # 45 、2010. 2) 新谷:「介護の不足と過剰」; ibid # 74, 2010. 3) 新谷:「残存機能の保持」;ibid # 151 , 2011. 4) 新谷:「筋トレと脳トレ」; ibid # 334, 2016.

職員の声

声1: 私はパールへの入職時の研修で初めて「拘縮」を学び、そんなことが起こるとは?と驚いた(答: 病気の人が安静を守ることは理に叶うけれど、「拘縮」 という “伏兵” がいることに気を付けよう)。

声2: 関節の固まりは “大きな関節” (腰や膝) から “小さな関節”( 肩や肘) へ進行するのか?(答: その通り ... 関節の固まりもルー(Roux)の第 2 法則通りに従う訳で、つまり「何事にも適度がある (第 3 法則) ということをも学ぶ)。

声3: 拘縮は老人だけに起こる現象か?(答: 誰にでも起こる … 例えば、若者のスキーの事故などで関節を長期に亙って固定すれば拘縮が発生する。また、宇宙飛行士は、飛行中、重力に対する運動機能がゼロになるので、地球に帰って来た後もリハビリが必須となる)。

声4: 強い ストレッチ・リハビリ よりも、軽いストレッチを毎日のほうが効果的か?(答: もちろんのことだ … つまり 「日常生活の中に リハビリ を組み込むこと」 が一番効果的なのである)。
プロフィール

ふじひろパール

Author:ふじひろパール
「ふじ」=新谷冨士雄
「ひろ」=新谷弘子

社会福祉法人 パール
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